「働き方改革でチャレンジしづらくなっている」デザイン思考第1人者が語る改革議論への違和感

働き方改革の名の下に、長時間労働の是正、労働生産性の向上を目指す動きが続いている。無駄な残業がなくなり、短時間で効率よく成果を出せるのであれば、それは働く人たちにとって悪いことではないはずだ。にもかかわらず、こうした動きに異を唱える現場からの声は少なくない。

現在、推し進められている働き方改革の、どこに根本的な問題があるのか。日本におけるデザイン思考のトップランナーで、さまざまな企業で組織変革を担う、佐宗邦威氏に話を聞いた。

ビオトープ佐宗邦威氏

デザイン思考の第1人者、佐宗邦威氏は一律に労働時間にキャップをはめることに疑問を呈する。

いまの議論には前提が抜け落ちている

Business Insider Japan(以下、BI):佐宗さんは、現在進んでいる働き方改革に関する議論について「違和感がある」と発言しています。

佐宗:そんな「世の中に物申したい!」というほどの発言でもなかったのですが(笑)。ただ、違和感というのは、本質にたどり着く一つのきっかけになるポジティブなものだと思っています。

現在働き方改革をテーマにしたプロジェクトに携わったり、20人規模のチームのクリエーティブファームを経営する立場からすると、長時間労働是正、生産性向上という話ばかりが出てくる働き方改革の議論は、「つまらないなあ」と感じてしまうんですよね。

その理由はどこにあるのかと考えてみると、本来、その仕事の成果の性質は何か、どう測るべきかという話があるはずなのに、現状はその部分が抜け落ちたままに議論が進んでいるように思えるんです。

BI:どういうことでしょう?

佐宗:いま、一般に「生産性の向上」という言葉が使われるときには、単位時間あたりにどれくらいのアウトプットが出せるか分かっている前提に立っています。その上で、その効率をいかに上げるかという話になっている。

これは、例えばメーカーが工場でモノを生産するというような、フレデリック・テイラーが「科学的管理法」と言って提唱していた、20世紀型のものづくりのモデルをベースにした発想です。

知識労働と単純労働のグラフ

佐宗:でも、クリエーティブワークというのは、2倍の時間働いたら2倍の成果が出るかというと、そんなことはない。時間をかけたらアイデアが出る場合もあれば、出ない場合だってあります。ある分野に関するアイデアが一定以上溜まった瞬間に、突然ピンッとひらめくような世界です。

それをモデル化するなら、閾値(いきち)を超えるまでは成果がゼロのように見えるけれど、そこから先は無限大になるような、こういう図で表現できるんじゃないでしょうか。

そうだとすれば、いま議論されているように単純に労働時間にキャップをはめるというのは、クリエーティブワークの性質からすると、生産性を上げるどころか、逆に閾値に達しない仕事を大量生産する形に働いてしまう可能性があります。閾値に到達する機会を自ら手放し、アウトプットがゼロになってしまうリスクを抱えるということです。

BI:時間では測れないものを時間で考えようとしていることに、そもそも無理があるというわけですね。

佐宗:そうです。この図のポイントは、横軸が時間ではなく、知識やアイデアの数というところにあります。知識やアイデアというのは、現場での良質なインプットや、異分野の人との対話の中で生まれる可能性が高いです。いま、リモートワークや副業が奨励されているというのには、そうやってたくさんの知識と触れる機会を増やすという意味もあるでしょう。

だから、労働時間をきっちりと区切って、オフィスの中にいる時間だけしか労働時間と見なさないというのも、クリエーティブワークという視点から見ると、アウトプットの効率を下げている可能性があるわけです。

フロー理論の図

ちなみに、ここでいうクリエーティブワーク=知的生産というのは、僕がやっているデザインやコンサルティングのような一部の仕事だけを指しているわけではなく、本来、企画、マーケティング、生産管理を含めたホワイトカラーの仕事全てを指す言葉です。ホワイトカラーの仕事というのは、クリエーティブワークにならなければ、いずれAIに駆逐されてしまうことになります。

