転勤制度は、働き続けたい女性に大きな足かせとなっている
「高学歴女子はなぜ今、あえて一般職なのか」をBusiness Insider Japanで取り上げたところ、大きな反響があった。責任の重い仕事がイヤだからではなく、「一生働き続けたいからこその選択」と「一般職志向女子」の思いは切実だ。その声は、転勤や長時労働と引き換えの高額報酬や昇進という、日本企業の実態を映し出し、世代を超えて訴える力があるようだ。日本人の働き方を追い続けてきた、リクルートワークス研究所人事研究センター長の石原直子氏に「高学歴女子の一般職志向」が示す、問題の本質を聞いた。
「地域職さんは」という区別
—— 高学歴女子大生で一般職を志望する動きが目立っているようですね。
石原:そうですね。現状をふまえると、それは合理的な判断と言えるかもしれません。ただし、本当に一生働き続けたいなら、私はやはり総合職や総合職的な働き方をお勧めしたいです。
リクルートワークス研究所人事研究センター長の石原直子氏。
石原氏提供
実は、一般職というのは、1986年に施行された男女雇用機会均等法以降に作られた呼称です。それ以前にも、女性はお茶くみや事務など、最前線には出てこない仕事をしていました。
雇均法の施行により、性別で仕事を決めることは違法となりました。そこで企業は以前から女性が担ってきた補助的な業務に「一般職」という名前をつけたのです。そして「総合職とはキャリアが違う」、だから、昇進や昇格に差があっても良いのだ、と説明してきました。
—— 最近の一般職志望・高学歴女性は、「ずっと働き続けたい」という希望を持っています。可能でしょうか。
石原:それはどうでしょう。一般職と区分される方は、専門分野に特化して仕事をしています。例えば銀行でしたら一般職は「ローンのことはできます」「約款をチェックして必要なら修正して法務局に出します」といった具合に、限定された範囲で、間違いなく仕事をすることを求められます。
働いている時間内に丁寧で間違いのない仕事を求められる一方、家に帰ってまで仕事のことを考えるような責任の重さは求められない点が、総合職と大きく異なります。これは、企業側から見れば代替可能な人材である、ということです。つまり、本音のところでは産休育休後にぜひ戻ってきてもらいたいとは思われていない。
—— 最近は一般職を廃止して、総合職に一本化する企業も出てきたようです。そうなると、少なくとも正社員の間では差がなくなるのでしょうか?
石原:そこは、実態を注意深く見る必要があると思います。今起きている「総合職との一本化」は、通常の総合職とエリア型/地域限定の総合職をつくる、というものです。企業側は「仕事の内容に差はありません」と言いますが、実際には差があるケースの方が多いと思います。
例えば、地域限定の総合職は昇進できる上限が限られていたり、そもそも、面白い仕事が与えられなかったりします。最も顕著な「格差」は、通常の総合職の人が「地域職さんは」「エリア社員さんは」と区別していることでしょう。決して処遇や社内における地位は平等ではないのです。
また、地域限定総合職は、ほぼ全て女性です。小売り系の企業を除けば男性の地域限定総合職は極めてまれです。
—— つまり、エリア型/地域限定総合職は、旧一般職と変わらない、ということでしょうか?
石原:多少、仕事内容が変わっていても、先ほど申し上げたように、通常の総合職との処遇差などを鑑みると「総合職に一本化」という言葉の持つイメージとはだいぶ違います。
つまり企業は新しい法律の制定(男女雇用機会均等法、女性活躍推進法等)に合わせて、現状を追認する形で新しい言葉を当てはめている、と言えます。
企業における転勤の目的で最も多いのは「人材育成」という
出典:労働政策研究・研修機構「企業における転勤の実態に関する調査」
「2〜3年経つと飽きるから」転勤
—— 女性が仕事を続ける上で悩みのひとつに転勤があります。地域型の総合職は転勤がないことは魅力と言えないでしょうか?
