Siriへの取り組みは確かに早かった。しかし、思い出してほしい。Siriを初搭載したiPhone4sがデビューしたのは2011年、6年も前のこと。もっと進化しても良いはずだ。
アップルのティム・クックCEO(WWDC2016にて撮影)
アップルはこれからも変わらずスマートフォンの王者でい続けられるのだろうか?
8月1日(現地時間)のアップルの決算発表では、直近第3四半期のiPhone出荷台数は全世界で4102万6000台、前年同期比で出荷台数2%増、収益3%増と、「iPhone好調」を印象づけた。しかし、アップルに不安要素が一切ない、と思っている業界関係者は少ないのではないか。
中国のデバイスメーカーHUAWEI Technologies(以下ファーウェイ)は、7月27日に行った「2017年上半期業績発表会」で、スマホ業界の今後の道筋を確かにする、ある発表を行なった。同社のコンシューマービジネス事業本部 CEOのリチャード・ユー氏が、AIに対応したSoC(System On a Chip、1チップでコンピュータを実現する統合半導体のこと)を開発しており、それを今年後半にリリースするスマートフォンに搭載すると明言したのだ。
ファーウェイのコンシューマービジネス事業本部CEO、リチャード・ユー氏。
2017年上半期業績発表会でコンシューマービジネス事業本部CEOのリチャード・ユー氏は
「現在我々はAIに対応したSoC(スマホ用の半導体チップ)を開発しており、(9月にドイツで開催される年次家電展示会の)"IFA"で発表する製品でそれをお見せすることができるだろう」
と発言。AI対応半導体の開発を認めた。ユー氏は新しいSoCの具体的な仕様については明らかにしなかったが、AI分野にある程度の知識があれば、技術的な方向性が簡単に想像できるコメントをしている。
「我々のAI機能は、業界標準のフレームワーク、例えばCaffe、TensorFlowなどに対応することができる」(ユー氏)
彼が言及するTensorFlow(グーグルが開発)やCaffeは、業界標準の深層学習向けフレームワーク(開発キット)だ。こうした技術を使ったプログラムを高速、あるいは低消費電力で実行できるようになることは、AIを使うアプリの可能性を大きく広げる。
実は、スマートフォン向け半導体へのAI向け処理支援機能搭載を始めているのは、ファーウェイだけではない。スマートフォン向けSoCの王者であるクアルコム(Qualcomm)も、今年の前半に投入した同社の最新SoC「Snapdragon 835」に、AI向けの処理支援機能の搭載を始めている。両社が目指す方向性は同じだ。
AI向けの処理支援機能とは、具体的にはマシンラーニング(機械学習)やディープラーニング(深層学習)をより高速に処理するための支援機能(アクセラレーターと呼ぶ)のことを指す。こうした半導体業界における「スマートフォン向けのSoCへのAI支援機能の搭載」は、まさに現在のトレンドと言えるものだ。
現代のAIの進展を支えているディープラーニングは、"学習"(データを読み込ませてAIを育てること)と"推論"(育てたAIを利用して画像認識や音声認識などを行うこと)の2つの演算パートにわかれている。"学習"には多大な計算力が必要なので、一般的に端末側で使うのは、学習済みAIを写真の判別などに使う"推論"だ。
ユー氏が公開した、ファーウェイ独自のスマホ向けSoC「Kirin」の次世代製品におけるAI支援機能を説明するスライド。
ファーウェイのユー氏は公開した資料の中で、同社独自のスマホ向けSoC「Kirinシリーズ」に搭載するAI支援機能の概略について「音声、イメージ、ビデオのスマート認識」と表現している(写真にある「AI」と書かれた部分の左上)。おそらくは、何らかの深層学習(ディープラーニング)の"推論"処理に関するアクセラレーターが実装されていると考えられる。
推論アクセラレータを搭載すると何が変わるのか? これは、アプリ開発において、バッテリー消費や操作レスポンスの観点から、(これまでは)実用にならなかったような用途でAI活用が広がる可能性がある。
