進化する海外のLGBT音楽 ここでも取り残される日本

FUZEより転載(2017年7月26日公開の記事)


海外のLGBT権利運動の高まり/日本の「LGBTブーム」

この2017年、大きく見て、欧米では性の多様性を認めることはひとつの良識として定着したと言っていいだろう。自分らしく生きることをひたすらアッパーに称揚するレディ・ガガの『ボーン・ディス・ウェイ』が現代のLGBTの権利運動におけるアンセムとなっていることは、そのことを端的に示している。世界的なポップ・スターがジェンダーとセクシュアリティの自由を、ダンス・ポップで掲げる時代ということだ。

同曲が発表された2011年は、マリッジ・イクオリティ(同性結婚の認可も含め、結婚が誰もに開かれた人権だとする考え方)の是非を巡って世界中で議論が活発化していた時期。ゲイが大きなファンベースのひとつになっているレディ・ガガにとって自然な振る舞いともいえるが、そこにははっきりと政治的な意味合いも含まれていたわけだ。

海外から同性結婚の話題を中心としてセクシュアル・マイノリティと社会の関わりの変化が伝わるようになり、近年日本にもLGBTブームが到来したと言われている。だが、そこにポップ・カルチャーが...とりわけポップ・ミュージックが連動しているとは到底言えないだろう。

日本においては、政治と音楽の関わりはいまも忌避されがちだ。もしLGBTの話題が現代ならではの政治的トピックなのだとしたら、この国ではポップスと結びつきにくいことは理解できる。だが、であるならば、社会運動や政治とは別のところで、音楽がセクシュアル・マイノリティの生き方を示すことがあってもいいではないか?

このトピックにおいても、実際的に世のなかを動かし変えていくのは法整備をはじめとした政治や、またマーケティングを見据えた経済産業であるだろう。だが、そこに「誰」がいるのかが見えてこなければ意味はない。個人の生き方の自由に大きく関わってくる問題なので、当事者たちが何を感じ、何を考え、何を求めているのか...を伝えることが重要だ。そして、その役割を果たすものこそがポップ・カルチャーであるだろう。

日本が今「LGBTブーム」とはいえ、海外と比較すれば大きく遅れているという事実は明白だ。世界のLGBTと大きなひらきを促しているものこそが、ポップ・カルチャーにおけるセクシュアル・マイノリティ表現の圧倒的な量の差と、歴史の積み重ねの差に思えてならない。LGBTの人権が理解されることももちろん重要だが、それが表現という形で共有されることもまた、同じくらい大切なことではないだろうか

LGBTとポップ・カルチャーの関係と、その歴史

ゲイ・カルチャーないしはクィア・カルチャーの歴史を振り返れば、そこには数多くのポップ・ミュージックが関わっていたことがわかる。とくにゲイの人権運動の端緒だとされる1969年ストーンウォールの反乱以降、つまり1970年代以降にそれらはより広い範囲で顕在化している。

たとえば70年代のパラダイス・ガラージを中心とするディスコ・シーンは同性愛者たちの社交の場としても避難所としても機能していたし、それを繋いでいたものこそがディスコ・ミュージックだった。1979年のディスコ・ヒット、グロリア・ゲイナーの『アイ・ウィル・サヴァイヴ』がいまも世界中のプライド・パレードで鳴らされていることはその歴史を端的に示しているだろう。

イギリスではパンク以降の文脈で、1978年にトム・ロビンソン・バンドの『グラッド・トゥ・ビー・ゲイ』がある。

ゲイ・アンセム繋がりといえば、80年代イギリスにおけるシンセ・ポップ/エレポップもまた、アンチ・マッチョイズムの観点から大きな盛りあがりを見せている。

たとえばシンセ・ポップ・バンドのイレイジャーは1988年の『ア・リトル・リスペクト』でこんな風に歌っている。「ああベイビー、お願いだ、ぼくにほんの少しのリスペクトを」。

