WeWork本社は、ギャラリーが多いニューヨークのチェルシーにある。かつては工場だった美しい装飾のビルに、次々とベンチャーが進出している地区だ。その本社内をクリス・ヒルWeWork日本法人最高経営責任者(CEO)と、広報ディレクター、ベッキー・マクレインさんに案内してもらった。
本社ビル1階でタブレット端末に名前や訪問先を入力して、4階フロアへ。ドアを開けた途端に四方からミーティングをする話し声と食器の音がワンワンと聞こえ、まるで人気のレストランに入ったような活気だ。美しく巨大なキッチンに、波状にうねる木製カウンターがあり、水のタンクガラスには、パズルのようにグレープフルーツやオレンジが敷き詰められ、見ただけで喉が渇く。企業としての勢いをビンビンと感じる。
受付の女性が、「ケイコね。クリスに会うのね。すごい!お水、コーヒー、何でも召し上がってね」と声をかけてくる。1階で入力したデータが、私の写真とともに彼女の端末に表示されるため、名前を伝えなくてもいい仕組みだ。
ヒル氏は、黒地に白字で「WeWork」と書かれたTシャツにジーンズという格好。ニューヨーク・スタンダードの「ビジネス・カジュアル」、つまりネクタイなしの開襟シャツにチノパンツといった時代ではもはやない。働きやすければいいのだ。
各国ビルの「ヘルス」状態が一目瞭然
最初に通されたのは、本社のコア・オフィス。撮影は不可だったが、WeWorkのビジネスがいかにデータ重視かが分かる。
国・地域ごと、あるいはビルごとの「ヘルスチェック」と呼ばれるデータスクリーンでは、インターネット、清掃、ビル管理、光熱関係の問題が棒グラフで一目でわかるようになっている。「ヘルス」は、コワーキングスペースのハードウエアの現状を指す。これらは、国やビルごとの主要業績評価指標(KPI)にすぐに反映されるため、責任者がすぐに解決できることなのか、時間がかかるのかなどを突き止めるのに役立つ。
次のスクリーンには、現状の問題をどのくらいの時間で解決したのかが分かるグラフが示されていた。問題の原因を突き止め、解決をいかに素早くするのかを判断することができる。
「私たちのビジネスは全てをテクノロジーが支えています。テクノロジーで把握し、その解決方法もテクノロジーで改善しようとしています」(マクレインさん)。
ヒル氏によると現在、世界で1カ月に15軒、2・5日に1軒の割合でコワーキングスペースをオープンしている。2018年中には、1日1軒を目指す。「メンバー」の数は、17万9000人で毎月右肩上がりで、ソフトバンクなどの投資家は、ここに注目している。
ゴミ箱の位置まで計算され尽くしている
本社、またコワーキングスペースの建築、設計マネジメント、インテリアデザインや壁紙まで、インハウスのデザインだ。本社では、部屋のサイズや照明が、もっともそのチームの効率性を引き出すように作られている。廊下も、ぎりぎり2人がすれ違えるほどで「意外と狭いな」と思ったが、これは社員同士の「bond(つながり)」を強めるためで、クリス氏も社員に「ハイ!」と言って、肩を叩いたり握手を頻繁にしていた。
これらは、コワーキングスペースのデザインにも生かされ、例えばゴミ箱でさえどこに置いたら仕事の効率が上がるか、ゴミの回収に効率がいいかなどが考察されている。
デザインで気に入ったのは、電話ブースだ。プライベートな電話をしたいときや、1人、あるいは2人だけで仕事をしたい際に使われて、ドアを閉めれば完全に静かな空間だ。
「私たちは、仕事をするのに心地の良い環境をできるだけ提供します。電話ブースでもいいし、ソファがよければそこで、と働く場所を制限しないのです」(マクレインさん)
イノベーション・グループの責任者マーク・タナー氏からは、最新のサービスと、試験中のいくつかの製品について説明を受けた。
WeWorkでは、企業や不動産会社に対し、オフィスデザインや管理のサービスも始めた。企業が空いている部屋をうまく使いたいという場合や、ビジネスや不動産会社が、最適のオフィスを探している場合のサポートだ。
