年収5億の夢に群がる3億人。中国の生配信で「自分を売る」90後世代

アプリのトップ画面

人気直播アプリのトップ画面。ジャンルや近くにいる人など、さまざまな条件でキャスターを検索できる。

「みんな、こんにちは。今日は何してた?」

「歌を聞きたいの? ちょっと待ってね」

中国で人気の生配信アプリで、トップ画面に出てきたキャスターの一人を適当にクリックしたら、20代と思しききれいな女性が、笑顔で語り掛けてきた。画面には、「弾幕」と呼ばれる視聴者からのさまざまなメッセージが流れ、彼女はそれに返事をしていく。誰かがプレゼントを贈ると、贈った人の名前とプレゼントの種類も表示される。

私(筆者の一人、包志紅)は彼女のおしゃべりを面白いとは思わなかった。しかし、リアルタイム視聴者数は「2万ユーザー」と表示されていた。平日午後3時にもかかわらずだ。

このネット生配信を、中国語で「直播(ジーボー)」と呼ぶ。

中国インターネット情報センター(CNNIC)は今年1月、2016年末の中国のインターネットユーザーが7億3100万人、そして直播のユーザー数が3億4400万人に達するとの推計を公表した。直播のプラットホームは確認できるだけで200以上あり、中国国営テレビが今年放送した特集番組によると、直播の1日のアクティブユーザー数は約2400万人。番組が「全民直播時代」と形容するほどの社会現象になっている。

中国では2015年、インターネットスターを意味する「網紅」という言葉が流行語になった。網紅が「中国版ユーチューバー」とすれば(中国ではYouTubeがブロックされている)、直播キャスターはユーチューバー予備軍といった感じだ。もっとも、視聴者たちとリアルタイムで日常会話をしながら、プレゼントを受け取る直播キャスターを見て、日本人の知り合いは「ユーチューバーというより、チャットレディじゃないの?」と感想を漏らした。

目標は「有名になってネットショップで儲けたい」

「直播」は大きく2つに分けられる。一つ目は日本でもおなじみのゲーム実況だ。ライブ配信なので、実況者が視聴者とやり取りしながらゲームを進める点が、YouTube実況と違う。

もう一つは中国語で「秀場直播」、日本語にすると「社交実況」。キャスターが歌や踊りなどの特技を披露するのが典型的なコンテンツだが、実際は美人やイケメンが視聴者と会話したり、日常生活をシェアする内容が圧倒的に多い。

直播アプリの画面

筆者の中学時代の同級生の生配信画面。画面下の「弾幕」で相互交流する。

生中継するキャスターになりたければ、アカウントを作ればいい。私は最近、内モンゴルの中学で同級生だった男子がキャスターをしていることを、SNSを通じて偶然知った。山東省青島の大学に進学した彼は、昔から有名タレントに似ていると言われ、人気者だった。生配信の画面を開くと、テレビのタレントのような姿格好をした彼のおしゃべりを、2万人以上が視聴していた。彼はほぼ毎晩、自室から動画を配信している。お気に入りのキャスターのアカウントをアプリに登録しておくと、中継が始まったときに知らせてくれるし、リアルタイムで視聴できなくても、録画動画を後から再生できる。

キャスターが自分の生活を実況中継するのは、有名になりたいからだ。人口14億人の中国で、国民的タレントになるのは途方もない夢だが、そこそこの有名人を目指すなら、14億人の人口が味方になる。突出していなくても、普通の人よりゲームや歌がうまいか、おしゃべりが上手か、顔がきれいであれば、ファンがつく。ファンがアプリで購入したバーチャルプレゼントはお金に換えることができ、小遣い稼ぎにもなる。

「有名人への近道」であることは、視聴者にとっても同じだ。キャスターとは弾幕を通じて相互交流でき、プレゼントをあげればお礼を言ってもらえる。直播キャスターは「コミュニケーションできるアイドル」と言える。

直播キャスターや網紅の多くはある程度ファンを獲得すると、ネットショップを開設する。

今の若い中国人は小学校の頃から受験勉強に追われ、大学に入ると寮暮らしのため、テレビを見る機会が少ない。メディア=ネットなので、ネットで人気が出たら次はテレビ、というモチベーションは湧きにくい。

