日本よりもワンオペ育児になる?夫は不在がち、駐在妻たちの孤独な日々

海外赴任に帯同する「駐在妻」は、独特の優雅なイメージを持つ。実際にメイドや運転手を雇うことができ、日本よりもゆとりがある暮らしができるケースもある。しかし、駐在妻という存在は、ある意味で日本での妻・母以上に役割規範を抱えやすい側面がある。

シンガポールの風景

筆者自身、この春からシンガポールで子育てをしている。

現地でワンオペなら日本の方がマシ

多くの海外駐在は、単身赴任者や独身者にとっても非常に負担が大きいものだ。駐在する本人は、ほんの数カ月前に辞令を受け、行ったとたんに国内外に出張だらけということも珍しくない。見知らぬ地で生活基盤を整えること、日本にいる誰かに「あれ送って」「日本でこの手続きやっておいて」などお願いすることを含めて、実家や配偶者のサポートなしのセットアップはときに困難である。

私自身、今年の春から夫の赴任に伴い、シンガポールに家族で引っ越すことを決めた。その過程で、海外で子育てをしながら自身のキャリアについても模索する女性たちとコミュニティー(オンラインサロン)を作り、情報交換をしている。そこで聞く限り、赴任が決まった本人ももちろん大変だろうが、サポートする側も苦労が絶えない。

よく夫が先に赴任して「家族は後から呼び寄せる」などと簡単に言うが、子どもがいれば数カ月の完全ワンオペ育児を回しながら、荷物を最後にまとめて家を引き払うなどの負担は妻だけにかかる。特に子どもを帯同させる場合、子どもの学校の手配などをすることになるのは母親であることが多い。

私個人の場合は勤めていた会社に理解があったこと、夫不在では仕事と育児の両立が困難になると感じたことから、夫の赴任と同時に帯同した。日本から距離が近い、英語が通じる、治安がいいなどシンガポールゆえにすんなり決断できた側面もある。夫がメキシコに赴任した女性は、「夫はメキシコから米国に出張していることも多く、結局メキシコでワンオペ育児をするなら日本でしたほうがマシかも」と帯同を躊躇していた。

減る祝日。年末年始も1日だけ休みの場合も

意外と海外で赴任者のワークライフバランスが改善しないという実態もある。山本勲氏・黒田祥子氏『労働時間の経済分析』では、日系グローバル企業に勤めている日本人が欧州に赴任すると、仕事量の変化や景気の違いなどをコントロールした上でも赴任前より労働時間が有意に減少すると分析している。

同研究のインタビュー調査では、日本では社内会議のための美しい資料作成など、利益をもたらさない仕事にも過度な丁寧さを求める職場慣行が指摘されている。確かに、現地の働き方に影響を受けると、こうした非効率な労働時間が減る面はあるだろう。

シンガポールの街並み

シンガポールでは主に外国人は高層コンドミニアム、シンガポール人はHDBと言われる公共住宅に住んでいる。

しかし、地域によっては時差で日本に合わせて不規則な生活を強いられる場合もあるし、日本の祝日は滞在国のビジネスが動いているので働き、一方滞在国の祝日は日本が動いているので働く……といった形で休みがとりにくくなるケースもよく聞く。たとえば日本では1週間程度は休むことができた年末年始は、海外駐在中は1月1日だけということも多い。

女性側の赴任なども増える中で、これら全てを自らやって母子赴任しているケース、夫のほうが子どもと日本に残る、夫が仕事を辞めたり調整したりして帯同するケースも出てきてはいる。しかし、子どもにとっての祖母が“暗躍”している場合もあり、いずれにせよ家庭内の誰か、主に女性が試行錯誤しながら無償労働をしてようやくなりたっているのが日本の「赴任」ではないか。

帰国後意識しながら「グローバル型能力」教育

こうした妻業に加え、言語や文化が異なる国で子どもを教育しようとすると、当然ながら親の負担を伴う。

額賀美沙子氏の『越境する日本人家族と教育』は、米ロサンゼルスに住む日本人母子への調査から、おもに駐在妻たちが「徹底した母親業」をしている様子を分析。母親たちが、日本に帰国した後の学校適応を意識して母語である日本語や日本人としてのアイデンティティの維持を狙いながらも、帰国までの限られた期間の中で滞在国にいる利点を生かして英語力や広い視野などの「グローバル型能力」を身に着けさせようと奮闘する姿を描く。

我が家の場合は日本語のクラスもあるローカルの幼稚園に子どもを入れたが、子どもが就学年齢になれば日本人小学校、ローカル小学校、インターナショナルスクールを選ぶ必要がある。

海外に子どもを連れていくとなると「バイリンガルになれるね」と羨まれることも多いが、母国語が発達しないうちに第二言語の空間に投げ込まれると「ダブルリミテッド」と呼ばれる状況になることもある(中島和子『バイリンガル教育の方法』が詳しい)。子どもの年齢や行き先の環境にもよるが、このような中で、学校選びや日本語の補習、習い事などに主に母親が苦心している実態がある。

シンガポールのスィミングクラス

プール付きのコンドミニアムでは、コーチに来てもらって水泳のレッスンを受けられる。

額賀氏も指摘しているが、私自身、子どもがいる日本人の駐在妻たちと話す中で、彼女たちが常に日本帰国後のことを念頭に置いて行動や決断をしていることに気付く。シンガポールでは駐在家族の子どもは日系幼稚園や日本人小学校に通わせている場合が多いが、これに加えてそろばんや公文、水泳など日本でさかんな習い事が人気だ。

長い夏休みには母子で帰国して日本の学校に通ってキャッチアップをしたり、日本の受験などを踏まえ、常に帰国後の情報収集に奔走したりと悩みは尽きない。駐在妻は心配事の多さゆえに、時に日本にいる母親たち以上に子どもの教育に熱心にならざるを得ないのでは感じる。

こうして日本以上に妻業、母業の負担がある中で、駐在する本人はなかなか家にいる時間が作れず、日本人が多いエリアの平日昼間は、駐在妻と子どもたちだらけの社会が形成される。そこでは日本以上に日本的な性別役割分業とワンオペ育児が進行しており、異国社会の中の離れ小島のように奇妙に浮遊している。

(撮影:中野円佳)


中野円佳(なかの・まどか):1984年生まれ。東京大学を卒業後、日本経済新聞社に入社。育休中に通った立命館大学大学院時代の修士論文をもとに2014年9月『「育休世代」のジレンマ』を出版。2015年4月株式会社チェンジウェーブ入社、東京大学大学院博士課程入学。厚生労働省「働き方の未来2035懇談会」委員などを務める。2017年4月よりシンガポール在住フリーランス。東大ママ門、海外×キャリア×ママサロンなどを立ち上げる。2児の母。

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