MBAはアジアで取る時代——卒業生がつながればアジア市場で生き残れる

「アジアビジネスというハッシュタグ#がついてる。そんな感じです」


香港の街並み

GaudiLab/shutterstock

そう話すのは、楽天の向井秀明(37)だ。2012年、早稲田大学とシンガポール国立ナンヤン工科大学でMBA(経営学修士)を修了し、楽天に転職。現在は、同社の事業企画部ゼネラルマネージャーで、ドローン事業の責任者だ。

向井秀明

向井秀明は、クラスでマイノリティに埋没せずにリーダーシップをとれたのもよかったという。だが、超ハードな内容にじんましんが出て激やせした時期も。

楽天の経営陣には、 創業者の三木谷浩史をはじめ多くのMBAホルダーがいる。2012年に入社の向井の同期には、他にも数人がMBA採用がいるが、アジアのMBAホルダーは向井だけだ。

「社内でアジアの新規ビジネスを立ち上げるとき、誰かアジアに強い人材いないか? というと、私に声が掛かることがあります」

MBAといえばハーバード、スタンフォード、MITなど、アメリカのトップ校を目指す人が目立っていたが、近年は香港やシンガポール、上海など、アジアMBAへの留学生が増えている。 米主要10校とアジア主要10校の日本人のMBA留学生数を比較すると、アメリカは2006年の93人が、2016年には66人と3分の2に減少。一方、アジアは12人(2006)から47人(2016)へと4倍近く増えている。

マスクもザッカーバーグも

周藤一浩

周藤一浩が北京・清華大学を選んだ理由は、「チャンスに巡り会う機会を高めたい、過小評価されている中国に強くなりたいと思った」。 停電、急なリスケなど、ハプニングに事欠かないチャイナスタイルを「荒削りな魅力」と言い当てた。

中国の理系トップ校、清華大学MBA卒業生の周藤一浩(35)は、 留学中の2015年、キャンパスで見かけた派手なスポーツカーの 運転席に、あのイーロン・マスクが座っていたのに度肝を抜かれた。その日講演に来ていたのだ。 マスクは清華大学のアドバイザリーボードメンバーだった時期がある。清華大はFacebook創設者のザッカーバーグが中国語で講演した、アップルのティム・クックが来校した、などの話には事欠かない。

中国では産学連携が日本よりずっとリアルに、巨大な利益に直結するビジネスとして行われている。世界的トップ企業がこぞって中国の大学にチャンスを伺いに来ているのをの間近に見られるという。

都築啓

今回のイベントでは香港科技大出身の都築啓がモデレーターを務めた。

現在、投資ファンド・インテグラルの社員として、航空会社・スカイマークの経営再建に携わる都築啓(32)は、コンサルティングファームを退職して香港科技大学(HKUST)にMBA留学した。

「コンサルティング業界にはアメリカやヨーロッパのMBAホルダーは珍しくありません。キャリアのエッジを立たせるためにも、アジアだと思った」

香港科技大学は、都築が留学した2013年は世界ランキング8位。アジアで経営者を務めた教授陣が揃っていたことが決め手となった。

学費も見逃せない。ハーバードビジネススクールの学費は生活費や渡航費を含めると総経費2000万円ともいわれる。 対して、アジアMBAは半分程度に収まる。

日本ブランドへの誇りと焦燥感

楽天・向井に話を戻すと、彼はもともとエンジニアだった。国立大工学部の修士課程修了後、レーシングカーのエンジニア、製造コンサルを経て、2011年、32歳で退社して私費でMBA留学した。

向井いわく「エンジニアは、マネジメントから言われた条件をもとにやりくりする立場」。このままでは経営に関わることができないと、焦燥感を抱いたのがMBAを目指したきっかけだという。1年間の留学費用は約700万円。500万円を銀行に借金した。

日本企業のビジネスについても研究できる方がいいと、早稲田大学とシンガポールのナンヤン工科大学のダブルディグリー(複数の国内外の大学で単位の互換制度を利用して複数の学位を取得すること)を選んだ。

