駅前の不動産屋から世界的メガバンクまで、人事をめぐる権力闘争はどれもよく似た貌(かたち)をしている。しかし世界最大の党、中国共産党ともなると少し違う。過酷な政治闘争は、肉体上の生死がかかっているからである。
長期政権と同時に、アメリカに代わるグローバルリーダーを目指しているとみられている習近平総書記。
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密議凝らす北戴河会議が始まった
夏の盛りの8月初め、黒塗りの車が森林の中にある中国共産党の保養施設に次々と吸い込まれていった。北京の東280キロにあるビーチリゾート北戴河。施設の周辺には多くの制服警官が立ち、通行人の持ち物をチェックし、一般車両は通行できない。5年に一度開かれる秋の第19回共産党大会を前に、人事や重要事項について密議を凝らす「北戴河会議」が始まったのだ。
「会議」といっても正式の会議ではない。共産党の政治局員(25人)と7人の政治局常務委員のほか、党長老も参加する「根回し」の場でもある。昨年「党の核心」になった習近平総書記は、人民解放軍設立90周年の軍事パレード(7月30日)を閲兵した直後、迷彩服を着替えて北戴河入りしたはずだ。しかし、胡錦濤前総書記や温家宝前首相、それに体調が優れない高齢の江沢民元総書記が入ったかは定かではない。
今年の重要事項は何か。第一にポスト習近平の次世代指導部人事であり、第二は以前からささやかれてきた党主席制の復活である。
党主席制については後述するとして、今年は北戴河会議の直前に激震が走った。7月、「次世代のホープ」とされた孫政才・重慶市党委員会書記が突然失脚したのだ。誰もが思い出したのは5年前、党大会を前に重慶トップだった薄熙来氏(終身刑)の事件。重慶ばかりが狙われ、「呪われた重慶」「重慶には魔物が住む」と形容された。
失脚の理由は「重大な規律違反の疑い」。香港メディアは夫人の「不正蓄財」や本人の金銭、女性疑惑を報じるが、信じる者は少ない。やはり誰もが疑うのが、次世代指導部人事に絡む「権力闘争」である。習氏は、孫の後任に陳敏爾・貴州省党委書記を据えた。その前5月には北京市トップに蔡奇氏を二階級特進させるなど、浙江、福建務時代の側近を相次いで重用している。
集団「無責任体制」との批判も
では、「主席制復活」はどうか。
歴史を振り返る。毛沢東は1945年から1976年の死去まで党主席だった。しかし毛の「個人崇拝」が文化大革命の災禍を招いたとの反省から、1982年に主席制は廃止される。その後、総書記制の下で胡耀邦、江沢民、胡錦濤、習近平と、9000万人党員を束ねる共産党は四代にわたり、集団指導制の形をとってきたのである。
「主席制の復活はこれまでも何回も論じられてきた。胡錦濤時代には総書記は政治局常務委員の“筆頭委員”に過ぎず、石油、金融、不動産など各利益集団を代表する常務委員の調整役になってしまった」
筆者の旧知の上海の学者は集団指導制を「無責任体制」とみる。
内部告発サイト「ウィキリークス」は2010年、共産党最高指導部に通じた北京消息筋の話として、普段はうかがい知れぬ最高指導部の政策決定プロセスを暴露した。
「共産党中央政治局は集団指導の色彩が強い。台湾問題や北朝鮮問題など重要な政策決定では25人の政治局員の全員が参加し、その他の問題は常務委員が決定する。政治局内部は『合意決』(多数決ではない)を採用。総書記だけは最も長時間話す機会を与えられているものの、全ての委員に否決権がある」
「政治局員のビジネスの背景が、往々にして政策決定のカギを握る。例を挙げると、国家安全担当の周永康(終身刑)は国営石油業界と深い関係にあり、賈慶林(政協主席)は不動産人脈が豊富。胡錦濤の娘婿は新浪網(ネット)のトップで、温家宝夫人は中国の宝石業を掌握するといった具合」
これが事実なら、トップは各利益集団の調整役に過ぎない。なんとなくメガバンクの取締役会のようではないか。
世界のトップリーダーへの布石
党主席制は長期政権への布石でもある。国家主席の任期は2期、総書記もまた暫定規定で「連続2期まで」である。しかし党主席に就任すれば、2期目を終える22年の党大会以降も最高指導者にとどまれる。
5年前の第18回党大会でトップに立った習氏は「中華民族の偉大なる復興こそ、中華民族の最も偉大な夢」とし、これが今の党の統治理念となった。さらに習氏は、ユーラシア経済共同体構想である「一帯一路」を提唱し、グローバル経済と外交を主導しようとしている。構想を批判してきた日米とも姿勢転換したから、反対する国はゼロになった。
時は中国に味方している。トランプ政権の誕生で、アメリカは世界的影響力を急速に減衰させている。「中国の夢」とは言い換えれば、中国を世界のトップリーダーにすることである。主席制復活もまた、中国の夢の実現という新たな統治理念を追求する上で、国内の「調整役」ではなく、世界のリーダーにふさわしい権威を持たせる意味がある。
グローバルリーダーとして存在感を示すのは誰か。
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習氏側近の一人、北京市トップ蔡奇・党委員会書記は最近「習近平総書記の重要思想」という表現を繰り返し使った。主席という肩書だけでなく「習思想」を党規約に盛り込む動きとの見方もある。もし「習思想」が党綱領に入ると「毛沢東思想」以来になる。
「心開かない実利主義者」
中国の人工知能(AI)対話サービスで「あなたにとって中国の夢とは何?」との問いに「アメリカへの移住」の答えが返ってきたという。ソ連末期に流行したアネクドート(政治風刺の小話)を思わせるが、旧ソ連と異なり中国の勢いは衰えてはいない。
世界のトップリーダーを目指す習氏はいったいどんな人物か。もう一度ウィキリークスの助けを借りる。
「初の結婚相手は駐英大使の娘だったが、ケンカが絶えず離婚。バツイチ後は仕事に専念。河北、福建、浙江の地方政府で研鑚を積み、福建省時代が長かったため『知台派』と見られている。地方にいたころは『仏教』『密教』に気功に熱を入れた。性格はプラグマティック。常に小心であまり心を開かず、時期を見てカードを出す。酒はそれほど飲まず、現夫人の彭麗媛との再婚後は浮いた話もない。ただ彼は中国のゴルバチョフではない。民主改革には全く関心はない」(「習近平は仏教、気功好き」(台湾「聯合報」2010年12月9日)
岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。