観客動員NO1 バスケ界の革命児・千葉ジェッツ島田社長の3つの経営哲学

千葉ジェットの島田社長

今年1月の天皇杯、プロ球団として発足したチームで初の優勝。「5年でこのチームを日本一にする」という社長就任時の目標を実現した。

昨年発足したプロバスケットボールのBリーグで観客動員数でダントツの1位に輝いた千葉ジェッツふなばし(千葉県船橋市)の社長で、リーグ副理事長就任が決まった島田慎二(46)。川淵三郎キャプテンが「Bリーグチェアマンにふさわしい人という目で見ていた」とまで評価する経営者の成功哲学は、大きく分けて3つある。

1つ目は「分かりにくいものは滅びる」。

日本の男子バスケットが、新規参入のリーグbjと旧日本リーグ勢のNBLの2リーグに分かれていた5年前。バスケットをしたこともないのにクラブの社長に就いた島田は、直感的にそう考えていた。

「バスケット選手だった人にとっては何かしらの理由があって二分化されたのかもしれないが、ファンにとっては非常に分かりづらい。クラブもたくさんあるけどなんだか同じ顔で、これも分かりにくい。あ、千葉ジェッツだ! とすぐ分かるクラブになろうと思った。僕が生きてきたビジネスの世界で言うところの差別化です」

マイナースポーツだからこそインパクトが必要

旅行会社を経営してきた島田は「いつもデカい画用紙があって、未来図を描いている」と言う。当時受けたインタビューでリーグの統合を断言。プロリーグ発足に備え、クラブの「キャラ立て」をすでに考えていた。

まずは就任から2年を経て、当時所属していたbjからNBLへ電撃移転。

「NBLからはよく来たと歓迎され、bjからは裏切り者と責められる。つまり賛否両論。でも、バスケットはマイナースポーツだから、インパクトのあることをしなければ目立たないと思った」

ネットでも「○か☓か」と賛否が分かれるトピックは耳目を集める。次に「打倒トヨタ!」と、ライバルとして現アルバルク東京を名指し、「あちらが大企業のサポートを受けるなら、うちはベンチャー企業から」と話題も金も集めた。こうして「なにか変わったことをやる面白いクラブ」というキャラが築かれた。

千葉ジェッツ・島田社長

理念を掲げ、中期・長期計画を練る経営者目線でクラブを再建。「一時的に傷を負っても、必ず成功する。自分とスタッフを信じることが大切」と語る。

当然ながら島田自身のキャラも濃い。

40代前半の若さでクラブを率い、リーグ一本化を目指す組織委員会のメンバーとして、協会の旧幹部とも丁々発止やり合った。スイスの国際バスケットボール連盟の本部で交渉をしてきた幹部らが詳しい報告をしてくれないため、会議の席で「具体的に話してほしい」と激しく詰め寄ったこともある。一方で、協会幹部らを酒に誘い、腹を割って話そうと努力もした。


「やりがい搾取」をやめ、経営者の甘えを否定する

2つ目は、決して揺るがない「骨太の方針」をもつこと。

ジェッツのクラブ運営方針は「オール・ハッピー」。選手や監督、スタッフ、ブースター(ファン)、パートナー、ボランティア、地域、取引業者、株主、フライトクルーといったクラブを支える人たちみんなが幸せになれる方法を模索し続けることだ。選手であれば試合に出て、納得のいくサラリーを得る。監督は優勝させるために全力を傾けられる。スタッフはやりがいをもって働き、家族を養える。

「でも、バスケットも含めスポーツビジネスの世界はまだそれが実現されていないように思う。選手には好きなバスケットができればいいじゃないかと、スタッフにもバスケにかかわる仕事ができるんだからと言ってしまいがち」

言うなれば「やりがい搾取」か。スポーツビジネスに限らずどんな仕事にも付きまとう「好きでやってるんだからいいじゃん」という価値観は、島田に言わせれば「経営者都合であり、経営者の甘え」だ。よって、それを否定することから始めたという。