石原:確かに、その通りです。ただし、根強く残る「通常の総合職」との処遇差が果たして妥当なものか、考える必要はあると思います。
総合職と地域型総合職を分けるものは、転勤の有無です。そして、地域型総合職は「転勤しないのはずるい」という発想で、面白い仕事が与えられなかったり、昇給しにくかったりする。要するに転勤を踏み絵にして企業への忠誠心を測り、それに応じて人を処遇している。これは人材に対する考えが古いと言わざるをえません。
—— そもそもなぜ、転勤が必要なのでしょう。
石原:かつて、転勤をテーマに取材・調査をした際、多くの企業に「なぜ転勤させるのですか?」と尋ねしました。「人材育成」など、もっともらしい理由を挙げる方もいましたが、一番驚いたのは「2〜3年経つと飽きるから」というものでした。
例えば営業の場合、製品の魅力や営業担当者の提案力で勝負をしていない。顧客も「新しい子が営業担当になってくれたから、あの子から買おう」と判断するそうです。そして、2〜3年経つと、本人も顧客も飽きてくる。だから転勤させるのだ、ということです。
そもそも意味もなくどんどん転勤させることは、人間の尊厳を無視しています。共働きでしたら、配偶者の職探しも大変ですし、夫婦離れて暮らさねばならないとしたら、家庭への影響が甚大です。配偶者が就労していないとしても、地域の人間関係があったり、子どもの学校が変わることは家族に多大な犠牲を強いるのです。
転勤しなくても仕事の範囲が広がるという希望
—— こんなに大きな犠牲があるのに、日本企業では転勤が当たり前。おかしいですね。
石原:経済成長していた時代は、日本国内に市場のフロンティアがあったから、新しく支店を作るための転勤など合理的なものも多かったのでしょう。企業は従業員を絶対にクビにせず、社内での仕事を見つけてくれる。雇用保障と引き換えに従業員は会社の命令に従ってどこへでも行く。これは企業と従業員の双方にメリットがある仕組みでした。ただし、現在は、この論理は通用しません。
—— 今後、どうしたらいいのでしょう。
石原:私は、地元で採用された人が地元で昇進を重ねて偉くなっていくような、人材マネジメントが必要だと思います。例えば、福岡で採用された人がマネジャーになり、その後、北九州地区に異動になり、その後、九州全域を担当する部長になり、さらに西日本を統括する本部長になる。住まいはずっと福岡のまま、こういう風に上まで行けたら、本当の人材活用になるはずです。
そして、それが可能になったら、より多くの優秀な女性が、総合職を選ぶようになるのではないでしょうか。転居を伴う転勤をしなくても、仕事の範囲が広がる可能性があることは、多くの人に希望も与えるでしょう。
私は能力のある女性は、本当に自分の一生をかけた仕事をしたければ、今のような職務内容も昇進も限定された地域型総合職や一般職では満足できないのではないか、と思います。
本気で女性活用をしたければ「無駄な転勤をなくすべき」
企業が本質的に変わってないことはバレている
—— ただ、女性の中には「偉くなりたくない」人が少なくないようです。
石原:そこには誤解や、自分の力を過小評価する、女性にありがちな傾向が表れていると思います。例えば、電車の中を見渡せばたくさんの中高年男性がいますが、彼らの半分くらいはどこかの企業の管理職です。皆が皆、ものすごく優秀な方というわけではないでしょう。彼らにできて、あなたにできないわけはない、と女性たちには言いたいです。
管理職というのは、人を使って自分ひとりではできない大きなことをするのが仕事です。やりがいもありますし、面白くないわけがない。いかに専門性が高くても、一般職として同じ内容の仕事を20年やったら飽きてしまうはずです。
—— 長期的な方向性に納得しました。一方、今年、来年の就職活動において、どうしたらよいでしょう。やりがいと転勤なしの同時追求は難しいですか。
石原:できると思います。例えば東京だけで展開している企業を選ぶのです。ベンチャー企業や、本社が東京で地方に1つ2つ工場があるだけで基本的に転勤はない、といった企業は実はたくさんあります。
—— 少し安心しました。高学歴女性の一般職志向は企業側の問題が大きいことが分かりました。
石原:その通りです。女子大生が昔と変わっていないように思えるのは、企業が本質的なところで変わっていないから、でしょう。それが学生にバレている。
無駄な転勤のない総合職をという仕組みを導入すれば優秀な女性を採用できるはずです。でも、それをしないのは、日本の優良企業が人材難と言われる中でも本当の意味では切羽詰まっていないからではないでしょうか。変わるインセンティブがないのですね。
研修などで多くの働く女性と話をします。「転勤さえなければ……」と言う人は本当にたくさんいます。みなさん、普通に夫婦協力しつつ働き続けたいだけなのです。
本気で女性活用したい企業には、ぜひ、総合職から無駄な転勤をなくす「最初の10社」になってほしいです。
(撮影:今村拓馬)
石原直子(いしはら・なおこ):慶應義塾大法学部卒業。銀行、コンサルティング会社を経て2001年リクルートワークス研究所へ。人材マネジメント領域の研究に従事する。2015年から2年間、機関誌「Works」の編集長を経て、2017年4月から現職。専門はタレントマネジメント、リーダーシップ開発、女性リーダー育成、働き方改革など。