シリコンバレーで戦う、注目の「新・日本型スタイル」ベンチャーたち レッドオーシャンを勝ち抜けるか?

日本発のベンチャーがシリコンバレーに根付くのはなかなか難しい。以前Business Insider Japanで掲載されたインタビュー記事の中では、シリコンバレー在住のコンサルタントの渡辺千賀さんがその数少ない成功例としてメルカリを挙げている。筆者はもう一社、オブジェクト・ストレージ・ソフトウェアのクラウディアンを挙げておく。B2B事業であるため、一般的な知名度はメルカリに及ばないが、日米欧で着実に事業を展開している。

この2社は、いずれも創業時から、アメリカに根付いた人がパートナーとして参画し、立ち上げ時からシリコンバレーと日本が一緒のチームで自然に動いているという特徴がある。

成功パターンはこれしかないのか、と思っていたのだが、先日、少し「新しい動き」を感じる機会があった。

スタンフォード大学

スタンフォード大学がベンチャーの人材供給源にもなっているシリコンバレー。

提供:Shutterstock: turtix

スタンフォード大の米国アジア技術経営研究センターと北カリフォルニア・ジャパン・ソサエティの共催による「US Japan Innovation Awards」というイベントが、7月28日にスタンフォード大で開催された(筆者はジャパン・ソサエティのボードメンバーとして、イベントの企画段階から当日の運営まで参加している)。

US Japan Innovation Awards

US Japan Innovation Awardsには受賞企業が集った。

提供:Japan Society of Northern California

このイベントでは毎年、日本とアメリカのベンチャーのうち、相互の市場にインパクトを与えた各1社を選んで「新興リーダー賞」を授与、またそれとは別に日本発のベンチャーで米国進出を目指す5社「イノベーション・ショーケース企業」が展示をしている。

この賞自体がシリコンバレーでの成功にすぐに役立つというわけではない。しかし、日本の優秀なベンチャー企業が新しい形でシリコンバレーとの関係を強化し、グローバル事業のための跳躍台として使おうとしているよい事例が集まり、「日本企業が元気ない」ことを懸念している当地の日本関係者にとって、一条の光明が見えたので、ここに紹介してみたい。

オープンソース戦略で真っ向勝負

今年の新興リーダー賞の日本部門は、深層学習向けソフトウエアのPreferred Networks(PFN)が受賞した(米国部門はサイバーセキュリティのCylance)。

PFNはトヨタやファナックとの協業で知られており、核となる技術はChainerという深層学習向けフレームワーク(ソフトウエア群)である。Chainerはオープンソース化されており、すでに世界中の多くの開発者に使われている。

日本のソフトウエア企業でオープンソース戦略で海外で成功した例は、私が知る限りこれまではない(個人としてはRubyのまつもとひろゆき氏がいる)。しかし、ビッグデータや機械学習の世界ではオープンソース化し、多くの開発者が参加して速いスピードで開発を進めていく手法が一般的になっている。

PFN 最高戦略責任者丸山宏、Cylance最高プロダクト責任者Rahul Kashyap

PFN 最高戦略責任者の丸山宏、左はCylance最高プロダクト責任者のRahul Kashyap

Japan Society of Northern California

機械学習の分野では、グーグルが支援するTensorFlowというフレームワークが最もよく知られている。深層学習は機械学習の手法の一つであり、PFNのChainerはTensorFlowと比較されることが多い。

巨人グーグルと肩を並べてオープンソースの開発者コミュニティー拡大競争をしなければならない。正直いって、厳しい戦いだ。そのためにPFNはマイクロソフトと提携し、DIMoという名称でライセンス提供も開始する予定だ。

PFNはシリコンバレーにもオフィスがあるが、開発は基本的に日本。日本のソフトウエア会社は、従来はユーザー企業からの注文を受けて個別に開発を行う「御用聞き」スタイルが多かったが、コアとなる高度な技術を自前で作り、オープンソース戦略でシリコンバレーの大物に挑戦するPFNは、全く新しいタイプの「日本発ソフトウエア会社」である。

地元のベンチャー・コミュニティーの仲間にはいる

「ショーケース企業」の一つ、トレジャーデータはデジタルマーケティング向けなどの分析を手がける、クラウド・ベースのビッグデータ技術の会社。日本ではすでに多くの著名な顧客を得ている。

シリコンバレーにもオフィスを構えており、アメリカで使われている事例の代表はモバイル・コマースで「最もホット」と呼ばれるアプリ、Wishである。

トレジャーデータのマーケティング担当VP田村氏

トレジャーデータのマーケティング担当VP田村清人。

写真提供:Japan Society of Northern California

生活コストがバカ高く、競争が激烈なシリコンバレーで、苦労が多くても多くのベンチャーが集まる理由はいろいろあるが、その一つが、世界最先端の「先進ユーザー」が集積していることである。従業員の技術レベルが高いので、従来のシステムに縛られることがなく、慣れない新技術でもメリットがあればどんどん使ってくれる。ベンチャー経営者同士はいろいろな場で交流があり、お試しで安く提供してくれるならありがたいと、お互いにサービスを使い合う相互関係にある。

