日本野菜が国際宇宙ステーションで“収穫”された —— 「東京べかな」はナゼ宇宙に行った?

国際宇宙ステーションの野菜栽培プロジェクト風景

国際宇宙ステーションの野菜栽培プロジェクト「ベジー」で白菜の一種「東京べかな(山東菜)」を収穫するペギー・ウィットソン宇宙飛行士。

提供:NASA

今年の5月、国際宇宙ステーション(ISS)に滞在中の宇宙飛行士の食卓をみずみずしい青菜が彩った。普段は調理加工済みの食事ばかりを食べている宇宙飛行士にとって、とれたての野菜はごちそうだ。ISSに補給船が到着すると、生のタマネギやリンゴを嬉しそうにかじっているISSクルーの姿がツイッターに投稿されるほどだ。だが、写真を公開したNASAのベテラン宇宙飛行士ペギー・ウィットソンさんにとっては、手にとったこの青菜ほどの特別さはないだろう。なにしろ、宇宙空間で自ら手をかけて育てたものなのだ。

この青菜の名は「東京べかな」。チャイニーズ・キャベツ(白菜)の一種だ。埼玉県を中心に栽培され、関東の人にとっては実はかなりおなじみのローカル野菜だ。

NASAでは、将来の火星有人探査など長期の宇宙滞在に備え、野菜を宇宙環境で栽培する実験を続けている。現在のところ、宇宙滞在は長くても1回に1年程度だが、火星探査ともなればまず片道でも520日はかかる。さらにその後の滞在期間にも食事は取らなくてはならない。大量の食品を持っていく必要があるだけでなく、宇宙での食料の再生産も課題となっているのだ。

また、いくら栄養バランスを整えた宇宙食を作っても、長い間同じような調理加工済み食品を繰り返し食べていると「メニュー・ファティーグ(食事疲れ)」と呼ばれる精神的疲労を感じるという。疲労は食欲減退につながり、宇宙飛行士の健康状態にも悪影響を与える。緑の野菜を育てて食べることは、宇宙で暮らす人間の「心」の栄養にもなる。

NASAの野菜栽培実験プロジェクトは「Veggie(ベジー)」といい、ジョンソン宇宙センターに結成された宇宙食研究チームが中心となって進めている。2014年、チームは野菜を宇宙で育てる前にまず8種類の緑の葉野菜を室内栽培し、育てやすさやと、カリウムやマグネシウム、カルシウム、鉄などの栄養価を確認した。そして重要なのが、宇宙飛行士らによる試食試験だ。いくらよく育って栄養価が高くても、宇宙でおいしく食べられなくては意味がない。

試食試験の結果は「嗜好尺度」という点数で表され、4種類の野菜が選抜された。見た目の鮮やかさや噛みごたえ、風味や食感を総合して評価トップとなったのが白菜の一種の「東京べかな」。次いで水菜、赤い葉のロメインレタス、スイスチャードとなった。東京べかなは、葉のパリパリ感と柔らかさの評価でもトップにつけた。関東のローカル野菜が宇宙サラダの選抜試験で認められたのだ。

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ロメインレタスはシーザーサラダの材料になる結球しないタイプのレタス。赤い茎のスイスチャードは若いうちに摘み取り、ベビーリーフと呼ばれるミックスサラダに入っていることも多い。

提供:NASA

こうして選ばれた4種類の野菜は、種と肥料を「ピロー」と呼ばれる特製の栽培用バッグに収めてISSへと運ばれた。2015年から始まったISSでの栽培実験はレッド・ロメインレタスがまず育てられた。このときISSに滞在していたJAXAの油井亀美也宇宙飛行士がレタスを試食したことも話題となった。

同じ2015年の夏、宇宙飛行士の期待を集める東京べかなの種を収めたベジー実験ピローがISSへと送られた。だが、種を搭載したスペースX社のドラゴン補給船が打ち上げ直後に爆発事故を起こし、補給物資は大西洋の灰となって散ってしまった。

NASAの実験や補給計画は大きな変更を迫られ、ベジー実験計画も2年の遅れを余儀なくされた。それを乗り越えて、2016年11月からのISS第50次長期滞在ミッションで再び栽培にチャレンジすることになった。担当するNASAの“緑の指”(植物を育てるのがうまいことから、こう呼ばれている)ことペギー・ウィットソン宇宙飛行士は、女性宇宙飛行士の累計宇宙滞在日数の記録を持つ大ベテラン。農家の出身で生化学者でもあり、ベジー実験には最高の人材かもしれない。

野菜のベッド「ピロー」

石灰を使った野菜のベッド、ピローから芽を出した東京べかな。

提供:NASA

栽培用照明を受けて育つ様子

栽培用照明を受けて育つ様子。閉鎖された室内で野菜を育てる技術は地上の農業にも応用を目指すという。

提供:NASA

東京べかなは無事に育ち、ロシアのフョードル・ユールチキン宇宙飛行士が試食役を務めた。ペギー・ウィットソン宇宙飛行士が収穫した野菜は地上にも持ち帰られ、生育度や衛生面などの検査を受ける。

今回のベジー実験では、2種類のピローで微小重力環境下の野菜の育ち方を比較し、より安全にたくさんの野菜が収穫できる栽培環境を作っていくことが目標だという。将来はレタスや水菜、ベビーリーフでおなじみのスイスチャードなど、宇宙の食卓を彩るより多くの野菜を育てていく予定だ。東京べかなを手にする宇宙飛行士の笑顔から、緑の野菜が心にもごちそうであることがうかがえる。

東京べかなの味を楽しむ宇宙飛行士

とれたての東京べかなを囲む宇宙飛行士の食卓。フョードル・ユールチキン宇宙飛行士はレタスカップのようにして食べたようだ。

提供:NASA


秋山文野:IT実用書から宇宙開発までカバーする編集者/ライター。各国宇宙機関のレポートを読み込むことが日課。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、書籍『図解ビジネス情報源 入門から業界動向までひと目でわかる 宇宙ビジネス』(共著)など。

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