ケーススタディの授業で、 向井がアジア人には身近なホンダの「三現主義」(現場、現物、現実)を紹介したところ、盛り上がった。日本の先人たちが築いたジャパンブランドに誇りを感じた一方、LGからの社費留学組の韓国人クラスメートに「日本は終わっている」と言われ、悔しかった。

日本発のビジネスが元気でないと世界での存在感がなくなってしまう。危機感を覚えたことから楽天を志望。現在マネジャーを務めるドローン事業では、世界一の開発市場を持つ中国・深センのベンチャーともやりとりをする。

大学超えたつながりでビジネスチャンスを

7月末、向井は渋谷のイベント会場でマイクを握っていた。「アジアMBA夏祭り (主催:アゴス・ジャパン) 」のパネラーとして、約200人のミレニアル世代に体験を伝えていた。このイベントは中華圏MBAホルダーの民間団体・チャイナMBAマネジメント協会 (CMMA)が企画し、後進に向けた情報提供と交流を目的に5年前から続けている。

アジアMBA夏祭りの様子

ここ2年ほど、約200人が集まる。パネルディスカッション後の各MBA卒業生による留学相談ブースには、軽く人だかりができていた。

代表の大内昭典(36)は、北京のMBAスクール・長江商学院に留学していた2011年にCMMAを立ち上げた。現在、北京、上海、広州、香港のMBA卒業生44人が名前を連ねる。今年は、清華大(北京)、中欧国際工商学院(上海)、香港科技大、シンガポール国立大などの卒業生が、パネルディスカッションと留学相談を行った。

大内昭典

大内昭典は大陸でMBAをとって正しかったと自信を見せた。「IT、ドローン、自動運転など中国が優位になっていく分野と組むチャンスを 日本人はとりに行くべき」。

MBAを修了したOB会のつながりは強固だ。過酷なカリキュラムを乗り越えた連帯感と、大学への帰属意識に支えられている。CMMA は大学ごとのつながりを大学を超えたつながりへと広げ、大陸、香港、シンガポール、韓国、インドのトップMBA卒業生によるネットワークを作ろうとしている。

アジア圏で働くビジネス人材は、アジアの複数の都市を移動していくケースが多い。大内はこの現実に着目し、横のネットワークづくりに力を入れようと考えたという。

「アジアビジネスでは、上海に駐在していた人が転職してシンガポールに勤務するとか、香港ベースだけど東京、上海など業務が複数の都市にまたがるなどのケースはよくあります。卒業後にアジア圏で仕事をしていくアジアMBAホルダーがつながり、互いに自校の卒業生のネットワークを分け合うことができれば、さらにビジネスチャンスを強くできる。実際にこの7月に始まった中国でのあるプロジェクトは、アジアMBAホルダーが勤務する会社との提携事業です」

華僑ネットワークのすざましさを体感

大内は、国立大経営学部4年時に公認会計士の試験に合格。入社した外資系証券会社をリーマンショック前に退職すると、個人の力を蓄える必要と中国の可能性を感じて2010年、北京の長江商学院に留学した。

同校は、アジアでもっとも成功した経営者と言われる李嘉誠が創設した中国初の非営利のMBAスクールだ 。大内のクラスメート60人のうち、8割が中国人で日本人は自分1人だった。

大内は、大学で頻繁にあるパーティーでパンダの着ぐるみ姿のダンスを披露。授業は英語だが休み時間は下手でも意識して中国語を話し、積極的に中国人の輪に飛び込んだ。卒業後は中国に残ることを意識して、さらに 8カ月間ビジネス中国語を学び、日系事業会社の北京・現地法人に就職した。対中事業投資を担当した2年後に香港に異動。現在は香港と東京が半々の生活だ。現在は対中投資に加えて、中国関連の対日投資の責任者だ。

