北京の街にはこうしたフードデリバリーサービスのバイクがあふれている。
中国は外食文化である。国家統計局のデータによると、2015年の中国の外食産業の規模は3兆2000億元(約52兆7000億円)に達し、日本(25兆1000億円)の約2倍だ。2018年には約1.5倍の4兆5000億元に達するとの予測もある(「2016年中国外売O2O業発展報告」/ 中国のリサーチ会社iResearch)。背景として考えられるのが、都市部にある企業での労働時間が長くなる傾向にあること、そもそもほとんどの女性がフルタイムで働いているという現実だ。
日本では第1子の出産をきっかけに約6割の女性が退職しているが、北京では、企業で働くほとんどの女性が出産休暇を終えるとフルタイムの職場へと戻っていく(「2016中国労働力市場発展報告」によると、中国の女性の労働参加率は64%で、世界平均の50.3%を大きく上回っている)。筆者の友人にも、専業主婦は一人もいない。そのため食事は外食やデリバリーで済ませる家族が多い。
店舗ごとのデリバリーサービスは以前からあった。日本でよく見かけるピザにとどまらず、マクドナルドやケンタッキー、さらに最近日本でも「出前館」として宅配サービスを始めた牛丼チェーン吉野家も中国では早くからデリバリーをしていた。だが、これらはすべてファストフード。中華料理の宅配ニーズは高かったが、自ら配達業務を行うレストランはほとんどなかった。これを「外売(ワイマイ)」が変えた。
「外売」とは、インターネットデリバリーサービスの宅配業者だ。ユーザーがスマートフォン(スマホ)の専用アプリを立ち上げると、GPSで場所を特定し、配達可能なレストランを紹介してくれる。好みの料理などもキーワードで検索でき、配送料や配達目安時間などを基に店や料理を選択。アリペイやウィチャットペイなどで決済すれば完了となる。あとは、配達を待つだけだ。
フードデリバリーの市場規模は一貫して拡大傾向にある。「2016年中国外売O2O業発展報告」(iResearch)によると、2010年にはわずか586億元(約9750億円)だった市場規模は、2015年には2391億元(約3兆9850億円)に達している。それに伴い、外食産業全体に占める割合も、2010年の3.3%から2015年には7.4%へと高まった。同報告によると、2018年には市場規模は6619億元(約11兆円)、外食産業全体に占める割合も14.8%に達すると、さらなる拡大が予測されている。
「2016年中国第三方餐飲外売研究報告」(BigData-Research)によると、フードデリバリーのシェア1位は「餓了么」の34.6%、次いで「美団外売」の33.6%、3位は「百度外売」の18.5%となっており、この3社で86.7%を占める。
食の安全という社会問題を解決する新ビジネス
「外売」のビジネスモデルが普及した最大の理由は、消費者、レストラン、配達員、関係者全ての信用をスマホツールによってしっかりとつなげたことだ。
レストランの食品安全情報。「外売」によって食の安全問題も改善されつつある。
「外売」普及以前、従来型の店舗ごとのデリバリーではさまざまな問題が起こっていた。例えば、注文者側では、嫌がらせで大量の食べ物を送りつけるといった問題が起こったこともある。「外売」は前払いのスマホ決済のため、配達で嫌がらせをするような問題は起こらなくなった。
レストランの信用は評価システムで担保される。筆者がよく使う「美団外売」では5つ星で評価し、コメントもつけられる。料理の質が悪かったり、量が少なかったりすると、評価が下がり、ユーザーから選ばれにくくなる。
配達員も同様の信用評価システムで管理されている。
ある日、友人が配送を依頼した「麻辣香鍋(マーラーシャングオ)」の油がすべてこぼれていたため最低評価をつけた。最低評価を付けられた配達員は、罰金を払わされる上、それ以降の注文が受けにくくなり、自分の売り上げが下がる。料理がこぼれていたり、配送目安時間より大きく遅れ料理が冷めたりすると最低評価をつけられる恐れがあるため、配達員たちは丁寧かつ速く届けるよう必死だ。
配達員は、原則アプリと個人的に契約しており、会社ごとに契約形態は異なる。賃金は他業種に比べても安くない。宅急便との競争で、給料は上がっているようだ。頑張るほど稼げるため、工場や工事現場の労働者のなり手が減っていると言われる。
住所や電話番号を事前に登録するため、電話口での聞き間違えによる配送ミスもなくなった。ピーク時の遅配も劇的に減った。旧来型デリバリーと比較すると、サービスレベルは格段に向上した。
「外売」はさらに食の安全問題の改善にも一役買っている。以前は実店舗を持たないデリバリー専門の違法業者が横行していた。マンションの一室を厨房にし、大学などでメニューを配って学生からの注文を受けていた。当然、営業許可証などは持っていなかったはずだ。質の悪い食材や調味料を使っていても分からない。
サービス開始当初は規制がなかったため、このような違法業者でも出品できていたが、市場の拡大とともに規制が厳しくなっている。デリバリー業者も、経営者の情報、食品安全検査の結果、厨房や店舗、営業許可証などの写真も掲載し、レストランの安全性をアピールすることでユーザーからの信用を得ようとしている。このような努力もあり、違法業者は激減した。
フードデリバリーからスタートした「外売」だが、今ではスーパーマーケットや薬局などでの買い物代行もしてくれる。通常のネット通販では購入から配送まで早くても1日ほどかかるが、「外売」を使うと1時間以内で届けてくれる。急な発熱などで外に薬を買いに行けない場合などに便利だ。足腰の悪い両親のために、子どもが代わりに「外売」で買い物をしてあげる事例もある。
北京の街にあふれる青と赤と黄色のバイク
「外売」を利用する女子大生と構内にあふれるバイク。
変えたのは顧客の利便性だけではない。
「外売」の普及で街の色が変わった。配達員はお揃いの制服に身を包み、電動バイクの後ろに専用の保温ボックスを積んでいる。北京で最も目にするのは青色の「餓了么」、黄色の「美団外売」、赤色の「百度外売」の3社だ。
大学の中の景色も変わろうとしている。中国の大学は原則的に全寮制で、大学関係者の住まいも学内にあることが多く、敷地そのものが「住」「学」「食」一体の一つの街となっている。私が勤める対外経済貿易大学の片隅にアジア最大ともいわれる女子学生専用宿舎がある。P字型をした10階建てのビルに約1万人の女子大生が暮らす。昼夜の食事時間、この宿舎の門の前がカラフルな色の電動バイクであふれかえる。「外売」が女子大生たちが注文した食事を配達に来ているのだ。
大学内の「食」の場は基本的に学食なのだが、お世辞にもおいしいとは言えない。近年は比較的裕福な学生も少なくないため、こうして「安いけどまずい」学食から「外売」へと鞍替えする学生が増えている。
北京や上海といった都市部の街の色は今後も青、黄、赤の三色で染められていくだろう。
猛スピードで発展する中国にはまだまだ数多くの社会問題が存在する。スマホの普及を背景とした新しいビジネスの登場により、その一つ一つが解決されていくだろう。
西村友作+BillionBeats:対外経済貿易大学副教授・西村友作と、ソーシャルプロジェクト・BillionBeatsによる、取材、調査、執筆チーム。BillionBeatsはニュースで報じられない中国人のストーリーを集積するソーシャルプロジェクトで、西村はその運営パートナー。2010年、中国の経済金融系重点大学である対外経済貿易大学で経済学博士号取得。2013年より現職。日本銀行北京事務所客員研究員。専門は中国経済・金融。