黒船Spotifyが日本の音楽文化を救う? 田中宗一郎インタビュー

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The Sign Magazineの田中宗一郎氏。

世界最大のストリーミング・サービスであるSpotifyが日本でのサービス開始を発表してから一年弱。Apple Musicが先行し、それ以上にCDのマーケットが根強く残るこの国においては、まだまだ市民権を獲得したとは言いがたい状況だ。しかし、レディオヘッドやニール・ヤングといったアーティスト・サイドからの反発がありつつも、ポップ・カルチャーにおける何度目かの産業革命は確実に進行しつつあり、その波が10年遅れでここ日本にもいよいよ到達してきたことは間違いない。では、ストリーミング・サービスは音楽にとって敵なのか? 味方なのか?

現在に至るまでの国内外の音楽メディアの歴史を踏まえて、このタイミングでそれを今一度議論することは、十分意味があると言えよう。そこで、かねてより「文化は産業を変えないが、産業は文化をドラスティックに変えてしまう」という持論の持ち主であるThe Sign Magazineの田中宗一郎に、ビジネス的な側面からではなく、あくまで一個人としての体感からストリーミング・サービスの是非について語ってもらった。

20年前の曲で湧き上がる3万人と、Twitterのタイムラインの何百万人とどちらの一部であることがエキサイティングかなって思うと、やっぱり後者だと思っちゃったんだよね

──この記事の企画を進めていく段階で、タナソウさんのほうからできれば音楽評論家だとか、業界人としての立場ではなく、ひとりのリスナーとしての実感から話したい、という提案があったんですけど。

田中宗一郎(以下、田中): じゃないと、俺、すぐ説教臭くなっちゃうから(笑)。今日も多分、絶対に説教臭くなっちゃうと思うし。でも、できるだけそれは避けたかったのがひとつ。それにストリーミング・サービスの是非みたいな話になると、大体業界の話になっちゃうでしょ。でも、極論すれば、リスナーにとってはどうでもいいことじゃん、いい音楽が手軽にたくさん聴ければさ。だから、俺はもはやほぼCDなんて買わないけど、いや、それでもSpotifyのおかげで死ぬほど音楽ばっか聴いてるし、とにかく音楽に夢中だよっていう興奮をまずは伝えたかったんですよ。それで。

――ただ、いま日本だと、ストリーミング・サービスってそんなに浸透してないですよね。そうした状況自体はどう捉えていますか?

田中:その理由はいくつかあって、ひとつは、海外と比べてフィジカルCDというもののニーズが依然としてあるということ。それがいいことか悪いことか、いろんな見方があると思うけど、前提としてそれがある。つまり、ストリーミング・サービスに対する必然性を感じてない人がたくさんいる。日本って、ドメスティック・アーティストのマーケットのほうが海外のアーティストのマーケットよりも遥かに大きいでしょ? 欧米の音楽はApple MusicとSpotifyっていう二大ストリーミング・サービスさえあれば、特にここ何年かの新譜に関してはおおかたのものはほぼ聴ける状態なんだけど、ドメスティックなものはむしろ聴けないもののほうが多いから、それも理解できる。

──まだほかにもありますか?

田中:ストリーミング・サービスに対する何かしらのアレルギーがあるんだろうなって気もする。その中には、おそらく「CDのほうが音質がいいんじゃないか?」とか、「CD量販店に行って買うっていう、その体験も含めて自分は楽しんでるんだ」っていう視点もあると思うし、「はたしてストリーミング・サービスを通して音楽に接することが、自分の好きなアーティストにとってプラスになるのか?」っていう疑心暗鬼もあると思うんです。この前もTwitterで二人くらいお子さんのいる女性から話しかけられたんだけど、「このSpotifyってアプリすごいですね。でも、これはちゃんとアーティストに還元されるんですか?」って。そんとき、そうか、なるほどな、と思って。たしかに2~3年前だと、YouTubeとかいろんなところから勝手に拾ってきて、タダでいろんなものが聴けるアプリって流行ったじゃないですか。

──違法のやつが、普通にiTunesストアにありましたよね。

田中:そういうのもあったから、知識がないと、「これってヤバいもの?」って思う人までいる。これは極端なケースとしても、そういう疑心暗鬼を持ってる人は日本にたくさんいると思うんですよね。

──そもそも、タナソウさんご自身が少し前まではストリーミング・サービスに対して懐疑的な目線を持っていましたよね?

