アフリカにFinTechで銀行設立を目指す日本ベンチャー

アフリカで最も貧しい国の一つとされるモザンビークで、農村に暮らす人たちを対象に、電子マネーの普及と新銀行の設立に取り組む日本企業がある。社長の合田真さん(42)率いる日本植物燃料だ。貧困の削減を目指すうえで、所得の限られる人たちの金融サービスへのアクセスは世界的な課題のひとつだが、アフリカの農村部でも普及が進む携帯電話の活用が、金融サービスの確立の鍵になるかもしれない。

モザンビークの農村

モザンビーク北部の農村。モザンビークは世界でも最も貧しい国の一つとされる。

撮影:小島寛明

日本植物燃料はアフリカでヤトロファ(ナンヨウアブラギリ)という植物を生産し、その種からバイオ燃料を精製し、供給している。

京都大学を中退した合田さんは、当初金融先物取引の会社の営業マンだった。営業先の会社の役員に、災害情報の配信を手がけるベンチャーの立ち上げに誘われた。

20代で負った5000万円の借金

独立を考えてこの話に乗ったが、旗振り役だった役員が退社したことで、立ち消えに。「責任」を取らされる形で、合田さんが会社を引き取った。手元には、20代にして5000万円の借金が残った。登記簿上は2003年10月、コンピュータのシステム開発などを中核事業としていた企業の名称を変更する形で、日本植物燃料を立ち上げている。

その後、フィリピンなど東南アジアでヤトロファを育てて搾油する事業に取り組んだ。2003年3月のイラク戦争をきっかけに石油価格が上昇し、世界的にバイオ燃料への関心が高まった。国際情勢を背景に、東京都のバスにバイオディーゼル燃料を試験的に販売するなど、合田さんは少しずつ事業を拡大してきた。

日本植物燃料の合田氏

合田真さん。農業、バイオ燃料だけでなく金融、製薬、システム開発の事業も手がけている。

撮影:今村拓馬

10年ほど前、バイオ燃料の製造拡大を模索していた石油会社から誘われ、モザンビークに調査に出かけた。この調査が、同国に本格進出するきっかけになった。

モザンビークは人口約2798万人(2015年、世界銀行)で、国の開発の度合いを示す国連開発計画(UNDP)の人間開発指数(HDI)は、2015年時点で調査対象の188カ国中181位(日本は17位)。電化率は2013年時点では39%(USAID、米国国際開発庁)で、農村部は26%にとどまっている。世界の最貧困国の一つだが、近年は、天然ガスの開発や農業生産などで投資対象としても注目が集まっている。

Map_Mozambique

日本植物燃料は2012年、モザンビークで現地法人(Agro-Negócio para o Dezenvolvimento de Moçambique、以下ADM)を立ち上げ、現地での事業展開を始めた。拠点は南北に伸びるモザンビークの中でも最も貧しいと言われる北部にあるカーボ・デルガド州だ。「現地の農村に深く入り込んでいる、現地の人材が確保できたのが大きかった」(合田さん)からだ。

村の人たちの主食は、主にトウモロコシだ。乾燥させたトウモロコシをすりつぶした粉を団子状にして食べる。合田さんたちはヤトロファの苗や農具を配って、畑の周囲を囲むように植えてもらい、種子を買い取っている。「事業のために畑の一部を空けてもらうのではなく、従来の畑とプラスアルファの収入源になる」(合田さん)という。

種子から生産したヤトロファ油は、各村の店で燃料として販売する。トウモロコシを女性や子どもたちがすりつぶすのは重労働だが、製粉業者がヤトロファ油を買って製粉機の燃料に使い、村人たちはそれぞれ収穫したトウモロコシを持って行き、粉にしてもらう。油はランプの燃料にもなる。油を絞った後の残りかすも肥料として販売する。

不正防止策としての電子マネー

日本植物燃料のビジネスチャート

農村でのビジネスモデルのイメージ

ヤトロファを通じて、村人たちは現金収入を得て、日本植物燃料も売り上げが立つ。村人たちに苗を配ることで、同社にとってはヤトロファ油の原料の供給が安定する。ヤトロファを栽培する村人約100人で、ひとつの組合を設立し、現在は約6000人が同社の事業に参加しているという。同社のモデルが機能すれば、村の中で資金の循環が生まれ、経済も活性化できる。

ここまで農業とバイオ燃料事業の説明に終始してきたが、このモデルと電子マネー事業、新銀行構想はつながっている。

各村の店は村人からヤトロファの種子を買い取るだけでなく、携帯電話の充電サービスや、充電した電気ランタンのレンタルサービス、食品や物品の販売もする。村人から希望者を募り、簡単な算数のテストを経て、店主として働いてもらうのだが、売上金の管理に問題が生じた。2週間に一度の棚卸しで、現金と帳簿、販売した商品などを精査しても、辻褄が合うことがない。ほぼ全ての店で、現金が足りなくなっていた。