だから、生産性の改革という話をするのであれば、単位時間あたりでアウトプットが増えていく単純作業なのか(これは、AIにより駆逐される可能性が極めて高い)、アイデアの蓄積が一定のアウトプットにつながる知的生産なのか(こちらにシフトすれば、価値が高まっていく)、一体どっちの話をしているのかというのをまず整理してからでないと、おかしなことになると思うし、そう考えれば、全社員に一括して適用するものではないとも思うんです。

集合知を生かしたモデルでの取り組み

ビオトープ佐宗氏

佐宗:僕はいま、いろいろな企業のイノベーションの支援をしていますが、こういう仕事をいただくというのは、大企業の既存のビジネスモデルが崩壊しつつあり、新しいモデルをつくることが求められているということです。

新しいモデルをつくるためには、いま動いているビジネスとは別に、新しく何かを実験する必要があります。よく知られるグーグルの20%ルールのように、リソースの20%を使って新しいことにトライする、そのための場をいかにつくるかということを、僕はお手伝いしています。

BI:そこでいう20%というのは、社員一人ひとりの時間の使い方としてですか? それとも組織として20%の人員をそれにあてるということですか?

佐宗:まずは個人として、次に組織としてです。そう言うのには、もちろん理由があります。

組織の中で20%の余白をつくるというのは、いままでであれば、R&Dなどに集中して余白をつくるモデルで運用されていました。しかし、実際に研究所の仕事をかなりさせていただいていて思うのは、多くのR&D部門は、そもそも距離的に少し離れた場所にあることが多い。

そのため、研究者同士のみのクラスターでの生活になり、タコツボ化してしまって、外のネットワークとつながらなくなっているのです。世の中で起きている課題との接点がなく、新しいものが生まれにくくなっているということです。

では、どうするか。少ない人数で新しいものが生まれないのであれば、組織全体で少しずつ余白をつくって、その中から生まれてきた集合知を拾った方が、正解率が高いのではないか。そういう考え方で、集合知を生かしたモデルでの取り組みが増えてきています。

誰か一人が答えを持っているわけではなく、みんなのどこかに答えがあって、そこにアクセスしようというのは、インターネットの時代ならではの方法論ということができるでしょう。

「本業以外のことをする暇がない!」

佐宗:だから、いま求められているのは、そうした集合知にいかにアクセスしやすいモデルをつくるか、ということ。僕がソニー時代の2013年ごろに取り組んだ「Seed Acceleration Program(SAP)」というのも、まさにそうした例の一つです。

世界でも、IBMやSAP(ドイツに本社を置くヨーロッパ最大のソフトウエア企業)、GEなど、現場にスタートアップやデザイン思考などの方法論を活用しつつ、現場に権限を分散させ、顧客と一緒に共創する企業モデルに変わってきている流れがあります。

いずれを見ても、100に3つの成功しかしないイノベーションの種を仕込んでいくために、企業文化全体として外界の変化へのアンテナを高め、素早く取り込んで自律的に変革していけるようにしようというのが、いまの企業のモデルのトレンドと言えると思います。

このモデルは、現場で実践している感触として極めて機能していたのですが、働き方改革の大波が押し寄せたことで、現場の余白を必然的に奪う流れが起こり、「本業以外のことをやっている暇がないよ!ということで、大きな向かい風が吹いているというのが現状です。働き方改革の問題が起きてからは、そうやって組織内に広く余白をつくり、アイデアを集めてくるということのハードルが、かなり高くなってきていると感じます。

一方でそれが意味するのは、既存の本業のやり方を変えないで余白だけを奪うと、タコツボ化したモデルが維持され、より外部に対して変化できなくなるという帰結です。

逆に言うと、本業を知的生産型に変えていかない企業は変化に対応できなくなってしまうということであり、変革の分野が組織の余白づくりから、本業の仕事をいかにクリエーティブワークのモデルに変革できるかに変わってきているというのが、現場で感じている課題です。その前提には、既存の仕事を大きく減らしていく、効率を上げていくことも、当然必要になると思います。

BI:そうした難しい環境の中で、どんなことができるでしょうか?

