人材輩出企業としても名高いリクルート。卒業生にも通底する「リクルートらしさ」とはどんなもので、それはどうやって醸成されるのか。デジタル化や社長交代を経て、それはどのように変化していったのか。『リクルートのすごい構“創”力』の著者でボストンコンサルティンググループ日本代表の杉田浩章氏と、リクルートワークス研究所副所長の中尾隆一郎氏の対談から、「リクルートらしさと新規事業創出の関係」を読み解く。
この10年、リクルートはどう変化したのか。ボストンコンサルティンググループ日本代表の杉田浩章氏(左)と、リクルートワークス研究所副所長の中尾隆一郎氏が語った。
高度な仕事が増えた結果、残る人も増えている
Business Insider Japan(以下BI): リクルートで働く人には共通した「リクルートらしさ」のようなものがあり、世間でもなんとなくそれが共有されているように感じます。リクルートらしさとはどのように醸成されるものなのでしょうか。採用に由来するのか、次第に染まっていくのか、それともリクルートっぽくない人が脱落していくのか……。
中尾:ちょっと待ってください。似たようなことはよく聞かれるのですが、30年近く中にいる僕からすると、リクルートっぽさと言われても全くピンとこない。
僕は異動が非常に多く、今はリクルートワークス研究所にいますが、リクルートテクノロジーズ、リクルート住まいカンパニー、リクルートマネジメントソリューションズなど、他にもグループ内のいろいろな組織を見てきました。でも、そのいずれもが全く色が違う。
だから、皆さんが言うリクルートらしさというのは一体何のことなのか。営業の元気なイメージはあるかもしれないけれど、営業にしたっていろいろいますから。全く飲めない、元気のない人だって中にはいます。
杉田:いつかは自分で事業をやりたいという人が多いのでは?
中尾:ああ、それは確かに多いですね。同期で集まっても、辞めて独立した人の方がなんとなく偉そうにしているというのはあります。ずっと居残っているこっちの方が肩身が狭いくらいで。
BI:会社としても、「いずれは外へ出て挑戦しろ」という雰囲気があるのですか?
中尾:昔はそういうところがありました。なぜなら20年くらい前までは、社内に残り続けても30歳を超えてやる仕事があまりなかったからです。
ただ、今はあの頃とは違う。紙に限らずいろいろなメディアがありますし、お客様のビジネスもどんどん高度になっているから、いろいろな提案をする余地があります。
例えば、これまでであれば集客のお手伝いまでしかできなかったところでも、その後の業務改善まで一緒にやれたりするわけです。そうやって中で取り組める高度な仕事が増えた結果、以前よりも残る人が増えたということはあるでしょう。
新規事業が生まれるスピードは落ちている?
BI:杉田さんから見て、リクルートが変わったと感じるところはありますか? 特にデジタルの時代になって、あるいは社長が変わったことによって。
杉田:2つの側面で変化を感じます。1つは、デジタルがベースになったことによるビジネスモデルの変化です。デジタル化以前は、メディアという立場からクライアントとカスタマーをどうマッチングするかというところで止まっていましたが、今はそこから一歩踏み込み、クライアントのビジネスそのものにどう付加価値を出せるかに挑戦し始めています。
その背景には、デジタル化により、ローコストあるいはフリーでさまざまなシステムを入れられるようになり、業務支援がしやすくなったことがあります。中尾さんが主導しておられたリクルートテクノロジーズが中心となり、リクルートはこの3、4年で、こうした変化を推し進めるのに必要な技術的な基盤を作り上げてきました。営業の会社からテックカンパニーへと変貌を遂げたと言っていいでしょう。
しかし個人的には、新規事業が生まれるスピードは、昔と比べて落ちているのではないかと感じる部分もあります。その結果、社員一人一人が実体験として新規事業に触れる機会があるという、リクルートの強みが薄れているのではないか、と。
BI:その辺り、中尾さんはどう感じていますか?
