刑法の性犯罪規定はなぜ110年ぶりに抜本改正されたのか —— 「運動のスタートアップ」に学ぶ

2017年7月13日。「110年ぶり大幅改正」という言葉が、主要メディアの見出しに躍った。

正直、ここまでうまくいくとは思っていなかった。当初の目標と比べても、120%の結果ですね

ちゃぶ台返し女子アクション」のリーダー、鎌田華乃子さんは笑顔でそう語った。

性犯罪を厳罰化する、改正刑法が施行された。

改正を後押ししたのは「ちゃぶ台返し女子アクション」を含む、近年設立された4団体。性暴力の撲滅を目指して啓発活動を行うNPO法人「しあわせなみだ」は2009年立ち上げ。全ての性にとって生きやすい社会づくりに取り組む「ちゃぶ台返し女子アクション」、フェミニスト・アーティストグループ「明日少女隊」、「性暴力と刑法を考える当事者の会」はいずれも2015年設立だ。

いわば「運動のスタートアップ」である4団体は、2016年9月から共同で「ビリーブ・キャンペーン」を展開し、オンライン署名運動プラットフォームchange.org上で最終的に5万4000人超の賛同を得て、国会議員45人と面会。今年6月の改正案可決を大きく後押しした。

金田勝年法務大臣との写真

金田勝年法務大臣に3万筆以上(当時)の署名を届けたNPO法人「しあわせなみだ」「性犯罪と刑法を考える当事者の会」「ちゃぶ台返し女子アクション」「明日少女隊」(2017年6月7日)

提供:ビリーブ・キャンペーン

社会運動にも「戦略」が必要。

コンサルタントだった経歴もある「ちゃぶ女」の鎌田さんは、そう語る。4団体は、どのように刑法改正という困難な課題に立ち向かっていったのだろうか。

100年に1度のチャンスを逃がさない

刑法の性犯罪規定の問題を指摘する声はこれまでに何度も上がっていたが、これほど大幅に改正されたことはなかった。

チャンスが訪れたのは、2014年9月3日。自民党の松島みどり衆院議員が法務大臣就任会見で、「強姦罪の法定刑が懲役3年以上で、強盗が懲役5年以上はおかしい」と見直しを求める発言をしたのだ。翌月以降、法務省で「性犯罪の罰則に関する検討会」が全12回開催され、性暴力防止や被害者支援に取り組む団体や個人が複数ヒアリングに招かれた。しかし、取りまとめられた内容は、被害者たちの声を反映したものでも、性暴力の実態を十分に考慮したものでもなかった。

被害者の実情を分かっていない人が、性犯罪規定の改正を進めている——。

危機感を感じた鎌田さんは「ちゃぶ台返し女子アクション」を立ち上げながら、同じように性暴力の撲滅を目指す活動を2009年から続けてきた「しあわせなみだ」の中野宏美さんと2015年に出会う。同年10月、「性暴力と刑法を考える当事者の会」によるブックレット『ここがヘンだよ日本の刑法(性犯罪)』の作成に協力。また2016年2月には「明日少女隊」と「ガールズ・パワー・パレード2016」プロジェクトを決行。絆が生まれた。

「ガールズ・パワー・パレード2016」の様子

「ガールズ・パワー・パレード2016 in 表参道」(2016年2月)

提供:明日少女隊

刑法改正以外のことには、リソースを割かない

2016年9月19日、4団体はキックオフミーティングで運動の戦略を決めるときに、目標を刑法改正に絞った。大切にしたことは「選択と集中」。「刑法の性犯罪規定を実態に合わせて改正する」「性行為には同意が必要だという文化を作る」という2つの目標のみに注力することに。

共通目標が定まったことで結束も生まれた。次は、それを外部に広げていくことだ。4団体は、性行為における同意を考える「同意ワークショップ」「アート」「ロビイング」の3つのチャンネルを使って、世論を動かしていくことにした。

ワークショップのリーダーには男性も

だが、しばらくの間は「暗闇だった」(鎌田さん)という。議員や行政に対するロビイングも、誰に当たればいいのかわからない。同意ワークショップにも人が来ない。社会運動をやっているというと、「被害者が叫んでいる」「オトコ嫌い」「セックス嫌い」のレッテルを貼られる。多くの人にとって、性暴力の問題は遠く感じられるようだった。

転機は、半年後の2017年3月15日だった。国会議員会館で主宰した「キャンパスレイプを止めよう」という大学生向けのワークショップに、国会議員12人が参加した。当時大学構内でのキャンパスレイプの問題がメディアで次々に取り上げられていたこともあり、4月に入ってから東京大、慶応大、創価大、国際基督教大などの学生参加者が急増。積極的な協力者も現れて学生主体のネットワークが広がり、動画チームやワークショップチームなど、効率的に仕事を回して行けるようになった。

院内集会の集合写真

衆議院議員会館での集会「キャンパスレイプを止めよう! ~お互いを尊重する性のあり方を考えよう~」(2017年3月15日)

提供:ビリーブ・キャンペーン

意外だったのは、ワークショップのリーダーの多くが男性だったこと。労働問題に取り組む男性からも共感が寄せられた。「同意なき強制は全て暴力」というメッセージは、ブラック労働問題に関わる人の心にも響いた

左:宮﨑政久衆院議員、右:赤沢亮正衆院議員(自民)

宮﨑政久衆院議員(中央左)、赤沢亮正衆院議員(中央右)と共に(2017年3月)