タレントになるより、ネットにお店を開いて、ファンに買ってもらう方がずっと現実的だし、中途半端なタレントより儲けが大きいように思えるのだ。

「お金になるから生活が楽に」

苦労少なくファンがつき、お金も稼げる直播キャスターは、若者にとって魅力的な選択肢だ。

前述の中学の同級生男子に何度かメッセージを送っても返事が返ってこなかったので、彼ほど人気はないが、同じく直播キャスターをしている大学の同級生、唐啓欣(タン・チーシン、22)さんにインタビューした。

唐さんは大学2年生のときに、友達の紹介でキャスターになった。運営会社から毎月支払われる2500元(約4万1000円)の報酬に、ファンから贈られるプレゼント代の30%が上乗せされる。私たちが住んでいた大連だと新卒社会人の月給は3000元前後だから、毎日空き時間に生中継をするだけでこれだけもらえるのはすごい。しかし、今年6月に大学を卒業し、歯科医院に就職した唐さんは、「今は歯科医になることが目標で、直播は副業」と語った。

有名人になりたいという願望はないが、「お金にはなるから生活が楽になった」と本音も明かす。多くのファンを集める秘訣を聞くと、「一番大事なのは、できるだけ毎日、決まった時間に配信すること。そうすると自然に固定ファンがつく。視聴者のほとんどは男性だから、やはりキャスターは女性が有利だよ」と教えてくれた。

直播の画面

アプリ内の通貨を購入し(画面右)、キャスターにプレゼントを送ることもできる(画面左)。

「90後」世代の新たな選択肢に

「彼女はたぶん、運営会社と契約している専属キャスターだね」

北京にある有名な直播の運営会社で番組の演出を手掛ける王(ワン)監督は、唐さんの立場をそう説明した。

直播でアカウントを作れば、誰でもキャスターを始められるが、運営会社は、容姿やキャラクターなどから「確実にファンが付きそう」なキャスターと面接し、固定報酬で契約することもあるという。王監督の会社では、契約キャスターの研修などはない。コンテンツの内容やファンを増やす取り組みも基本的に当人任せ。それでも、契約したキャスターが「外れる」ことは非常に少ないという。

直播の画面

ダンスをしながらファンと対話するキャスター。人気を集めるために、キャスターは背景や笑い声の挿入など、さまざまな工夫を重ねている。

「とても人気のあるキャスターだと、年収は3000万元(約5億円)を超える。唐さんレベルなら、そんなに人気がないから、プレゼントも含めて月収3000元から4000元くらいかな。人気がないといっても、契約キャスターは数千人のファンがつくからね」(王監督)

「監督」という大層な肩書を持っているが、王監督は今年、中国を代表する演劇大学である中央戯劇学院を卒業したばかりで、実は私と同い年だ。

爆発的に拡大する直播市場の恩恵を一番受けているのは、「90後」(1990年代生まれ)と呼ばれる私たちだろう。直播は有名になりたい人に道を提供すると同時に、副業の選択肢や王監督のような芸術系人材の受け皿にもなっている。大学生の就職難が続く中、逃げ道にも助けにも見える。ただし、それを利用できるのは容姿に恵まれた人だけだと、私は思う。外国のユーチューバーのように、話術や芸で人気を集める人は一握りだ。知り合いの日本人が直播キャスターを「チャットレディみたい」と言う所以だろう。ファンを増やすために過激な動画を配信する人も後を絶たない。同い年の知り合いは、美容整形してから直播キャスターを始めた。

スマホがあれば誰でも始められるとは言え、実は機会は平等ではない。中国の不公平な社会が、ここにも反映されている気がする。


王夢夢(河北省出身。漢族)、包志紅(内モンゴル自治区出身。モンゴル族)、趙雪辰(吉林省出身、満族)、浦上早苗による共同執筆。中国人の3人は大連の大学で日本語を専攻、1年間の日本留学を経て、今年6月に卒業。

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