打ち上げ終了後、右からISTの稲川貴大社長、堀江貴文氏、ロケット打ち上げ開始ボタンを購入した芹澤豊宏氏、町を挙げて協力した大樹町の酒森正人町長。
既報の通り、国内初の民間ロケット会社による軌道実証を目指したホリエモンロケット「MOMO」の打ち上げは、宇宙空間には至らなかったという意味で"失敗"した。MOMOは上空でロケットの状況をモニタリングする飛行データ(テレメトリーという)が途絶えたため、打ち上げから66秒後、地上からのコマンド送信によりエンジンを緊急停止した。これによって飛行終了し、北海道・大樹町の太平洋岸沿いの射場から沖合約6.5kmの周辺海域に落下したと見られる。
民間ロケット会社の打ち上げ成功を見届けようと現地入りしていた筆者は、打ち上げのそのとき、見学場所として用意された大樹町の「SKY HILLS」にいた。SKY HILLSおよびプレスエリア周辺は、濃霧のため視界なし。轟音をあげて飛び立ったMOMOの音だけを頼りに、正常に飛行しているものと期待していた。
IST MOMOを見守る報道陣のカメラの砲列。実際の打ち上げ時刻は、あたりは霧に包まれていた。
MOMOの離床(地上設備からの離脱)を聴いていた印象では非常にスムーズで、プレスエリアで聞こえたエンジン音にも異常は感じられなかった。音は上空へ向かって消えていき、雲の上では正常な飛行を続けているものと思われた。だが、実際にはエンジン燃焼時間の予定120秒の半分を過ぎたあたりでエンジンは緊急停止コマンドで燃焼を停止していた。
エンジンの緊急停止が伝えられたプレスエリア周辺では、取材陣には当初なにが起きたのかわからず混乱。IST広報担当の笹本氏を取り囲んでは「何があったのか」「テレメトリーとは何か」と質問攻めで一時騒然となった。
当初、「緊急停止コマンド送信は約80秒後、沖合8km付近に落下」と報道されたのはこの時点の情報だった。
ホリエモンロケット「MOMO」の打ち上げは単純に"失敗"なのか?
今回のMOMOの打ち上げ実験では、宇宙の入り口とされる「高度100km」を超えるという目標が設定されていた。これを、クリアすべき「ミッション(使命)」と捉えるのであれば、到達高度およそ20kmと見られる今回の打ち上げ結果は「失敗」だ。
一方、別の見方もある。これまで高度数kmにとどまっていたロケットの飛行記録が伸び、新開発のエンジンも地上から緊急停止コマンドを送るまで、正常に動作した。また、安全管理上の手順を必要なタイミングで実行し、制御することもできた。こうした点は、民間ロケットが到達した成果として前向きに考えるべきだ。MOMOは試験機として立派な一歩を踏み出したと言える。
とはいえ、チーム一丸となって精魂込めて開発し、29日、30日と昼夜を問わないトラブル解決作業の末、打ち上げ期限ギリギリに無事離床したロケットを自らの手でミッション中断したインターステラ社関係者の葛藤は察するに余りある。
このときの状況を、稲川社長は、ごく短いツイートで打ち上げ実施責任者としてその責任を引き受けたことを明らかにしている。
※「エマスト」=エマージェンシーストップ(緊急停止)
高度10kmに待つ「ロケットの悪魔」がMOMOを襲った
今回、注目したいのは、MOMOの目標高度到達を阻んだ「ロケット開発のハードル」だ。ISTの稲川貴大社長は、試験機打ち上げ直後にこうツイートしている。
打ち上げ後に行われた記者会見の席で、稲川社長はテレメトリー喪失の原因を取材陣にこう語っている。
「通信が途絶えたのは、高度10kmで速度400m/秒(およそマッハ1.3)程度の付近。これは(専門用語で)"max Q"の時刻にあたる。"最大動圧点"といい、機体に何らかの異常が発生したと考えられる。テレメトリーなど電子部品の動作は正常だったと思われるが、機体の破損によって電線などにも破損があったかもしれない。原因は、詳細な解析を進め、今後発表していく」
飛行中に何らかの機体破損があり、そのためロケットから飛行データを送信できなくなった、という見解だ。
緊急停止に至った原因について説明するインタステラテクノロジズの稲川社長。
稲川社長が言う、「max Q」(マックス・キュー)とは何か? 地上を離床したロケットが上昇を始め、加速していくと機体に多大な空気の力(圧力)がかかる。加速とともにこの負担は増していく。一方で、高度が上がるにつれて空気の密度は低くなるため、機体にかかる力は弱まってもいく。このふたつが交差するポイントを「max Q=最大動圧点」と呼び、おおむね、高度10km付近で起こるとされる。
max Qはロケット関係者の間で「機体を壊してしまうことがある大気圏内の大きなハードル」として知られている。たとえば、米アマゾンのジェフ・ベゾスCEOが率いるロケット開発企業ブルー・オリジン社は、2015年4月に行われた同社の新型ロケット「New Shepard」の打ち上げ試験で、機体が無事にmax Qを乗り越えたことを強調している。また、電気自動車テスラ社のCEOイーロン・マスク氏が率いる民間ロケット会社Space X社のロケット「Falcon 9」やオービタルATK社の「アンタレス」ロケットなど、米新型ロケットの開発報道でもたびたび登場する用語だ。
ブルー・オリジンが公開している「max Q」付近でのロケット試験映像。
記者会見で稲川社長は、今回の結果を受けて機体を改修していくために想定される部分として、
「空気加熱が発生する機体の出っ張り部分に課題があるのかもしれない。(MOMOは)尾翼を持つ機体なので、尾翼部分で破壊的な振動を減少させるといったことも考えられる」