佐宗:一つは、プロトタイピングという考え方が、余白をつくるのにも役に立つのではないかということです。僕のやっているデザイン思考では、考えたことをその瞬間に何かしらの形に起こして、具体的な視点に落としてみるということをします。これがプロトタイピングです。

時間の使い方の図

なぜ、この考え方が余白をつくるのに役立つかというと、大企業の労働生産性が悪い一つの理由は、特に根回し文化の日本企業の場合、コミュニケーションのすり合わせにすごく時間がかかるからです。例えば、ある企画に関する議論においても、8割9割の時間を合意を得るためのコミュニケーションに費やしていて、企画自体を考えている時間は1割にすぎないということがよくあるように感じます。

その点で、デザイン思考の中の一部のスキルである、考えたことを形にするスピードを劇的に上げるラピッドプロトタイピングのスキルを広げていくことは、議論のための議論の時間を減らし、形になったものを元に議論することで手戻りを減らしたり、企画を早く進めたりする効果があります。

カーブグラフ

さっきの閾値モデルでいうと、大きなカーブで閾値にたどり着くのではなく、小さな閾値の積み重ねを繰り返すことで飛躍的にアウトプットの質を高めることができます。

そうやって本業で形にして考える文化を作ることができれば、その組織のアウトプットは結果的に向上し、余白も生まれるでしょう。

労働時間是正より対話によるすり合わせを

ビオロープ佐宗氏

BI: 他にもできることはありますか?

佐宗:組織と個人との目的のすり合わせのプロセスに時間を使うことです。

仕事というものに対する考え方には、大きく2通りあっていいと僕は思っています。あくまで自分が生きるための手段であるという考え方と、仕事自体が人生の目的であり、そこにどれだけの時間をかけてもいいから、好きなことをやりたいという考え方です。

仕事をお金を稼ぐための手段と捉えている人にとっては、たしかに労働時間をやりくりして、余白をつくりだすことが重要になるでしょう。でも、仕事自体が楽しくって、自分というものの全体で何かを成し遂げたいと思っている人にとっては、そもそもどこからどこまでが仕事で、どう時間を配分しなきゃという議論自体が、意味をなさなくなると思うんです。

そう考えると、組織としてまずやるべきは、その人にとっての仕事がどういうものかということを把握し、その上で、組織として目指すベクトルと、その人個人にとってのベクトルとをどうすり合わせるかということでしょう。

キャップをはめて時間をどう配分するかというのは、その次の議論であってほしいと僕は思います。

BI:そのすり合わせというのは、どういう方法が効果的なんでしょうか?

佐宗:最近、ヨーロッパを中心に「Teal型組織」と呼ばれる新しい組織の形が出てきています。組織のあり方には、古くからある身分制度によるヒエラルキー型や、アメとムチの能力主義によるガバナンスなど、いろいろなモデルがありますが、Teal型組織は、企業の目的に共感した人が集まり、その人の働ける範囲だけ貢献するという働き方ができるモデルです。

世界的にはザッポス(アメリカに本拠を構える靴を中心としたアパレル通販小売店)、パタゴニアなどの企業が有名ですが、企業の目的を先鋭化して掲げ、構成員の自律性を高めることで、結果として自由度を高めながらパフォーマンスを上げていく組織にしていこうというモデルです。

企業によっては、売り上げや利益の構造を全社員に公開したり、社員が自分で給料を決めたりする革新的なモデルを持った企業も現れてきています(詳しくはReinventing Organizationという本をご覧ください)。

そうした組織では、会社の目的に合わない人が入ってくるとお互いに不幸せなわけですから、組織としての目的をひたすら発信する形で採用を行うことで、そもそも合わない人が入ってきにくい仕組みを取っています。その上で、個人がしたいことと組織として必要なこととを、頻繁に対話することによってすり合わせていくのです。

上司と部下の評価なしの対話で業績回復

以前、フロー理論のミハイ・チクセントミハイ博士と対談する機会がありました。彼のいうフロー理論とは、難易度とスキルのバランスが取れた仕事をしている限り、人はみな高いモチベーションを保ち、自然と幸せになっていくという考え方です。そして、そのバランスを実現するのが、対話によるすり合わせである、と。