QualcommのSnapdragon 835を利用したマシンラーニングのデモ(3月にQualcommが北京で行ったイベントで撮影)。カメラで撮った「人」を、リアルタイムの画像解析で「人」であると認識している。
「魔法」はどこへ? AI対応で他社に遅れたアップル、という現実
アップルのティム・クックCEO(WWDC2016にて撮影)。
撮影:伊藤 有
こうした状況の中で対応が注目されるのは、9月にも次世代iPhoneを発表するとみられているアップルのリアクションだ。
言うまでもなく、アップルはスマートフォン市場を牽引してきたリーディングカンパニーだ。現在のスマートフォン市場のベースになっているのが、同社が2007年にリリースした初代iPhoneであることは疑いの余地はない。その後もタブレット市場をiPadによってつくるなど、スマートデバイス市場にイノベーションを提案し続けることで市場を牽引してきた。
しかし、ここ数年はその風向きが変わりつつある。冷静に観察すれば、アップルは近年、イノベーションにおいて他社に遅れを取り始めている。マイクロソフトやグーグルが数年前から取り組んでいるVR/ARへの対応、アマゾンが大きく先行するスマートスピーカーへの対応を、ようやく今年6月に行われた世界開発者会議「WWDC2017」で発表できたくらいだ。
「イノベーションで他社に遅れを取っている」というイメージが定着することは、アップルにとって非常に危険だ。1990年代前半の頃のような、「停滞した企業」というイメージへと逆戻りする可能性があるからだ。
AIに関しても同様で、今のところアップルはAI活用に対して明快な戦略を打ち出せていない。もちろん、Siriのような音声認識のバックボーンなどにAIを利用してはいるし、写真の分類にも「iOSデバイス上のローカル処理」としてAIを活用してもいる。しかし、アップルにとってのコアビジネスであるiPhoneで、人々が驚きを隠せないほどの「魔法のような」機能提案は、近年極めて少ない。
アップルは自社設計のSoC「Apple Aシリーズ」をiPhoneやiPadに採用しており、今や半導体メーカーと言ってもいい規模になりつつある(半導体の自社工場こそ持たないが)。例年なら9月と予想される「次世代iPhone」。これに合わせて登場するだろう、次世代の自社製SoCのAシリーズ(おそらくはiPhone7が採用する「Apple A10」の後継である「A11」にあたるSoC)にAI向けの拡張を行うのかどうかは、アップルの今後を占う分水嶺になるかもしれない。
「2025年には一般消費者の90%がAIを活用する」世界のリアリティ
スマホにおけるAI活用は今後どうなっていくのか? 冒頭のファーウェイのユー氏は、「2025年には90%の一般消費者が何らかのAIを活用したサービスを利用するようになる」と予想している。一般消費者が、生活に欠かせない"ファーストデバイス"として利用しているのは、スマートフォンだ。だからそのスマートフォンのAI化が進めば、90%というAIの浸透度は、むしろもっと早く達成できるかもしれない。
ユー氏が示したスライド、2025年に90%の一般消費者が何らかのAIを活用したサービスを利用するようになるという。
今後数年は、スマートフォンの機能拡張の重要な要素として「AI」が入っていくのは間違いないところだ。アプリのみならず半導体レベルの積極的なサポートによって、今後スマートフォンの音声認識機能、画像認識機能などは飛躍的に高まっていくことになる。その流れにiPhoneもただ追従していくのか、それとも新たに「驚き」を感じさせる機能提案をできるのか。今秋のアップルの動きは注視しておく必要がある。
笠原 一輝:フリーランスのテクニカルライター。CPU、GPU、SoCなどのコンピューティング系の半導体を取材して世界各地を回っている。PCやスマートフォン、ADAS/自動運転などの半導体を利用したアプリケーションもプラットフォームの観点から見る。