と即座にいくつかの改善シナリオを挙げた。このことからも、技術者にとって乗り越えることのできる、しかし「やってみなくちゃわからない」事態だったということがうかがえる。
もちろん、何もかもがぶっつけ本番というわけではない。機体が飛行中にどのような力を受け、構造や強度にどういった課題があるのかは飛行シミュレーションで事前に検討できるし、ISTでも実際に行われている。ただし、シミュレーションでは7月30日16時半すぎの十勝の空の全てを再現はできず、またいくらシミュレーションを重ねても結局は実際に飛ばして検証しなくてはわからない、という部分は残るのだ。
MOMOの機体は、打ち上げ後に地元、大樹町の漁船の協力を得て回収を試みることとなっている。残念ながら、落下した地点が予定とは大幅に異なっていたこともあり、30日夜の時点で機体回収はならなかった。今後、スムーズな回収を成功させるための準備として、ロケット先端のペイロード部分だけを切り離し、回収に備えた機構を導入していくという。
機体の一部を分離するという機構は、将来の多段式となる発展型の衛星打ち上げロケットにもつながっていくという。会見で、創業者である堀江貴文氏はこう語っている。
会見で取材陣からの質問に対して「次の展開」について答えるIST創業者の堀江貴文氏。
「MOMO後継機は年内には打ち上げを見込んでおり、いまから3カ月ほど後になる。今回わかった不具合や機体のメンテナンス性を改良していく。
今回展示した模型(下の写真)は、MOMOと発展型の軌道投入ロケット(衛星打ち上げロケット)になる。衛星打ち上げロケットのスペックは、エンジンの推力がおよそ4トン、1段目に9~10基のエンジンを搭載した"クラスタエンジン"と呼ばれるもの。2段目には同型エンジンのシンプル版を搭載する。設計はこれから固めていくところだが、近い将来に打ち上げたい」」(堀江氏)
ISTによると、年内に2号機の試験を行う希望もあるという。ISTが今回得た知見をどのように活かしてスピード感ある開発を進めていくのか注目だ。
手前の模型が今回打ち上げた「MOMO」。後ろの大きなロケットがMOMOの発展型の衛生打ち上げロケットの模型。それぞれ縮尺を揃えた模型になっているので、MOMOに対する大きさの比率がわかる。
会見会場に展示されていた「MOMO」と構想中の衛星打ち上げロケットの模型。エンジンを10基搭載するクラスタエンジンを採用し、精密な姿勢制御を行うという。
時系列で振り返るホリエモンロケット「MOMO」の打ち上げ
最後に、インターステラテクノロジズのホリエモンロケット「MOMO」の打ち上げまでの時系列を追う。7月29日(土)~7月30日(日)に設定されていた試験機打ち上げは、天候条件、機体トラブル、落下予定の警戒水域への船舶の立ち入りと、ロケット打ち上げにとってハードルとなる事象を2日間に凝縮して詰め込んだ濃密な時間になった。
※以下で使っている用語「ウインドウ」は「打ち上げ時間枠」のこと
第1ウインドウ(7月29日土曜日10:20~)
7月27日に行われた打ち上げリハーサル時、MOMOの打ち上げ手順に改善点が見つかり、「技術的課題解消のため」として次回ウインドウに延期。
第2ウインドウ(7月29日土曜日15:45~)
打ち上げに向けて準備中、11時ごろから濃霧発生。射点付近で見通し600mという打ち上げ条件を満たさなくなったため、次回ウインドウに延期。午後になって天候回復したものの、この日は残ウインドウなし。
第3ウインドウ(7月30日日曜日5:00~)
打ち上げ準備が進行し、ウインドウ内の7:05に打ち上げを設定。5分前の時点でロケット内部の液体酸素漏れが発生、低温のガスによりアビオニクス(飛行電子部品)や液体酸素タンクの配管周辺で弁を閉じる装置などに動作不良が発生。また、打ち上げ中止の際に配管から残った燃料などを排出する窒素ガスの圧力が不足していることも判明し、次回ウインドウに延期。
第4ウインドウ(7月30日12:20~)
第3ウインドウでいったん燃料のエタノールと酸化剤の液体酸素を充填したものの、そのままの状態で時間を置くことはできないため、いったん推進剤を抜き取り。各種点検や不具合解消を行い、12:25に打ち上げ時刻を再設定した。準備は整ったものの、打ち上げ直前になってロケットが落下する可能性がある警戒水域を船舶が航行していることが判明。海上の安全の問題から、次回ウインドウに延期。
SKY HILLSでは、ISTの母体となった民間ロケット開発団体「なつのロケット団」が広報や解説などの応対にあたった。メンバーの一人で広報担当の、SF作家の笹本祐一氏(写真)は何かの事象が発生するたびに報道陣に囲まれていた。
IST広報を取り囲む取材陣。
第5ウインドウ(7月30日15:45~)
再度、液体酸素の抜き取りと再充填を行い、打ち上げ準備。地元の漁船の協力により監視船を用意でき、(本来は使わないはずのウインドウだったが)打ち上げ可能に。16:30に打ち上げ時刻を設定し、カウントダウンを開始。打ち上げ数分前に、警戒水域での船舶の航行が判明したものの、安全確認がとれたため16:32に打ち上げが実行された。
打ち上げ後、MOMOからのテレメトリーが取れなくなったため、約66秒でエンジンを緊急停止した。予定通りの飛行であれば沿岸から30km付近への落下となるが、沿岸6.5km付近に落下したと見られる。
(撮影:秋山文野)
秋山文野:IT実用書から宇宙開発までカバーする編集者/ライター。各国宇宙機関のレポートを読み込むことが日課。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、書籍『図解ビジネス情報源 入門から業界動向までひと目でわかる 宇宙ビジネス』(共著)など。