ミレニアル世代の中国人クラスメートとの信頼関係は、卒業後も深まっている。北京や上海に出張すると情報交換をし、彼らが日本に出張する際にはサポートする。最近は、 同級生が起業したユニコーン企業の日本展開にあたり、提携先のリストアップや面談をサポートした。

「アフリカやアメリカでも華僑・華人ネットワークはすざましい。中国から毎年数十万人が海外へ移民しており、華人人口は東南アジアでは約2900万人、アメリカでは約350万人(日本には約66万人)。東南アジアやアメリカでのビジネス案件を、日本から交渉に行っても歯が立たない場合でも、 華僑・華人ネットワークに乗っかればチャンスがつかめることもある。 中国人ボスが華僑・華人ネットワークから中国以外の優良案件を取る姿を間近で見て、そのすごさを日々体感しています」

大内はさらにこう話す。

「MBAのつながりを今後もっと生かせる自信があります。クラスメートとのネットワークも、ビジネスでの華僑・華人ネットワークへのアクセスも、僕の場合は大陸のMBAを英語で学んだことに加え、中国語が話せることが大きい。MBAを対中ビジネスに生かしたいなら、中国語もマストです」

多様性と成長するアジア市場を学ぶ

鈴木良昌

鈴木は起業後半年以内で資金調達を完了している。「MBAに行ったおかげで効率的に進めてこられている。MBAに行ってなかったらアイデアだけでぽしゃったかもしれない」。

「夏祭り」に集まった卒業生の中にただ一人、起業した修了生がいた。香港科技大学MBA出身の鈴木良昌(35)だ。

ヤマハ発動機のエンジニアだった鈴木は、2013年に社費留学している。帰国後イタリア駐在の後に2016 年7月に退社、10月に「物体の変形をモニタリングする技術」の会社「カック(CACH株式会社)」を設立した。橋やトンネルなど公共インフラの目に見えにくい変形をIT技術によって測定するサービスだ。 すでに資金調達は完了し、2018年のサービスリリースに向けて開発を進めている。2020年には企業価値100億円を目指している。

香港科技大で学んだコンペのプログラムが、起業に役立った。ビジネスコンペティションの講義で、勝つために必要な思考、ビジネスモデルの組み立て方、プレゼン技術などを実践的に学んだ。世界各国のMBAスクールの代表学生が集まったビジネスコンペティションでは優勝した。

「起業に必要なものは技術とビジネスに必要なマーケティング、ファイナンス、組織づくりといった経営のコア。加えてコンペに勝つ力。全てを香港科技大で学びました」

アジアだからよかったことは?

「クラスのダイバーシティです。アメリカのMBAは白人が多数だと聞きますが、香港科技大では15 %が中国人で、残りは見事にバラバラでした。今後さらに成長するアジア市場を学べたのもよかった」

アジアMBAイベント

清華大、中欧国際工商学院(CEIBS / 上海)、香港科技大、早稲田・ナンヤンダブルMBA、シンガポール国立大、一橋ICSの卒業生らがパネルディスカッションには登壇した。

「夏祭り」の控え室で、楽天の向井と鈴木が名刺交換をしていた。エンジニア同士、向井のドローンビジネスと鈴木が開発中の技術を組み合わせた新サービスについて、立ち話で議論が始まりそうだ。横で見ていた大内が「これですよ。こんなふうにMBA同士がつながっていくと、アジアで日本は強くなれる」。そして、嬉しそうにこう続けた。

「 ミレニアル世代の僕らMBAホルダーは社会への危機感やソーシャルな問題解決意識など、価値観を共有する仲間が多い。アジアMBAホルダーが連帯して、華僑・華人ネットワークのような新しいつながりをつくっていったら、会社に頼らず今後のアジアビジネスの力になると確信しています」 (本文敬称略)

(写真:今村拓馬)


三宅玲子:「人物と世の中」をテーマに取材。2009〜14年北京在住。ニュースにならない中国人のストーリーを集積するソーシャルブログ「BillionBeats」運営。

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