「ニューヨークは、あんたが嫌いだ( New York Hates You!)」
「私たちは何を欲しているか! 大統領弾劾だ! 今すぐに!]
「ノー・トランプ! ノー・ファシズム!」
8月14日夕、ニューヨークのトランプタワー前に、市民ら数千人が集合した。
ニューヨークのデモに集まったのは非白人、LGBTQ、ユダヤ人と多彩な顔ぶれだ。
撮影:津山恵子
1月の就任後初めてニューヨークに戻ってきたトランプ大統領を待ち受けていたのは、怒号とブーイングだった。彼の車列の一部が見えると、タワーを囲む摩天楼に鳴り響いた。
反トランプデモは当初、トランプ氏のニューヨーク滞在に反対するために計画されていた。しかし、南部バージニア州シャーロッツビルで8月12日、白人至上主義者らと人種差別反対派が衝突し、女性1人が死亡、多数が負傷した事件を受けて参加者が膨らんだ。あってはならない3点セット「白人至上主義」「ナチズム」「クー・クラックス・クラン(KKK)」を糾弾するためだ。
トランプタワー前ではナチスの鉤十字の禁止マークや、「白人至上主義は、テロだ」「憎しみに反対」というプラカードが踊った。
「恥を知れ、恥を知れ、恥を知れ!」 「ファック・トランプ!」
普通のデモでは聞かれない激しい罵りが、国家首脳に対して発せられる。これがアメリカなのか。トランプ氏はこんなにも憎まれている。
「戦場」と化した平和な大学街
そもそもアメリカ南部の穏やかで裕福でおしゃれな街シャーロッツビルで11日、クー・クラックス・クラン(KKK)を思わせる松明をかざした数百の白人至上主義者が暗闇を練り歩いたことに、アメリカ中がショックを受けた。翌日、白人至上主義・極右に抗議する地元住民のデモに乗用車が突入、参加していた白人女性1人が命を落とし、「テロだ」と国内は騒然とした。
シャーロッツビル市内では「Unite the Right(右派を統一しよう)」という集会が計画されていた。白人至上主義者でトランプ支持者のジェイソン・ケスラーという人物が計画し、ソーシャルメディアで拡散し、全米からピックアップトラックに乗った白人賛同者がこの街に集合した。
トランプタワー前ではナチスの鉤十字の禁止マークや、「白人至上主義は、テロだ」「憎しみに反対」というプラカードが踊った。
Shutterstock
集会の目的は、南北戦争時、黒人奴隷解放を拒んだ南部連合を率いたリー将軍の像を撤去する市議会の決定に抗議するためだ。かつての南部連合の旗などを掲げた白人参加者の一部は、銃を携帯し武装。「お前たちに追い出されはしない」「ユダヤ人に追い出されはしない」などと叫び、ダウンタウンを練り歩いた。
こんな小さな街に、大手メディアの記者は常駐していない。何が起きたのか、知る手がかりはソーシャルメディアに上がるビデオや写真だけと、当初は情報が混乱した。
新興の政治オンラインメディアAxiosが、現地に28年住むジャーナリストの話を伝えていた。11日から、平和な大学街のダウンタウンが「戦場」と化したという。白人至上主義者・極右の人も、それに反対する人も、互いに催涙ガスを使った。ペットボトルや尿を入れた風船を投げ、それを南部連合の旗や、反対派のプラカードが叩き返す。数十人が負傷した。
白人至上主義者を名指しせず
自動車衝突事件を起こしたのは、ネオナチ信奉者とされるオハイオ州在住のジェイムズ・フィールズ容疑者(20)だった。目撃者やビデオによると、人種差別に反対する人々のグループに高速で突っ込み、跳ね飛ばされた人々が文字通り宙に舞う中、急速にバックし、さらに負傷者を出した。
私は2008年、オバマ前大統領(当時大統領候補)の選挙集会を取材するため、シャーロッツビルに行ったことがある。バージニア大学の緑のキャンパスが中心部に広がる大学街で、小さいのに、都会的なカフェやブティックがあり、住民の所得の高さがわかる。しかも、昨年の大統領選挙では、有権者の86 %がヒラリー・クリントン民主党候補に投票しているリベラルな町だ。
ショックをさらに煽ったのは、トランプ大統領が、白人至上主義者やネオナチを名指しして批判せず、「いろんな側(many sides)」にある「暴力と憎悪、偏見」を非難するという発言にとどまったことだ。ホワイトハウスは翌13日になって「大統領は白人至上主義者も含めて批判した」と弁解、大統領自身は14日になってやっと白人至上主義者らを名指しする会見を行った。
「いろんな側、なんかない!」とたちまちソーシャルメディアは炎上。しかし、トランプ氏としては白人至上主義者、ネオナチ、KKKは、強力な支持層でもある。昨年オハイオ州クリーブランドで開かれた共和党大会に集まった支持者では、白人至上主義者が発する憎悪に満ちた喚き声が、ひときわ目立った。
トランプ氏を強烈に支持した極右サイト「ブライトバート」「インフォウォーズ」や、極右のセレブ、アレックス・ジョーンズなども、移民を犯罪者とし、差別を煽る利用者から愛されている。「ブライトバート」の元会長だったスティーブ・バノン氏は、ホワイトハウスの首席戦略官にまで上りつめ、いまだにトランプ氏に影響を及ぼしている。
大事件後の大統領のスピーチの力
「いろんな側なんてない、それは人種差別主義であり、白人至上主義というものだ。くそったれ」と汚い罵りを看板に書くのも厭わない。
撮影:津山恵子
ニューヨークのデモに参加していたアートショップ経営のアリシア・ガンドレッドさん(34)は、こう言った。
「大統領が白人至上主義者を悪と名指ししても全く誠意がない。極右のスティーブ・バノンをクビにするまでは。白人至上主義者はバノンがホワイトハウスにいることで、国民が受け入れがたいような行動を起こすチャンスがあると思い込んでいる」
バージニア州のテリー・マコーリフ知事(民主党)は事件後即、記者会見でこう糾弾し、「大統領が言わなかったことを言った」と絶賛された。
「今日、シャーロッツビルに入ってきた白人至上主義者やナチスに言いたい。私たちのメッセージは単純で簡単だ。『帰れ』。この偉大な州はお前たちを歓迎しない。恥を知れ。お前たちは愛国者だというふりをするが、お前たちは愛国者とはほど遠い」
例えば、米同時多発テロ後のブッシュ大統領、オクラホマシティの連邦ビル爆破事件の後のクリントン大統領、そして、数々の銃乱射事件の後のオバマ大統領など、悲惨な事件の際、原因を特定して「悪」を批判し、心に響くスピーチで国をまとめるのは、歴代大統領の重要な仕事だった。トランプ氏はそれを2日間もしなかったことで、「悪」の味方をした。少なくとも極右は、これでトランプ氏が「味方」だと、勢いづいている。
リー将軍像の撤去を検討している自治体は、南部にまだ多くある。今後そこに白人至上主義者が集合することは、大いにありうる。逆にノースカロライナ州ダーラムでは14日、人種差別反対派が南軍兵士像に縄をかけて台座から地面に引き倒し、次々に像を蹴る事件が起きた。
アメリカの国内に、「憎悪」が渦巻いている。シャーロッツビルもニューヨークもダーラムもだ。「ヘイト」に反対するニューヨークのデモですら、「憎悪」に満ちていた。それも大統領が代わったためだ。こんなにも分断と憎しみが広がり、表面化すると、誰が思っただろうか。