デンマークのある保険会社は、成果報酬を取り入れたことによって一時、社内がガタガタになってしまったのだそうです。しかし月に1回、上司と部下が評価なしの対話をする時間を設け、「あなたがいまやっている仕事はどの程度難しいのか」「それに対してどれくらいのスキルを持っているのか」ということをすり合わせるようにしたところ、一気に業績が回復したといいます。

いまは個人の目的がどんどん変わる時代ですし、仕事自体も明確には定義されない時代です。だからこそ、仕事の内容はある程度フレキシブルなままに保っておいて、このようなフィードバックのシステムを会社の中に持っておくことが、両者をすり合わせる一番の解だと思います。

BI:上司はコミュニケーション能力など、よりソフトスキルが求められますね。

佐宗:そうです。というのも、いま言われている働き方改革の背景にはネットワーク型の社会になり、個人が自由に活動できるインフラが整ってきた中で、会社が法律や就業規則というハードでしばり付けてきた、その反動がきているものだと思います。

その実、こうした状況下でうまくいくかどうかというのは、どんなモデルで価値を出したいかという個人個人の問いかけと、そのための無駄な根回しコストの削減をするためのプロトタイピングスキル、定期的な目的のすり合わせなど、ソフト面をいかに充実させるかこそがカギだと思うのです。

将来のAI化の流れも含めると、企業の仕事の多くはクリエーティブワークになっていくと思いますし、その本質は、結局は人と人のやり取りの中から新しいことが生まれることです。だからこそ、人を機械的に捉える一律のモデルではなく、時にそれはすごく面倒くさいのだけれども、人と人との人間くさい部分がより大事になるということを意味するのではないかと思っています。

知的生産をどう「ほどほどに」保つのか

BI:佐宗さんにとっての働き方改革の課題とは何ですか?

働い方改革グラフ

佐宗:働き方改革は、プライベートと仕事の境界線を持たずに、目的に合わせてフロー状態でやるのが良い人と、生活のバランスの一部に仕事を位置付けたい人で課題が根本的に異なると思います。

今僕がやっているようなクリエーティブファームだと前者のスタイルになるんですが、その場合の課題は際限なく仕事や情報処理の量が増えてきて、それをどのように「ほどほどに、ちょうどよく」保つかということだと思います。

人間は機械じゃないし、ずっと知的生産を日々続けるマシンとして生きたくないです。でも、情報も集まってくるし、機会も集まってくると取捨選択が難しく、結局ずっとプライベートと仕事を分け目なく働いてしまうことを止めるのは難しい。

そういうジレンマに直面しているクリエーティブワーカーは多いんじゃないかなと思います。クリエーティブワーカーは、ある程度の余白を作れた方が結果的にパフォーマンスも上がるので、

余白(4)=最低限出さないといけないアウトプット(1)ーアウトプットを出すまでのプロセス(2)/かけた時間(3)

という図式がしっくりきます。この前提としては、

  1. 最低限出さないといけないアウトプットを明確に定義する。
  2. (その人やチームにとっての)アウトプットを出すまでのプロセスや環境を効果的な形で設計する。
  3. アウトプットを作成するための生産性をあげる。
  4. そもそも、自由や余白を持った時にそれを、どのように使って、自分の日々を味わい深いものにするか。

働き方というのは、(1)-(2)/(3)の変数をいじっていることが多いのですが、時間資源とは一番稀少で1日24時間しかないので、何を楽しみに働くかという良い人生の4の余白を味わうことを先に定義した方が、やりたいというモチベーションが生まれてよりパフォーマンスの高く、より良い働き方になるのかもしれないなと思います。これは、人生のステージやタイミングによっても変わってくるので、なおさらこのようなテーマで対話をする機会を作ることが重要になってきている気がします。

(撮影:今村拓馬)


佐宗邦威(さそう・くにたけ):biotope社長兼チーフイノベーションプロデューサー。イリノイ工科大学デザイン学科修士課程。東京大学法学部卒業後、P&G入社。その後、ソニークリエイティブセンターで新規事業創出プログラム(SAP)を立ち上げに携わる。独立し、多くの企業の新規事業プロジェクトに関わっている。

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