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政治

台湾メディアが書いた全内幕。ペロシ米下院議長「本人以外誰も望まない」訪台実現の一部始終と「負の遺産」

8月3日、台湾を訪れて蔡英文総統(右)と会談したナンシー・ペロシ米下院議長(左)。

Taiwan Presidential Office/Handout via REUTERS

ペロシ米下院議長の台湾訪問は、バイデン政権と蔡英文政権の強い制止を無視し、自己のレガシー(歴史的評価)を追求するためだった —— 台湾メディアが伝えた訪問の内幕だ。

訪問に激怒した中国は、台湾本島を包囲する前例のない軍事演習を開始し、台湾海峡の緊張は激化する一方。

情勢を不安定化させた無責任な訪台は、アメリカ、中国、台湾のいずれの利益にもならない「三方損」の結果をもたらした。

「第四次海峡危機」へ

中国軍は8月4日から7日までの4日間、台湾を取り囲むように6カ所の空海域を設定し、実弾射撃を伴う「重要軍事演習行動」を実施すると発表(8月3日付)した。

演習区域に設定された空海域のうち4カ所は、台湾の主張する領海・領空と重なり、中国側は台湾本島の「封鎖」をイメージしているようだ。

中国は1995〜1996年、李登輝総統(当時)の訪米への対抗措置として、台湾の南北端に2発のミサイル発射演習を行った。それに対し、アメリカは2隻の空母群を海峡に急派して中国側をけん制し、「第三次海峡危機」へと発展した。

6カ所の演習区域を見ると、中国のミサイルが台湾中央山脈を越えて太平洋側に着弾するケースも想定される。「第四次海峡危機」と呼んでも不思議はない緊迫した状況だ。

米中両軍が直接衝突する可能性は極めて低いものの、中台戦闘機が「空中戦」を演じ、不測の事態を招く危険性は否定できない。

中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報(電子版、8月2日付)は、軍事演習が一過性ではなく波状的に行われると報じており、軍事的緊張は長期化しそうだ。

中国人民解放軍(中国軍)が台湾を包囲する形で「重要軍事演習行動」実施を決めたと報じる新聞各紙(8月3日)。

REUTERS/Tingshu Wang

個人の「歴史的評価」を追求した下院議長

ペロシ議長は蔡英文総統との会談(8月3日)で「台湾を見捨てない」と約束した。

全国紙など日本の大手メディアは台湾側の「熱烈歓迎」ぶりを伝えるが、訪問の内情を知れば、それは表向きに過ぎないと分かる。

ガーディアン(電子版、8月2日付)は台湾紙の調査を引用して、「約3分の2の台湾人が、ペロシ議長の訪問は状況を不安定化させる」と考えていると報じた。

台湾紙の中国時報(電子版、8月2日付)は、アメリカと台湾の高官がいずれも訪問中止を求めたにもかかわらず、現在82歳で中間選挙(11月)後に退任する可能性が高いペロシ氏が「個人のレガシーの追求を堅持した」と書く。

今回の訪台計画が初めて報じられたのは7月18日。わずか2日後の20日にはバイデン大統領が「米軍は現時点では(ペロシ氏の訪台は)良くないと考えている」と述べ、強くけん制した。

中国の習近平国家主席との電話会談(7月28日)を目前にして訪台にゴーサインを出せば、首脳協議が中止になる恐れもあるとの計算もあっただろう。

インド太平洋調整官の説得も無視

前出の中国時報記事は、台湾の蕭美琴駐米代表の台湾外交部宛て公電の内容をもとに、ペロシ氏が20日に蕭氏に電話して訪台の意向を伝えたと報じる。

ペロシ氏はこのとき、バイデン大統領の先述のけん制発言を受け、台湾側も招待撤回に傾いていたことを初めて知ったという。

この動きを受け、ホワイトハウス国家安全保障会議(NSC)のカート・キャンベル・インド太平洋調整官は7月22日に蕭氏に電話し、ペロシ氏に繰り返し訪問延期を迫った経緯を明らかにした。

また同日、オースティン国防長官がペロシ氏に直接、訪台すれば中国が威嚇(いかく)行動に出る恐れがあることを伝えたという。

7月28日のバイデン氏との電話協議で習氏は、ペロシ議長の訪台を念頭に「火遊びをすれば身を焼く」と述べ、中国が「容認できない一線」のレッドラインを踏むことになると強く警告した。

