「ブロックチェーンで既得権を破壊する」と豪語、起業家・篠原ヒロとは何者? —— 肩書きは起業家・オタク・ハッカー

ビットコインやブロックチェーンの活用を紹介するイベントTokyo Blockchainを主催している篠原ヒロさん(33)という人物がいる。ブロックチェーンのベンチャー企業の共同創業者に名を連ね、ビットコイン情報を発信するブログBitBiteCoinを運営している。名刺ではアントレプレナー(起業家)、オタク、ハッカーを名乗り、住所は「Airbnb」。

「世の中の既得権的産業をいったん粉々にゼロリセットして、ビジネスではなく、社会的インパクトに投資できるプラットフォームを創りたい

「ブロックチェーンの出現はインターネットの登場に匹敵する変化だ」

独特の価値観を語る彼は何者か。

篠原裕幸さん

ブロックチェーンの登場はインターネットに匹敵する変化だと語る篠原ヒロさん。

プレハブ倉庫にみえる建物の壁に沿うように、サーバーがずらりと並んでいる。建物の内部は、GPUクラスターが発する轟音が響き、大声でないと会話もできない。アイスランドにあるジェネシスマイニング社が、ビットコインのマイニング(採掘)の拠点としている施設だ。施設の場所は秘密だという。

篠原さんらがジェネシスマイニング社を訪れた際の動画。

YouTubeにアップされている動画を仕掛けたのは、篠原さんだ。2017年6月にアイスランドを訪れた。

いくつあるのかわからない篠原さんの肩書きの中で目立つのは、ブロックチェーン技術のさまざまな分野への応用に取り組むスタートアップのシビラ(sivira)社(大阪市)の共同創業者だろう。彼を理解するには、少しブロックチェーンやビットコインをおさらいしておく必要がありそうだ。

愛も誓えるブロックチェーン技術

ブロックチェーンは、ビットコインなど仮想通貨を使った取引の信頼性を担保する際に使われる技術だ。例えば、通常の銀行で個人が企業から支払いを受けるときは、銀行を通じてお金が振り込まれる。取引データは、銀行が一元的に管理するため、データが内部の不正でも、外部からの攻撃でも改ざんされない厳重な管理が求められる。従来の仕組みは、取引の信頼性を銀行に委ねることになるため、「中央集権型」と言われている。

一方、ブロックチェーンは「分散型」と言われる。取引データは、特定の企業が管理するのではなく、暗号化され、分散化された状態でネット上に保管される。取引を記録する「ブロック」は頻繁に更新され、チェーンのように連なっていく。特定のブロック上の取引記録が改ざんされると、前後のチェーンとの矛盾が生じるため、不正が分かる。記録は暗号化された状態で公開され、第三者も記録に改ざんがないか検証できる。記録の更新は、世界中の企業や個人が参加しており、その一つがジェネシスマイニング社だ。

篠原さんが共同創業者に名を連ねるシビラ社は、ブロックチェーンの応用に取り組んでいる。現在は、野菜のトレーサビリティの確保にブロックチェーンを使う仕組みをつくり、電通国際情報サービスなどと実証実験に参加している

また一風変わったアプリも公開した。シビラ社のiPhoneアプリ「Soul Gem」は、パートナーや恋人との交際をブロックチェーンに記録する。改ざん不可能なブロックチェーンの特性をいかした、「愛を誓えるアプリ」だ。

床で寝泊まりして世界を変えるネットスケープに憧れた

篠原さんは1983年生まれ。任天堂のファミコンが発売された年だ。6歳でパソコンと出合った。パソコンを輸入販売していた父親の影響で、初期のMacintoshで遊んでいた。

中学3年で、アメリカのシアトルに交換留学した。ドットコムバブルが膨らんでいた1990年代の終わりで、インターネットにも触れた。「いずれインターネットの時代が来るんだな。こんな仕事がしたいと思った」と話す。1990年代にウェブブラウザを開発したネットスケープ社のシリコンバレー文化にも強い影響を受けた。

「小学生の頃に見たネットスケープを取り上げたテレビ番組で、会社の床に寝泊まりしながら世界を変えている姿が衝撃的だった」

高校生になると本格的にプログラミングを始めたが、はじめは苦しいばかりだった。「一文字表示させるのになんでこんなに苦労せなあかんの」と思った。

篠原ヒロ

篠原さんはいまもMacを愛用している。

少しずつ、プログラミングにも慣れ、初期のiモードで、高校の“ウェブサイト”をつくった。匿名で教育への不満を書き込むと、新聞社に投稿される仕組みで、「学校裏サイトのようなものだった」(篠原さん)という。高校を卒業して専門学校に入ったが、1年ほどで学校もアルバイトも辞め、ホームページ制作などを請け負う仕事をはじめた。