セクシュアル・マイノリティにとっての「プライド」の意味を体感させてくれるのは、どんな立派なスローガンや言説よりも、あるいは、その腰が砕けそうなほどキャッチーなシンセ・ポップなのかもしれない。もう少し正確にいえば、そのレコードがいまでもゲイ・クラブのアンセムとしてスピンされているという事実だ。男に欲望する男であることは、自分を恥じることでも恨むことでもない――ことを、その歌はカジュアルなラヴ・ソングの形式で告げている。

「ほんの少しのリスペクト」は誰かからほどこしのように受けるものではない。自分自身で見つけるものだ。ゲイであることをオープンにしているイレイジャーのアンディ・ベルがファルセットでそのことを歌うとき、半裸の男たちが踊るクラブのピークタイムでその歌がスピンされるとき、そのメッセージは身体と心に響いてくる。

シンセ・ポップの文脈では1993年にリリースされ、世界中でヒットを飛ばしたペット・ショップ・ボーイズの『ゴー・ウェスト』はいまではサッカーのスタジアムで合唱されているが、それは本来ヴィレッジ・ピープルのカバーであり、紛れもなく同性愛者のエクソダスを謳うものであった。

80年代以降のエイズ禍によってゲイ・ディスコ・シーンは一度解体したものの、クラブ・ミュージックは世界中で音楽的な先鋭化と並行しながらゲイ・コミュニティとしての場を生みだし続けたし、80年代のシンセポップ・アイコンであったジョージ・マイケルやカルチャー・クラブのボーイ・ジョージはのちにレジェンダリーな存在となっていく。カルチャー・クラブの『ラヴ・イズ・ラヴ』のタイトルが現在、マリッジ・イクオリティの標語として掲げられているのはそういうことだ。

マドンナやカイリー・ミノーグのようなフィメール・ポップ・アイコンもまた、セクシュアル・マイノリティを鼓舞するようなポップ・ソングを発表し続け、支持され続けてきた。彼女たちのミュージック・ビデオやステージにはゲイが多数登場している。

90年代以降になれば、カミングアウトしているミュージシャンは珍しくなくなったし、ルーファス・ウェインライトのような当事者であることを重要なテーマとするシンガーソングライターも現れてくる。

いっぽうでアンダーグラウンドに目を向けてみれば、マトモスのようにIDM/エレクトロニカとして音楽的な実験性を示しながら、ゲイ・カルチャーのエッジーな部分を表現する異才もいる。サウンド的にも表現的にも、より厚みを増していくのだ。

上に挙げたものとてほんのごく一部にすぎないが、時代と社会の変化とともにそれらは何度も生まれ直し、世界の片隅にいる個人の、あるいは「わたしたち」の実存と感情を伝えてくれる。日本に生まれたひとりのゲイである自分にとっても、そのことを教えてくれたのは――周りの大人ではなく――海の向こうのポップ・カルチャー、音楽であった。

日本におけるゲイ・ポップスの現状、宇多田ヒカルの先進性

そうしたことを考えれば、日本では単純に量としてセクシュアル・マイノリティの音楽が聞こえてこない。いや、もちろんゲイに支持される歌謡曲やJ-POP、あるいは「当事者だと暗黙の了解として共有されている」歌は歴史的にも少なからずあったかもしれないが、より明確に当事者性を打ち出してくるものはほとんど生まれてこなかったし、見えてこなかった。

そんななか昨年、宇多田ヒカルが出演した歌番組で彼女の楽曲『ともだち with 小袋成彬』が同性愛の歌だと明言したことは、ひとつ興味深い出来事だったように思う。

ポイントは、「同性愛の歌であるように読み取れる」のではなく、作家自らがゲイ・ソングだと限定したことだ。「oh ともだちにはなれないな/なぜならば触りたくて仕方ないから」というコーラスの歌詞は主人公の性別も相手の性別も特定していないが、その叶わぬ想いを巡る状況には具体的な設定が用意されている。そして、そのうえでこそジェンダーとセクシュアリティを特定しない「共感」が生まれる...というもので、ついにメジャーなJ-POPでもゲイ・ポップスが生まれる時代が来たのかという感慨を抱かずにはいられなかった。国内外に多くのゲイのファンを持つ彼女が、時代を見据えた結果なのだろう。

(...続きは『FUZE』の記事「進化する海外のLGBT音楽 ここでも取り残される日本」で!)

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