「英語話せないグローバル課長」が福岡市をスタートアップ都市にした

7月18日、福岡市はニュージーランド・オークランド市とスタートアップの相互支援に関する覚書を締結したと発表した。これで、福岡市が海外都市と提携の覚書を締結したのは、エストニア、ヘルシンキ(フィンランド)、台北(台湾)、サンフランシスコ(アメリカ)、ボルドー(フランス)に続き、6都市となった。

福岡市はスタートアップ・シティ。そんなイメージが定着しつつある。

福岡市役所・的野氏

福岡市グローバルスタートアップ課長、的野浩一。「アウトロー」なキャリアを歩んできたという。

なぜ福岡市はスタートアップ都市になれたのか。それを語る上で、1人のキーパーソンがいる。福岡市総務企画局企画調整部国家戦略特区グローバルスタートアップ課長、的野浩一。

的野が新規事業開発などを担当し始めたのは、2009年に企画調整部に異動してからだ。それまでは大学で建築を専攻したにも関わらず、インフラ整備ではなく、まちづくりのイベントを担当するなど「変則的」なキャリアを歩んできた。

福岡市をシアトルのような街に

2010年、その年に当選し、現在も市長を務める高島宗一郎がアメリカ・シアトルに視察に行った。

首都・ワシントンD.C.から遠く離れた港町であり、人口も福岡市の半分。にもかかわらず、アマゾン、マイクロソフト、スターバックスなど世界的企業がこの町から生まれている。海と山に囲まれた自然環境、コンパクトな都市機能、優秀な学生が集まる大学都市であることなど、福岡市が成長する姿がシアトルと重なった。

福岡市の街並み

福岡市経済の特徴は「大企業の支店経済」と「インフラ・金融系の地元企業の影響力が大きい」ことだと言われる。

福岡市をスタートアップ・シティに。2013年、福岡市は安倍政権による「国家戦略特別区域」、通称・国家戦略特区構想で、グローバル創業と雇用創出をメインテーマに据えた特区を申請した。

実はこの申請の背景には、苦い記憶がある。2011年に民主党政権が進めていた「総合特区」制度で、福岡市、北九州市、福岡県の3自治体は共同で「グリーンアジア国際戦略総合特区」として指定された。しかし、福岡県と北九州市の産業基盤は製造業。福岡市が注力したいサービス産業や創業支援は特区の成長戦略の柱にはならなかった

今度こそ、スタートアップ支援を成長の軸に特区指定を獲得する。

「ぎりぎりまで続いた交渉の中で指定を獲得できたのは市長のリーダーシップのおかげ。特区指定に関わったとある関係者は、市長を『ブルドーザーのような人だ』と言っていたね」

と的野は振り返る。

カタカナ語では見出しにならない

スタートアップカフェ

2014年から設置された、市による創業の相談窓口「スタートアップカフェ」。運営は九州TSUTAYA。

提供:福岡市

2012年に「スタートアップ都市ふくおか宣言」を打ち出してから2年、2014年に「グローバル創業・雇用創出特区」に指定された。しかし当初、地元の反応は冷ややかだった。

地元の新聞から言われたことは「カタカナ語では見出しにならないよ」。地元の大手企業の会長からも「やめておけ」と釘を刺された。

よかなびのスクリーンショット

ぐるなびと連携した福岡・博多の観光案内サイト「よかなび」。動画サーバーとして当時としては画期的だったYouTubeを利用して注目を集めた。

提供:INTERNET WATCH

的野は以前、同じような経験をしていた。2008年、観光課にいたころ、福岡市の観光サイトは、動画も地元の有名店の情報もない質素なものだった。当時、行政が運営するウェブサイトで民間企業の利益になるような情報を載せることは、タブーとされていたのだ。

しかし、福岡にくる人々が本当に求めているのは、地元のおいしい店の情報のはず。周囲の反対を押し切り、的野はぐるなびと連携して福岡市の口コミサービス「よかなび」と、YouTubeの福岡市公式チャンネル開設に踏み切った。これらは自治体の画期的な取り組みとして、総務省が主催する「九州ウェブサイト大賞2008」を受賞。「ムリだ」と言われたことが、実現したのだ。