提供:ちゃぶ台返し女子アクション

奇しくも、法改正のカギを握る人物に面会できたのも、議員会館でのワークショップがあった2017年3月15日だった。赤沢亮正衆院議員、自民党国会対策副委員長。国会での法案審議の順番や内容を決める重要な役職だ。

「最初は『この人たち何者なんだろう?』って疑いの目で見られていた気がします」(鎌田さん)

メンバーのひとりでもあり、7年間にわたり父親から性暴力を受けた被害当事者でもある山本潤さんの著書『13歳、「私」をなくした私 性暴力と生きることのリアル』を渡した。その後、本を読み、性暴力被害の実情を知った赤沢氏から「政治家の責任として、できることはやらなければならない」という後押しの言葉があったという。

常にポジティブトーンで発し続けた

法を変えるには、文化を変えなければならない。だから、裾野を広げる運動にも力を入れた。例えば、問題にあまり関心を持っていない層に向けて、アートプロジェクトを展開。「明日少女隊」が、東京・アーツ千代田3331で開催された『ソーシャリー・エンゲイジド・アート展 社会を動かすアートの新潮流』(2017年2月18日~3月5日)に、インスタレーションで参加した。

展覧会を訪れた「大学生の男の子組」に、偶然キャンペーンのことを知らせることができた。「明日少女隊」の須賀敦子さんはそう話した。

来場した高校生

「受験を終えたばかりの高校生も会場に遊びに来てくれた」と須賀さん。被害者と支援者を象徴する明日少女隊の作品「翼のマスク」を着けている(2017年2月)

提供:明日少女隊

気をつけたことは、常にポジティブなトーンでメッセージを発信し続けること。欧米ではわかりやすい敵を作り、「悪をやっつける」構図にする方が運動は盛り上がる。しかし日本はそうではない。対立軸を作らず実情を知ってもらうことで、いまの刑法は時代に合っていないことを伝え続けた。

この戦略は功を奏した。後日ロビー活動で回っていた国会議員からも、「重いテーマにもかかわらず、あなたたちの前向きの雰囲気がよかった」と言われたという。

アート活動と同時に地道なロビー活動は諦めずに続けた。自民、公明、民進各党の議員によるヒアリングでは、刑法の条文と実態の乖離をわかりやすく説明した。

クライマックスは山本さんの国会での証言だった。5月、衆院本会議で阿部知子衆院議員(民進)が山本さんの著書を取り上げ、6月には山本さん自身が参院法務委員会に参考人として招かれた。国会で性暴力の被害当事者の声が直接届けられたのは、「おそらく初めてのことだと思います」と山本さんは話した。

7月13日、性犯罪を厳罰化する改正刑法が施行された。

改正のポイントは、「強姦罪」の名称が「強制性交等罪」に変わり、女性だけではなく全ての性が被害者として扱われるようになった点だ。刑期の下限が懲役3年から殺人罪と同じ懲役5年へ引き上げられた。さらに「異性から無理やりに性交された」女性のうち「警察に連絡・相談した」被害者はわずか4.3%にすぎない現状(2014年内閣府男女共同参画局『男女間における暴力に関する調査』)を考慮し、被害者による告訴がなくても検察が起訴できるようになった(非親告罪化)。

改正法案の審議は政局によってコロコロ変わるので、それには振り回されましたね

4月には与党の意向で、先に提出されていた刑法性犯罪規定の改正案よりも共謀罪の法案が優先されて審議入りし、世間の注目が移った。

そのときには「刑法改正の動きが止まってしまうかもしれない、と思いました」と鎌田さんは振り返る。

社会は変えられる。疲れるけれど

「社会運動って、絵本の『スイミー』と同じなんですよ。小さい力を集めて、大きいものを作っていく。一部の人だけだと広がらない。だから多様性が大事」(鎌田さん)

改正後の性犯罪規定には、政府が3年をめどに実態に即した見直しを行うとする「附則」が入った。それに向けて4団体はこれからも活動を続ける。次の目標は、暴行脅迫要件の撤廃または緩和だ。同意の必要性の認識を広げることにも引き続き取り組んでいく。

鎌田さんはこの7月から渡米。ハーバード大学へ研究員として赴任し、ずっと取り組んできた「コミュニティーオーガナイジング」の日米の比較研究をするためだ。

ちゃぶ台返し女子アクションによる「同意ワークショップ」の様子

ちゃぶ台返し女子アクションによる「同意ワークショップ」の様子(2017年5月)

提供:ちゃぶ台返し女子アクション

「日本で社会を変えようとするのって疲れます。それは私だけじゃない」

と鎌田さんは言う。声を上げる人は叩かれ、白い目でみられる。「がんばってね」と言われることはあっても、当事者感覚を持って全力で応援してくれる人はやはり少ない。

しかし、生きづらいから日本を出るのではない。

「普通の人たちが社会を変えるのが難しいのは、どこの国も一緒。日本の外に出てみることで、見えなくなっていたものが見えてくるはず」

1年間の留学を経たあとは、また日本で社会運動に関わるつもりなのだろうか。

「もちろんそのつもりです。留学を通じて自分がどう変わっていくのか。今から楽しみです」。

ひと仕事終えた社会のイノベーターは少し疲れた様子を見せながらも、すでに次のステージを見据えていた。

(この記事は8月11日にタイトルと本文の一部を修正しました)

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