中尾:この10年で別の会社になった気がしますね。もちろんポジティブな意味で。
それまでは情とか気合いでやっていたところが、すごく合理的で真っ当な判断が下されるようになった。前社長の柏木(斉氏)も現社長の峰岸(真澄氏)も、グローバルへの進出やテクノロジーへのシフトなど、当然やるべきと思えることをシンプルに決断した上で、現場に権限移譲してくれています。
新規事業についても、そうは言っても以前は「それで売り上げが上がるのか?」と上から詰められることもありましたが、今では新規事業とはそういうものではないということをしっかり理解して、言いたくても我慢してくれていると感じますね。
以前はいなかったオタクっぽい社員もいる
BI:一方で、杉田さんが指摘するように、新規事業にがむしゃらに取り組むスピード感など、かつては当たり前だった「血中リクルート度」のようなものが下がっていると感じる部分はありますか?
中尾:先ほども触れたように、ひと口にリクルートと言ってもあり方は組織によってそれぞれ違うので、よく言われるような「リクルートらしさ」というものは、もともと存在しないのではないですかね。
にもかかわらず、そういうものが取りざたされるようになったというのは、社内の人間が自社について説明するときに、「1を言ったら10を分かってくれ」とでも言うように、社内の実際を丁寧に説明することを怠けたせいではないか、と。
確かに、以前は分かりやすく元気のある人を新卒で一括採用するということをしてきたので、似たようなタイプの社員しかいなかったかもしれません。でも、最近はいろいろなタイプの人が入ってくるので、通り一遍の説明で「リクルートらしさ」が語れるとは思えません。
例えばリクルートテクノロジーズには、以前であればリクルートにはいなかった、オタクっぽい社員もいる。けれどもそういうやつだって、大勢の前で分かりやすく自分を表現しないというだけで、少人数で飲みに行ってみるとめちゃくちゃ面白かったりするんです。だから、以前はあった「リクルートらしさ」が今は失われた、ということは言えないと思います。
BI:むしろ、そういう人が加わったことで組織としての幅が広がった?
中尾:多様性は圧倒的に広がっていると思います。今の子が面白いと思うのは、以前であればパワーポイントで資料を作ってくるところで、いきなりモノを作ってくるところです。アプリを作ってくることもあれば、3Dプリンターを使って本当にモノを作ってくる場合もあります。
深センなどに行けば、そうしたことはもはや当たり前だし、いろいろな本にも書いてあるから、そういう時代になっているというのは知識としては以前から知っていました。でも、社内で普段、普通に会話をしている社員が、普通にそういう動きをする。これには非常に心強さを覚えますね。
新規事業の作り方が変わってきている
杉田:それはすごい変化ですよね。まさに中尾さんたちがこれまでやってきた組織づくりが実ったということでしょう。
中尾:事業として大きく育つかはまだ分からないですが、面白いものを作っている人はすでに社内にたくさんいますよ。例えば、この間は男性の精子の濃度と運動率が測れるアプリを発表して話題になったし、もっと他愛もないレベルで言えば、セグウェイに社長の顔が映し出されたモニターをつけてオフィスを見回りするロボットを作った人もいる。自分たちで勝手にそういう面白いものを作って楽しんでいるんです。
だから、杉田さんが指摘するように、新規事業が生まれるペースは落ちているかもしれないんですけど、それは単に、以前とは作り方が変わってきているというだけなのだろうと思います。そして、次の何かはそうした中から生まれるのではないか、と。
杉田:今、ビジネス環境的には、新しいイノベーションを生み出していかないと抜け出せないというステージにあるのは確かだと思います。
でも中尾さんがおっしゃる通り、リクルートが大事にしてきた根っこの部分は変わらずに、それに多様な人間が、今までとは違う新しいやり方で挑戦し続けるというのであれば、いずれはそうした中から、次のトランスフォーメーションへの道すじがついていくのでしょう。
BI:テックカンパニーへと変貌を遂げていっている一方で、「営業の会社」としてのリクルートの足腰に変化はありますか?