ペロシ氏はキャンベル氏に対しバイデン大統領自身による説明を要求したが、そのタイミングで(大統領の)コロナ感染が判明したためにそれもかなわず、台湾側はペロシ氏の受け入れ準備に入ったという。

上記のやり取りに登場する台湾駐米代表の蕭美琴氏は神戸生まれ。与党・民主進歩党(民進党)の安保・外交問題リーダーで、立法委員(国会議員)を務めた。蔡総統の信頼が厚く、2020年から女性初の駐米代表を務めている。

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米台両国にとって利益なし

電話協議で習氏とバイデン氏は、台湾問題について激しく対立しつつも、衝突回避では一致した。それだけに、ペロシ議長の訪台は米中両首脳の顔を完全につぶしてしまった

訪台に反対したホワイトハウスだが、国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官は8月1日の記者会見で「下院議長には台湾を訪問する権利がある」と発言。翌2日には、ペロシ議長の訪問は、中国側が「軍事活動を強化する口実にはならない」と釘を刺すなど、苦しい対応に追われた。

台湾海峡での軍事演習が長期化すれば、ウクライナ危機への対応に追われるバイデン政権にとっては、事実上の「二正面」対応を迫られる。ペロシ氏の訪台は何のプラスにもならない。

中国の軍事的威嚇や経済制裁に曝される台湾にとっても利益はない。

8月3日にペロシ氏と会談した蔡総統は「議長は台湾の最も強力な友人」「米議会の台湾への盤石な支持」などと持ち上げたものの、アメリカ高官訪台の際にこれまでしばしば使った「台米関係の突破」や「台米関係は史上最高」などの表現は一切使わなかった

ペロシ議長の訪問が「痛し痒(かゆ)し」だったことが窺(うかが)える。

米軍参戦に懐疑

アメリカがウクライナ危機で部隊を投入せずに「代理戦争」を展開するのを見て、台湾では有事の際の米軍参戦に懐疑的見方が広がっている。

台湾民意基金会が実施した2022年3月の民意調査によると、米軍参戦を「信じる」が34.5%だったのに対し、「信じない」は55.9%と過半数に達した。

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旧知の台北ジャーナリストは「北京と事を構えるとなっても、アメリカが介入してこない可能性を悟った」ことが、蔡政権の(ペロシ議長訪台に対する)低調な姿勢の背景にあると説明する。

台湾では、アメリカが台湾を対中「カード」にすぎないと考えているとの見方が浸透し始めている。

7月中旬に台湾を訪問したマーク・エスパー米元国防長官が、蔡政権に対し、国防予算を歳出比で32%へと倍増させ、兵役も「全民皆兵」に変えるよう要請する横暴な発言をしたことも、台湾側の疑念を強める結果となった。

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https://www.businessinsider.jp/post-257124

批判の矛先は蔡政権にも

中国の軍事演習に伴う台湾海空域の封鎖で台湾の経済活動に影響が出れば、批判の矛先は、アメリカとともに対中強硬政策をとってきた蔡政権にも向きかねない。

台湾では11月に台北市長選を含む統一地方選が行われる。総統選の前哨戦と位置づけられ、4年前の前回地方選では与党が惨敗、一時は蔡総統の再選に赤信号が灯った。

蔡氏は2020年の総統選挙では、折からの香港抗議デモに乗じて「今日の香港は明日の台湾」のキャンペーンを打ち出して奏功し、再選を果たした。

しかし、台湾ケーブルテレビTVBSによる世論調査(2022年6月)では、蔡政権に「満足」の回答が36%で、「不満」の48%を下回る結果となっている。

対中敵視路線や親米政策が度を越すと、民意という「振り子」が逆に振れ、バランスを戻そうとした例は過去に幾度もある。

民進党の陳水扁政権(任期2000〜08年)が末期に打ち出した「台湾独立政策」は、国民党の馬英九政権(任期2008〜16年)誕生の要因にもなった。

「今日のウクライナは明日の台湾」というアナロジーが、2024年の総統選挙で民進党政権継続の原動力になるか、保証の限りではない。

(文・岡田充

「台湾に軍事関与」バイデン発言が“コスパ抜群”と言える理由。「政策転換ではない」のが妙味で…

https://www.businessinsider.jp/post-254674

編集部より:初出時、蔡氏が総統選で再選した年を2000年としていましたが、正しくは2020年でした。訂正いたします。 2022年8月5日 21:55

岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。