監視強化も検討したが、村人との協業を進めるうえでは、信頼関係を壊しかねない。この問題を解消するために導入したのが電子マネーだ。

各店にアンドロイドのタブレットを設置し、村人にはSuicaのような電子マネーのカードを配って、売買に使ってもらう。村人がヤトロファの種子を売ると電子マネーがチャージされる仕組みだ。多いときは3割ほど現金が足りくなっていたが、電子マネーを導入して以降、誤差は1%程度に収まるようになったという。

現在、カーボ・デルガド州で試験的な事業を進めており、電子マネーのライセンスを取得している、同国の携帯電話会社Movitelと合弁事業の立ち上げに向けた交渉に入っている。

金融サービスへのアクセスの第1歩

アフリカの農村部では、村人は金融機関にアクセスできない。遠くの町まで歩いて行かないと銀行はないうえ、預金口座を開設して維持する費用を支払う余裕もない。融資を受けるのも難しい。国際協力の世界では近年、「金融包摂(Financial Inclusion)」という課題が議論されるようになっている。融資を受けられなければ起業の機会もなく、貧困から抜け出せない。経済活動への参加の第一歩となるため、途上国の貧困層の金融サービスへのアクセスをどう確保するかは、国際的な課題だ。

モザンビークでは1977年以降、泥沼の内戦が続いた。農村の人たちにとっては、隣人が政府側か反政府側か分からず、明日、何が起きるかわからない。現在も内戦当時の対立構造は解消されておらず、散発的な戦闘は日常的に起きている。朝、目覚めると、近所のおじさんが木に吊るされていて、腹を割かれていた —— 。こうした、消えない記憶を抱える村人は少なくない。

農村部ではほとんど現金収入がないが、わずかな現金を貯めたければ、村から離れたサバンナや森の中に穴を掘って隠すしかない。このため、手に入った現金はすぐ使ってしまう習慣が根付いている。

しかし、日本植物燃料の事業地では、ヤトロファの種を買い取る仕組みで、村人たちに現金収入が生まれ、預金のニーズも生まれた。合田さんは、村人たちの収入を電子マネーとして預かることで、最低限の金融アクセスを確保するシステムの実現を目指している。

日本植物燃料の合田氏

モザンビークで電子マネーの普及を進めた後は、タンザニアなど近隣国への拡大も視野に入れている。

同社は当初、モザンビーク政府から銀行業のライセンス取得を目指していたが、現在は足踏みしている。同国は近年、金融危機下にあり、銀行も破綻した。国連など海外の援助機関からの資金が、与党幹部の関係する企業に貸し付けられ、使途不明になるなど、不正も次々に発覚している。このため、当初は新銀行設立に必要な資本金が日本円で2億円程度とされていたが、資本金要件が一気に10倍ほど引き上げられ、審査も厳格化された。

合田さんは「この数年は、銀行ライセンスにはこだわらず、電子マネーの仕組みを広げたい」と言う。

農村部でも携帯電話の普及は急速に進んでいる。通話とテキストメッセージが送受信できるシンプルな携帯電話の新品は、安いもので日本円換算で千円ほどで手に入り、中古品の取引も活発だ。スマホではない携帯での送金システムも、アフリカで急速に広がっている。携帯電話会社との合弁事業が進めば、お金を預けて必要な時に現金化したり、遠くに暮らす家族に送金したり、といった最低限の金融サービスが提供できる。

新しいルールをつくるチャンスがある

電子マネーは持ち逃げなど、不正を防ぎやすい仕組みでもある。電子マネーで取引する村の商店主は、現金で電子マネーを仕入れ、村人たちに販売をする。村人たちが支払った現金は、預かり金として電子マネーになるが、店主は在庫として持っている電子マネーの金額分しか村人に販売できない。

国際機関もこうした仕組みに注目している。低所得者層の援助で現金を配布しても、現金と紙の領収書のやり取りでは、誰がいくら受け取ったのかを確認するのが難しく、支援が必要な人たちに現金が届くまでに、相当の割合の現金が消えてしまう。

国連食糧農業機関(FAO)は村人に農業資材を配布する際に、紙の引換券を配っていたが、やはり横流しなどの防止が課題になっている。FAOは現在、引換券の電子化を進めており、日本植物燃料も電子化のプロジェクトに参加している。

電子マネーの仕組みが確立したら、売上の一部を村人たちの組合に還元して、井戸の掘削、農機の共同購入など、村全体に資する目的に使ってもらう仕組みも取り入れたいと考えている。合田さんは言う。

「日本では、ほぼすべての人が銀行とはこういうものだというイメージを持っていて、新規参入は難しい。しかしアフリカでは、銀行はこういうものだと我々が説明をするところから始められる。新しいルールをつくる 大きなチャンスがある」

Popular

あわせて読みたい

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい

広告のお問い合わせ・媒体資料のお申し込み