中尾:OBからは「最近の営業は……」とお小言をもらうこともありますけど、昔とは環境が違うのだから、昔のままの営業スタイルではやっていられるはずがないですよね。今の営業マンだってちゃんとやっていると思いますよ。
今もあるセールスに対するリスペクト
杉田:むしろ、営業をやる上でITを効果的に使えていると感じます。例えば、お客様のシステムの稼働状況を把握することで、あまり使っていないお客様がなぜ使っていないのかを分析し、課題解決の提案につなげる、というように。
New RINGから生まれた新規事業である「スタディサプリ」もそうです。これも、できあがったものを単に学校に売り込んで成功したというのではなく、業界の課題を分析し、ビジネスモデルをしっかり構築した上で、そこに営業に行くという形を取っています。だからこそ、もともと持っていた営業リソースの強みが効いている、という見方ができるでしょう。
中尾:会社全体を見渡しても、セールスに対するリスペクトは相変わらずあると思います。最近でこそ営業経験のないエンジニアも増えてきましたが、今もほとんどの社員は一度は営業を経験しており、営業の面白さも大変さも肌感覚として分かっている。どちらか一方ではなく、モノの作り手と売り手の両方が大事だと思えている人が、社内に多いと感じます。
ハッピートライアングル精神は変わらず
杉田:「スタディサプリ」の発案者である山口文洋さん(リクルートマーケティングパートナーズ社長)のミーティングスペースに行くと、やはり必ずリボン図が書いてあるんです。このことは、リクルートらしさと新規事業の関係を考える上で、非常に象徴的だと思います。
というのも、「スタディサプリ」はカスタマー側から課金するという、従来のリクルートにはあまりないビジネスモデルを採っています。クライアントとカスタマーを結ぶという発想で生まれたリボンモデルからは、ある意味でもっとも遠い存在と言っていい。にもかかわらずリボン図を用いているというのは、「問題を解決するためには業界の構造全体から考えなければならない」という、リクルートらしい視点がそこにあることの表れでしょう。
BI:杉田さんは、新規事業を立ち上げる上では「志」が大切であると本の中で強調していますよね。
中尾:新規事業というのはうまく行かないことだらけだから、やっている間には当然、めげそうになることがたくさんあります。そんな時に「何のためにやるのか」がブレてしまっていては、そんな状況を乗り越えることは絶対にできません。頑張った先に「これを実現したい」という志があればこそ、思うようにいかない時にも頑張れるんです。
杉田:その点は、私がリクルートに関わり始めた2000年代初めから変わらない姿勢ですね。
現社長の峰岸さんは当時「ゼクシィ」の編集長でしたが、彼は「ハッピートライアングル」というものを掲げていました。式場も、カップルも、自分たちもハッピーになる事業でなければならないという考え方です。初めて聞いた時は驚きましたが、峰岸さんは本当にこの考えに基づいて組織をマネジメントしていたのだと思います。
リボンモデルを超える新しい仕組みを
杉田:手つかずの市場があるからそこを取る、という発想で事業を始めると、一時的にはうまくいっても、持続的にみんなの頑張りを引き出すことはできない。そうではなく、ゼクシィなら結婚することにおける弱者、スーモなら住宅を選ぶことにおける弱者に対して、いかに最適な環境を提供するかという発想が、リクルートではどんなサービスでも根っこのところにあるんです。
中尾:そこにマーケットがあるから、という発想では、結局のところ誰もが同じ結論になってしまうんです。そうではなく、困っている人がそこにいるのであれば、誰かがそれを解決しないといけないはずで。
自分たちにそれを解決できるだけの気概と能力と資源があるのであれば、それを見過ごすことはできないだろうという発想で僕らはやっています。何度も話に出てくるリボンモデルというのは、そうした姿勢を表したものなんです。
でも、本当はリボンモデルにだって、いつまでも頼っていてはダメなんですよね。今、リクルートの課題はリボンモデルを超える新しい仕組みを生み出すことなんだと思います。新しいものを生み出さなければいずれ衰退してしまうことは、仕組みやフレームワークも一緒です。いつまでも同じことだけやっていたのではダメなんですよ。
(撮影:渡部幸和)
杉田浩章(すぎた・ひろあき):ボストンコンサルティング グループ日本代表。慶応義塾大学経営学修士(MBA)。日本交通公社(JTB)を経て、現職。トランスフォーメーション、グローバル戦略などのコンサルティングを数多く手がける。著書に『BCG流 戦略営業』。
中尾隆一郎(なかお・りゅういちろう):リクルートワークス研究所副所長。大阪大学大学院工学研究科修了。リクルート入社。リクルート住まいカンパニー執行役員(事業開発担当)、リクルートテクノロジーズ社長などを経て、現職。