野球強豪校はなぜ“文武両道”を敵視するのか —— ブラック部活と高校野球を考える

「僕ね、『文武両道』って言葉が大嫌いなんですよね。あり得ない」(日刊ゲンダイ2017年8月10日号)

今年も夏の風物詩、甲子園での全国高校野選手権大会が開かれる中、1人の高校野球監督の発言が物議を醸した。山口県代表、下関国際高校・坂原秀尚監督である。

高校野球ベンチ

下関国際高校・坂原秀尚監督は「野球と勉学の両立は無理、文武両道って響きはいいが、そこに逃げている」「一流とは『1つの流れ』」であり文武両道は二流である、と持論を展開した。ネットでは炎上した。

坂原監督は「野球と勉学の両立は無理、文武両道って響きはいいが、そこに逃げている」「一流とは『1つの流れ』」であり文武両道は二流である、と持論を展開した。坂原監督は記者の問いにこう答えた。

—— 朝5時から練習するそうですが、選手が自主的に?

半強制です。自主的にやるまで待っていたら3年間終わっちゃう。練習が終わって学校を出るのは21時くらい。本当に遅いときは23時くらいまでやることもあります」(坂原監督)

ネットでは炎上した。

残念ながら、下関国際の猛練習は実らなかった。甲子園の初戦で、公立の三本松高校(香川)に4-9で負けてしまう。ネット上で下関国際に対して「ざまあみろ」「武の三流じぇねえか」と罵詈雑言が並んだ。

坂原監督は試合前、三本松の選手がカキ氷を食べていたことに「うちは許さんぞ」と口をすべらせたので、「カキ氷に負けた」と揶揄されてしまう。

日本共産党機関紙「赤旗」にも、「人格軽視の『野球漬け』」として、監督の「管理主義」が批判される(8月14日付け)。

進学校には「絶対負けたくない」

野球強豪校の猛練習はいまにはじまったことではない。最近では2015年、大阪代表の大阪偕成高校が話題になった。関西でもっとも練習量が多いと自負し、試合があった日でも学校に戻って、午前1時まで練習していた。監督が「京大や東大を目指す受験生が深夜まで勉強するのと一緒」と話したことに、反感を覚えた高校野球関係者がいた。

坂原監督も進学校には「絶対に負けたくない」と公言してはばからなかった。

山口県予選でのこと。坂原さんは先のインタビューでこう白状した。

今回の県大会で宇部(初戦)と下関西(2回戦)と、進学校に当たったので、普段練習してないだろうと思って、思いっきり長い野球をやっちゃろうと。ボールも長い時間こねて、牽制もバンバン投げて。7回になったら向こうもヘトヘトでした」

「進学校いじめ」と言われても仕方がない。だから甲子園での初戦敗退で、ネットの格好の“餌食”になった。

高校野球のスパルタ練習に対しては、「いくら何でもやり過ぎだろう」という声は、1990年代から高校関係者や文部省(当時)の間からあがっていた。さらに昨今では、「ブラック部活」と呼ばれて、国からダメ出しされようとしている。

ブラック部活対策への文科省通知

高校野球

現実問題として、部活の練習時間は規制できるのか。かつて問題となった「野球留学」も「野球特待生」もなし崩し的に認められている。現実としては学校に委ねるしかない。

2017年1月、文部科学省とスポーツ庁は全国の教育委員会などに、中学、高校の部活動で休養日を適切に設けるよう通知した。

休養の目安について、1997年に文部省(当時)は、「中学生・高校生のスポーツ活動に関する調査研究協力者会議」で、「運動部における休養日等の設定例」を次のように示している。1月の通知もこれに倣う。

  • 高等学校の運動部では、学期中は週当たり1日以上の休養日を設定。
  • 長期休業中の活動については、上記の学期中の休養日の設定に準じた扱いを行うとともに、ある程度長期のまとまった休養日を設け、生徒に十分な休養を与える。
  • 効率的な練習を行い、長くても平日は2~3時間程度以内、休業土曜日や日曜日に実施する場合でも3~4時間程度以内で練習を終えることをめどとする。長期休業中の練習についても、これに準ずる。