例えば、現在シリコンバレー最大のスターベンチャーで、クラウド情報共有サービスであるSlack(スラック)が広がったきっかけも、シリコンバレーのテック企業従業員たちが使い始めたからだ。シリコンバレー民は、地元の仲間が使っているものを最も信頼する。東京でいくら人気があってもダメなのだ。

トレジャーデータも、そんな「先進ユーザー・コミュニティー」の中でWishとの関係を築いた。今後さらに非テック企業のより大きな顧客ベースへの展開ができるかどうかが課題となるが、まずは大きなきっかけを得た。

B2B向けの技術ベンチャーで、地元の先進ユーザー・コミュニティーに入り込み、跳躍台として使うというパターンで成功した日本の企業の例は、これまであまりない。トレジャーデータはその先駆者となるための第一段階をまず通過したことになる。

社会の大問題を解決するための長期的技術開発

もう一つ印象に残ったのが、「社会の大問題を解決するための技術」を目指すベンチャーたちである。

「ショーケース企業」のうち石灰石を原料とした紙・プラスチック代替素材LIMEXをつくるTBM、iPS技術を使って人工血液を開発するメガカリオン、水道管の劣化をAIを使って予測するFractaがこれにあたる。

メガカリオンのCEO三輪玄二郎、TBMの山﨑敦義

左はメガカリオンのCEO三輪玄二郎、右はTBMの山﨑敦義。

提供:Japan Society of Northern California

FractaのCEO加藤崇、モデレーターの安永謙

FractaのCEO加藤崇、左はモデレーターの安永謙。

Japan Society of Northern California

LIMEXは紙を作るための水と木材が不要になり、廃棄しても環境を汚さない。原料は世界中にふんだんに存在する。メガカリオンの人工血液は、先進国での献血不足を解消し、新興国での汚染血液による病気の伝染を防ぐことができる。Fractaのシステムは、インフラの老朽化に伴う膨大な修繕コストと手間を大幅に削減し、水漏れによる被害を防ぐ。

いずれも社会的意義は大きいが、開発や営業に時間がかかる、長期的な取り組みが必要な製品である。ソーシャルメディアやゲームのように、パッと広がってサッと儲かり、ドンとイグジット(上場または企業売却)できるようなものではない。短期勝負に傾きがちなシリコンバレーのベンチャーマネーは、なかなか相手にしてくれない。

これら3社は主に日本で資金調達をしている。日本ではこうした長期的プロジェクトのベンチャーに資金が回っているということが面白い。日本の企業もベンチャーキャピタルも、「動きが遅い」とネガティブに言われることが多いが、そのぶん「スティッキー(粘着する、なかなか離れない)」という評価もあり、シリコンバレーの高速世界とうまく補完できるようになればよい、と思う。

大企業との新しいコラボの形

もう1社の「ショーケース企業」であるセブンドリーマーズは、ビジョン解析技術を使った「洗濯物をたたむロボット」を発表。パナソニックと提携して、日本や海外で消費者向けの販売を目指している。

日本の大企業との提携で新規市場参入を目指すというのは比較的典型的なパターンだが、同社は「販売は自前、製造はパナソニック」という分業をしている。これまで強固な「自前主義」だった日本の大企業が、こうした日本のベンチャーと柔軟に提携するようになったのも興味深い。

セブンドリーマーズの洗濯物たたみロボット

セブンドリーマーズの洗濯物たたみロボットと、CEO阪根信一。

撮影:海部美知

前出のPFNも、最近トヨタが巨額(105億円)の投資を行って提携関係を強めている。この先、さらに一歩進んで、大企業がベンチャーを買収する事例が増えれば、日本のベンチャーの阻害要因であった「買収によるイグジットという選択肢がない」という問題も解決に向かい、起業を促すことにもなるだろう。

日本は現在、ベンチャーのミニバブルと言われている。数少ない優良ベンチャーに資金が集中して、評価額が高くなりすぎているという話も聞くが、おかげでこれまでにないタイプの新しいベンチャーが出現して、シリコンバレーにやってくるのであれば、バブルもそんなに悪くないと思う。(本文敬称略)


海部 美知(かいふ・みち):ENOTECH Consulting CEO。経営コンサルタント。日米のIT(情報技術)・通信・新技術に関する調査・戦略提案・提携斡旋などを手がける。シリコンバレー在住。ホンダを経て、1989年NTT入社。米現地法人で事業開発を担当。1998年からコンサルティング業務を開始。主な著書に『ビッグデータの覇者たち』『パラダイス鎖国』。

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