「僕らの役割は、労働1時間あたりの可処分所得をいかに増やすかですから」

仕事の成果を出すにしても、長々と残業して得た結果よりも、効率よく働いたほうがいいに決まっている。それを実現したのが「勝つことよりも、勝ち方が重要」という3つ目の哲学だ

ジェッツの働き方改革は、いたってシンプルだ。

  1. 長時間の会議禁止~事前にそれぞれがアイデアを用意。すり合わせをする方向で30分以内に終わらせる。
  2. 社内トラブルの解決は迅速に~トラブルが生じれば、情報を共有し、議題に挙げて、根本治癒。
  3. サーチをゼロに~一般的に仕事の3割は、頭の中で「あれはどうだっけ?」と記憶を呼び覚ましたり、机の中の書類を探し、パソコン内のファイルを探す。そのような情報分別に費やす時間をなくすべく、日頃から頭の中や机の中、パソコン内の整理整頓をする。
  4. 残業しない意識を持つ~「今日は10時くらいかな」と最初から残業を設定して仕事をせず、6時に帰ると決め段取りする。

ただし、島田自身、経営者として最初からそのような働き方を実現できていたわけではない。ジェッツに関わる以前に身を置いたのは旅行業界。モーレツに働き、気がつけば社員から仕事をボイコットされた経験を持つ。「すぐに社員に謝り、違うやり方を考えた」。旅行会社を立て直した際の方法論が、今も生きている。

積み上げた経営方法や哲学はオープンに

しかも、自らが積み上げてきた経営方法や哲学を、惜しみなく他のクラブにも伝える。自ら発案したオリジナルの人事考課表や社員に配布する目標達成シートまでもオープンにする。明快で分かりやすい島田の経営を学びたいと、B2リーグの10クラブほどの幹部らが自然に集まってきた。

リーグの副理事長に就任したのを機にBリーグの正式な研修に。ボランティアで行っていたのを副理事長の任務として実施することになった。

千葉ジェッツ・島田社長

次はBリーグ内で手腕を振るうが、「最初からバスケット(業界)にしがみ付こうとは思っていない。それは今も変わらない」。ベンチャー出身らしく挑戦を続ける。

副理事長就任会見の後、Bリーグのスタッフを前にこんなあいさつをした。

「僕らリーグスタッフは、各クラブが繁栄するためのサポート役。そのためにはクラブのニーズと、エンドユーザーであるファンのニーズ、2つのニーズを把握しよう」

原点はこの「顧客視点」だ。

そして島田がもう1つ掲げる方針が「日本代表の強化」。この2点が、忘れてはならない骨太な方針だと言う。それは、例えばこんな正の循環を生むだろう。人々がBリーグを見に来る→選手のモチベーション上がる→代表が強くなる→人々がBリーグに熱狂する。

その発展スピードはともかく、島田は日本バスケットに確かな可能性を感じている。その理由は、かつてソニー全盛期を支えた出井伸之が提唱した「デジタルドリームキッズ」にある。今や人々がネットで見るる動画は3分までと言われる。小学生は30分のテレビ番組よりもYouTubeに夢中だ。人々の時間の感覚は、圧倒的にスピーディーで短くなっている。 これに適合するスポーツがバスケットだというわけだ。バスケットの試合は10分ごとのクオーター制。試合の流れはアップテンポで、次々ゴールが生まれる。

「とにかく、お客さん目線で物事をとらえることと、選手を育てること。それさえ忘れなければ、必ず日本のバスケットは成功する」(島田)

バスケメジャー化という壮大な航海。島田の懐にある羅針盤は「ファン」である。 (本文敬称略)

(撮影:今村拓馬)


島田慎二(しまだ・しんじ):1970年新潟県生まれ。自ら立ち上げた旅行会社を売却して世界中を2年半飛び回る。帰国後の2011年に旧知の千葉ジェッツの会長に依頼され、コンサルタントとして再建案を作成した縁で代表取締役に。「最初はバスケットのルールも知らなかった」。今季よりBリーグ副理事長就任。

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