理想は「ホームレス」、住所はAirbnb

2005年に最初の会社を大阪で立ち上げた。ホームページ制作などの仕事を続けるうちに出資も得たが、数年で最初の事業は行き詰った。

その後、シンガポールでサーバー関連のサービス開発に携わる中で英語も独学で身につけた。

ビットコインにのめり込み始めたのは2013年ごろだ。ビットコインのブログを立ち上げ、実際にトレードをしながら、YouTubeでビットコインの値動きのニュースを配信した。ビットコインの価格も連日上昇を続けていた。最近は、ビットコインやブロックチェーン関連の複数のプロジェクトに関与しているという。

とりあえず大学に行って就職、という道を選ばなかったばかりか、今の生活も独特だ。まずなぜ住所がAirbnbなのか。バックパック一つでいつでも動き回れる「ホームレス」が理想だというが、一方でこうも話す。

「これからあらゆる分野で“中抜き”がなくなり、Peer to Peer(個人対個人)の時代になる時、個人間のレピュテーション(評判)や認証が一番価値があると思います。だからAirbnbを使い続けることで、認証を貯めているんです』

そんな篠原さんに7月のある1日のスケジュールを書き出してもらった。

06:00-07:00 起床 カフェに移動

07:00-08:00 全プロジェクトの進捗管理

08:00‐11:30 中期事業計画の更新

11:30-12:00 移動中にメール・メッセージ等返信

12:00‐13:30 エンジェル投資家数人とランチミーティング

13:30‐14:30 オフィスに移動、事業開発会議

14:30‐15:00 中国の VC との会議(スカイプ)

15:00-17:00 新しい Airbnb 物件にチェックイン(引っ越し)

17:00-21:00 新しい技術の検証を兼ねたプログラム開発作業

21:00-23:00 仮想通貨系の技術者と会食

23:00-00:00 Netflix でアニメを見てから就寝

夜はオフィスで寝たり、Airbnbを転々としている。このため、持ち物はバックパックと小さいスーツケース。服装も、いつもユニクロのTシャツとジーンズで、「服は全部、同じものばっかり。まったく興味がない」と言う。

既得権をITの力で破壊してゼロリセットしたい

「いずれ、マシンとマシンが仮想通貨(ブロックチェーン)を使ってコミュニケーションをはじめるようになる」というのが篠原さんの持論だ。

筆者なりに“翻訳”してみると、例えばAIを搭載したコンピュータが、ドローンに直接仕事を発注し、そのコンピュータから直接ドローンにビットコインが支払われるイメージだ。いまはパソコンの所有者と、ドローンの所有者が現実の通貨で仕事の受注と発注の関係を結んでいる。もしAIの進化が進めば、人間の関与を省略したほうが効率的に仕事が進むかもしれない。その際に鍵となるのは、ビットコインやブロックチェーンの技術だ。人間の関与の省略は、証券市場の一部などで、すでに現実になっている。

篠原さんが次に手がけようとしている事業は、ブロックチェーンを使った投資だ。現在、ブロックチェーン、ビットコインなどの分野に投資する、ファンドの設立に向けて動いているという。仮想通貨による資金調達手法「ICO」(Initial Coin Offering)にも取り組むつもりだ。仮想通貨で資金を調達し、仮想通貨で事業を継続してもらう枠組みを構想している。

「ブロックチェーンで本気で世界を変えようと思っているような会社に、バンバン投資する。そういう仕事にしたい」

ブロックチェーンによる改ざんできない記録は、さまざまな分野に応用が可能だ。通貨だけでなく、契約や裁判の仕組みも大きく変わる可能性を秘めている。篠原さんは、ブロックチェーンによる本格的な分散化社会の到来を力説する。

「改ざん不可能な記録が残り、個人がそのデータの売買を少額でできることになる。そうなれば、“中央集権で情報を蓄積しているから偉い”みたいな人たちは、みんないなくなる」

確かに、ブロックチェーンに関して語られているさまざまな理想が実現すれば、現在のお金とは違って政府が関与しない価値のやり取りや、大企業が間に入らない個人と個人の取引が広がっていく可能性はある。

彼の仮想通貨事業に向かうモチベーションは一風変わっている。「なんとなくそう決まっているから」という“既存のルール”や“既得権”をITの力で破壊してゼロリセットする、あるいは「既存の仕組みのある部分を少しひねると、大変なことが起こる」ことに強い興味がある、と悪びれずに言う。

「いま、物事に挑戦するため資金調達するには“ビジネスモデル”が必ず問われる。でも、たとえばアフリカから戦争をなくしたい、と純粋に考えている人にビジネスモデルはあると思いますか? 僕が仮想通貨の投資事業で実現したいのは、ビジネスモデルではなく、社会的インパクトで評価する投資です。ビジネスモデルがないから上場できない天才エンジニアや、お金にならないから解決されない困難に挑む人たちをビットコイン資産で支援できるようにしたい」

肩書は何?とあらためて聞いたら、こんな答えが返ってきた。

「本当は、価値観を破壊するようなソフトウェアエンジニアになりたかった。でも、名刺に書いている中ではオタクが一番適切だと思う」

(撮影:今村拓馬)

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