物件のゴミ箱や消火栓の位置まで把握し、壁やコーナーのペンキの剥がれなど、細かい部分まで手を入れる。これらも、オフィスごとにデータ化されたマップがあり、一つ一つの問題を担当する社員の名前・コンタクト、問題が解決されたところもデータや映像でスクリーン上で即時に分かるようになっている。
オフィスで働く人数、デスクの数、さらに近所の地下鉄駅の場所、スターバックスやスーパーマーケットの場所と数まで把握しており、オフィスの内外から、設計、デザインと働き方の効率性をサポートする。
デスクにスマホかざせば好みの机の高さに
また、現在「メンバー」に配っているカードキーは、コストがかかり、作動しなくなることもあるため、スマートフォンのブルートゥースを使い、カードと同じ機能を実現することを実験中だ。コワーキングスペースの入り口でカードキーではなく、スマホをかざせばが開くという具合だ。電話ブースに入ると、センサーが働き、ブース内の明かりが点き、「使用中」という電灯も自動的に点く。さらに、デスクのセンサーにスマホをかざすと、自分の好みに合わせてデスクの高さが自動的に調節されるという実験もしている。
「アメリカ内だけでなく東京に出張して、WeWorkに行くと、デスクが自分の好みの高さに上下し、すぐに仕事が始められます。これらの実験で効率性は、かなり上がることも分かっています」(ヒル氏)
「今までの会社ビルというのは、社員をビルの中に入れておくためのものでした。今、私たちは、社内にいながら、どうしたら効率よく、スマートな決断を下すことができる環境を作れるかということを提案していきたいのです」(タナー氏)
これらの機能は、2018年までにはニューヨークで開始し、東京にオープンするコワーキングスペースにも導入していきたい意向だ。
大切にする社内の親密さ
4階から5階へとつながる階段室(ステアケース)も、オープンな印象を与える特徴がある。階段室は大きな吹き抜けで、3カ所の踊り場は、6畳ぐらいのやや照明が暗いスペース。ゆったりしたソファが置かれている。背丈ほどの植物も置かれ、コワーキングスペースのソファ空間よりも落ち着いた雰囲気だ。
「階段というところは、近くにいる社員だけでなく、顔見知りではない社員や、よく知っている社員と、廊下よりもさまざまな人に出会います。そこで、会話が始まることもあるし、そういうチャンスと協業を大切にするために、こうした設計になっています」(マクレーンさん)
「私たちの創業者兼最高経営責任者(CEO)アダム・ニューマンは、照明がとても大切だと考えました。どこにいても、照明が自然に目の端に入るようにすること、さらに、インターナル・インティマシイ(社内の親密さ)も重要で、それがご近所感覚や親近感を生むことができるのです。私のオフィスからも、人が廊下を行き来し、階段を上下する社員を一望することができます」(ヒル氏)
WeWork本社を見て思い出したのは、グーグル本社のキャンパスだ。約10年前に訪れた際、従来の企業とは異なる設計やインテリアに驚いた。ペットとの出勤や、ありとあらゆるスポーツの競技場、食事が無料のカフェテリア、ランドリーと、グーグルはシリコンバレーの優秀な社員に提供する「perk(福利厚生)」のコンセプトを大幅に変え、そのスタンダードを作った。
今や、WeWorkは福利厚生で社員をサポートするだけでなく、仕事場そのものが、効率よく快適になるように「進化」できるということを世界に示し、席巻しようとしている。
「To Create a world where people work to make a life, not just a living」 (ただの生活費のために働くのではなく、人生を紡ぐために働く世界の創造)というのが、WeWorkのミッションだ。日本でもぜひ定着してもらいたいコンセプトだ。
津山 恵子(つやま・けいこ):ジャーナリスト、元共同通信社記者。ニューヨーク在住。主に「アエラ」に米社会、政治、ビジネスについて執筆。近所や友人との話を行間に、米国の空気を伝えるスタイルを好む。