甲子園出場校の中で果たしてこの目安を守っている学校はあるだろうか。

現実問題として、部活の練習時間は規制できるのか。かつて問題となった「野球留学」も「野球特待生」もなし崩し的に認められている。現実としては学校に委ねるしかない。

否定される感覚と文武両道の味方

そもそも野球強豪校は「部活」とは思っていないフシがある。教育の一環というより、高校が持っているスポーツ機関という意識に近い。生徒もそれを承知の上で強豪校に進んでいる。都内の野球強豪コーチが話す。

「ブラック部活なんて思っていない。甲子園に出場すると監督や選手の達成感はものすごい。ブラックがホワイトになって学校も監督もクセになる。次を狙う。いい選手を集める。もっとハードな練習をして武をきわめる。だから、文武両道の公立が出てくると、自分たちが否定されているようで、敵愾心を抱いてしまうのです」

下関国際高校監督の文武両道嫌いにつながる。

だが、悲しいかな、文武両道には強い味方がいる。メディアであり、メディアによって作られた社会全般の声だ。実際強豪校と文武両道校の戦いになれば、自校の応援席以外は冷たい。

学校の教室

1970年以降、旧制一中を引き継いだ札幌南、秋田、盛岡第一、静岡、彦根東、鳥取西などの進学校が甲子園に出場し、枕詞に文武両道がついてまわった。

戦後の高校野球史をひもとくと、1948年に福岡県立小倉高校、1949年に神奈川県立湘南高校、1950年には愛媛県立松山東高校といった進学校が全国制覇している。しかし、当時の報道で文武両道をたたえる記事はあまり見かけない。

1970年以降、旧制一中を引き継いだ札幌南、秋田、盛岡第一、静岡、彦根東、鳥取西などの進学校が甲子園に出場し、枕詞に文武両道がついてまわった。メディアが文武両道と思いっきり称賛したのは、都立国立高校(1980年、西東京)だろう。

「極めたい」気持ちとブラックの境界線

もっとも選手目線で考えると、文武も武も関係ない。武にすれば文武への熱狂的な応援は気になり、「参考書持ち込み」報道も耳障りである。勉強ができないから野球ばかりやって何が悪いと。だが、グラウンドに立てば文武も武もお互いきつい練習に耐えたという仲間意識が目覚める、と多くの選手が振り返る。互いへのリスペクトが生まれるのだ。

国立高校のエースだった市川武史さん(駿台予備学校で1年浪人し、東大理科Ⅰ類に入学、現在はキヤノンの技術者)は、同校の学校史でこう振り返っている。

「もともと『野球をやるため』『甲子園に行くのだ!!』の気持ちだけで国高に入ってきたようなものである。<略>練習は熾烈を極めた。この練習以上の体力的苦痛は未だ経験していない。野球をやりたいという気持ちは雲一つない青空の彼方へ飛んでいった。なんでこんなことまでして俺は野球をやっているのだろう。と真剣に考えたが、ただの一度でも本気で野球を辞めようとは思わなかった」(『国高五十年史』1991年)

そのマインドは武の学校と変わらない。そして、これは今で言えば、完全な「ブラック」である。だが、野球を「極めたい」という教師と生徒からすればブラックという意識はない。

武の学校の意地を奪えるか

ここに「ブラック部活撲滅」の文科省の通達は馴染むだろうか。例えば練習時間の規制となったら……おそらく規制からは優れたチーム、突出した選手は生まれてこないだろう。日付が変わるまでという、健康を害するほどのバカげた練習量が発覚すれば厳重に注意すればいい。心配ならば目安を示す程度で、基本的には学校に任せていいのではないか。規制より学校の良識を信じたい。

前出の野球強豪校コーチが話す。

「練習時間を短くしても強いチームを作るには、優秀な選手を集めるしかない。スカウト合戦が激しくなる。でも、甲子園に出れば生徒が増えて、私立は生き残れるというのは幻想ですよ。野球部員は100人以上の大所帯になるが、一般生徒はそんなに集まりませんから。それでも強くありたいんです。優秀な選手を強いチームでプレイさせたいんです」

武の学校の意地までは奪えないのではないか。

(撮影:今村拓馬)

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