田中:その通り。特に作家への経済的な還元って部分に関しては、めちゃくちゃ懐疑的でした。ストリーミング・サービスの一般化の先に音楽文化の未来はない、とさえ思ってた。レディオヘッドのトム・ヨークとよく似た立場ですよね。Spotifyで何回再生されれば、フィジカルCD一枚分の利益が得られるんだろう? っていう。それで新しいアーティストを発掘して育てることなんて不可能なんじゃないかって。ただ、ここ5年くらいで状況が大きく変わってきて、そうした状況をタフに乗り越える作家がたくさん出てきたり、欧州や北米だけではなく、アジアや南米というマーケットも含め、世界的にストリーミング・サービスが浸透した結果、あきらかに音楽文化全体が大きく変化して、そこにはエキサイトできるようになったんです。


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──特にどんな部分においてエキサイティングだと感じたのでしょうか?

田中:今までのポップ音楽ってアメリカ中心だったでしょ? そこに欧州が続くって感じだったのが、もっとグローバルな形でポップ音楽が広がっている実感があるんです。実際、南米のマーケットとかホント活性化してて。それに対して、いまの日本はあらゆるものが内向きでしょ? 政治・経済・文化、すべて内向きで、ポップ音楽もガラパゴス化っていうレベルじゃなくなってきてる。知識、情報のレベルも含めた完全な孤立化。ストリーミング・サービスを軸にして活動してるヒップホップ、R&Bのアーティストは、もう日本にツアーに来れないし。その理由は何か? といえば、これは敢えて極論すると、誰もがCDを買ってるからなんです(笑)。

──そう考えると、ストリーミング・サービスへの懐疑心が形を変えていったと。

田中:一時期は、ストリーミング・サービスの行く先には地獄しかないと思ってたんだけど、このまま日本的な、ガラパゴス化した状態でとどまっていたら、もっとおぞましい地獄になる。行くも地獄、帰るも地獄だったら、行ったほうが絶対楽しいなって考えるようになったんです。ニール・ヤングにしろ、レディオヘッドにしろ、それまで大手のストリーミング・サービスに否定的だった作家が昨年になってその立場を変えたのも同じような理由なんだろうな、とも思って。実際、いま欧米だと、いろんな作品が明らかにSpotifyありきの方向に変わってきたりだとか、実際には存在しない作家の曲がストリーミング・サービス内でプロモーションされてたりとか、思わぬネガティブな動きもあるにはあるんだけど、もう世界中で下手したら日本だけだからさ、こんな便利なものを誰も使わない国って。それに、ケンドリック・ラマーを日本に呼ぶためにこれから彼のCDを5万枚売ることより、Spotifyで20万人が彼の音楽を聴いて、10万人が彼のファンになることのほうが現実的だし、手っ取り早いという音楽評論家的な視点もあるにはある。でも、それ以上にとにかく楽しいんですよ、Spotifyで音楽を聴くのが。とにかくエキサイティングなの。

──実際に、ストリーミング・サービスがエキサイティングであるということを体感したのは、いつのどんな出来事だったのでしょうか?

田中フランク・オーシャンが『Blonde』を出した日。俺、その日のことはすっごい覚えてて。ちょうどサマーソニックの2日目の早朝だったんですよ。その日はレディオヘッドを観に行くって決めてたんだけど、朝起きたらTwitterがフランク・オーシャンで埋まったわけ。「タイムラインが何々で埋まった」ってよく聞くじゃない? でも、俺Twitterで1000人ちょっとフォローしてるんだけど、8割英語のアカウントってこともあるのか、それまでそんな経験一度もなかったんですよ。でも、その日の早朝はいろんなメディアや個人がひたすら『Blonde』についての情報をどんどんアップしてて、自分を含めた『Blonde』を聴いた誰もがとにかく興奮しまくってた。「うわ、2016年夏、時代が動いた! 今まさに俺はその事件に立ち会ってる!」って実感があった(笑)。


──フランク・オーシャン祭りが繰り広げられていたと(笑)。

田中:もちろん大前提としては、その朝シェアされた『Blonde』という作品がもうとんでもない作品だったからってところはあるんだけど。でも、昼からサマーソニックの会場に行ったら、そんなムードなんて微塵もないわけ(笑)。あのレコードってレディオヘッドともコネクションがある作品なわけじゃないですか。「あれ? ここにいる3万人って日本でもすっごい音楽が好きな人たちじゃなかったっけ?」っていう。で、その夜に日本ではレディオヘッドがオアシスみたいな過去のバンドと同じフォルダにいることを見せつけられたりもして。だから、そもそもわかってはいたけど、自分というのはめっちゃマイノリティだってことを痛感させられたんですよ。


──なるほど。

(...続きは『FUZE』の記事「Spotifyが日本の音楽文化を救う? 田中宗一郎インタビュー」で!) FUZEより転載(2017年7月25日公開の記事)

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