スタートアップ・フクオカのロゴ

「イベントのチラシに載っていた『福岡市』のロゴがダサかった」ために作られたという、STARTUP FUKUOKAのロゴ。

同じようにして「スタートアップ関係者が本当に望んでいること」を積み重ねた。

「一蘭(両横がついたてで仕切られている、博多発の個室ラーメン屋)スタイル」だったスタートアップ相談窓口を刷新し、カフェを開設。相談に来る人の数は7倍に増えた。さらに福岡市のロゴとは別に「スタートアップ・フクオカ」のロゴを作り、イベントやスタッフTシャツに載せると、Facebookで瞬く間に拡散された。同時に、既存企業とスタートアップとのマッチングや、高校生が起業家と出会う場を作ることにも奔走した。

電撃的に決まった台北市との相互支援提携

スタートアップ支援施策が軌道に乗り始めた頃、的野は新たなプロジェクトに着手する。海外都市との連携だ。

的野は福岡出身で留学経験もなく、英語は話せない。日本語でアクセスできる情報や翻訳者を頼りに各都市のスタートアップ投資額などを調査。スタートアップ拠点として有名な都市を20ほどリストアップした。しかし、担当者にメールを送っても返事が来なかったり、取り付く島もなく面会を断られたりすることもあった。

福岡市役所の的野氏

上:2016年7月22日、バーでの偶然の出会いをきっかけにした両市長の会談の様子。 下:会談を取り持った医者「フーシュン先生」と記念写真。

提供:福岡市

台北市にスタートアップ相互支援の提携を打診しに行ったときのこと。市役所では台北市長にも会えないままあっさりと断られ、その夜、高島と的野はバーで「ダメだったね」と語り合っていた。そのとき、偶然隣に座っていたバーの客が、実は台北市長の知り合いの医者だとわかった。彼の取り計らいで翌朝10時、市長と直接話す機会が設けられ、電撃的に台北市との提携は決まった。

2016年9月末、ボルドー市に交渉したときも同じだった。ボルドー市と福岡市は30年以上前から姉妹都市だが、国際経済の担当者にスタートアップ提携の話を持ちかけても、最初は全く相手にしてもらえなかった。交渉3日目、担当者に「フランスの社会課題は何なんだ」とぶつけてみた。「フランス人は内向きで、海外に出て行こうとしないこと」との答えに、「日本も同じだ、それを一緒に変えていこう」と提案した。

コンプレックスみたいなもんだよね

英語も話せない自分が、市のグローバルスタートアップ課長をしているということ。だから的野は、英語は話せないが海外に進出したい人たちの気持ちに人一倍敏感だ。

2016年11月、市内の起業家を対象に、福岡スタートアップカフェがシリコンバレーの視察ツアーを開催した。自費負担にも関わらず応募者が殺到、150人近くになってしまった。

参加者を選考しようという声が上がる中、的野はどうしても全員連れて行くと主張した。落ちた人のショックを考えると、参加者を絞ることは考えたくなかった。結果、ツアーを3回に分けて、全員が参加可能な日程を組んだという。

人の手を借りず、5分で着付けができる着物を海外に売りたいという参加者がいた。

研修が終わるまでには英語でピッチ(投資家に向けた短いプレゼン)ができるようになっていたよ

的野はどこか嬉しそうに話した。

「守り」を固めて起業の好循環作る

スタートアップ都市としての福岡市は始まったばかり。まだまだ、取り組まなければならないことはある。まずは、福岡発のスタートアップのロールモデルを作ることだ。

福岡市からIPO(新規株式公開)の成功例が出れば、投資家が福岡に注目するようになる。シードやアーリーステージといった初期の企業にも投資が回り、好循環が生まれてくる。福岡にはアイデアはあるが事業化のノウハウを持っている人材が少ない。法務やファイナンスなど、「守り」の専門知識を持つ人材の呼び込みが不可欠だと考えている。

福岡市を外国人にとって、もっと魅力的な街にすることにも取り組む。ビザの問題や住宅や事務所を借りること、銀行口座の開設など、外国人にとっての創業にはまだまだ不便さが残るからだ。

福岡市の街並み

福岡市の人口増加率は政令指定都市の中で1位。「住みやすく、発展する街」を目指す。

人からダメだと言われたことの方が、結果的にバズった気がするよね

前例を重視する行政の仕事でも、理不尽だと思うものは、諦めず周囲を説得してきた。心がけているのは、常に現場に立ち、当事者の声を聞き続けること。柔軟に考えつつ、着実に計算すること。彼の考え方こそ、役所の中の「スタートアップ・マインド」と言えるのかもしれない。(本文敬称略)

(写真:比田勝大直)

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