NECパーソナルコンピュータ(以下NEC PC)が提携52社で7月からβサービスを開始したIoTプラットフォーム「plusbenlly」(以下プラスベンリー)。国内最大シェアのPCメーカーが、PC事業とは無関係な新規事業を開始するという発表には反響が大きかった(発表時の記事はこちらから)。
関係者によると、プラスベンリーは当初の企画段階では、ごく一般的なIoT規格の一つとしてスタートしたのだという。それがなぜ「裏側」を支えるのサービスへと姿を変えることになったのか? NEC PC 留目真伸社長への単独インタビューでは、彼らの狙いと今のIoT市場を取り巻く課題が浮かび上がる。
日本版IoTインフラの創出は、大企業でなければ“作りきれない”
日本のIoTは「リモコン」の発想から進化していない —— 。これは、一般消費者向けのIoT製品の世界ではよく言われていることだ。たとえば、自宅に近づいたら勝手に鍵が開くスマートロックや、スマホで調整できるエアコンは、確かに便利だ。けれども、IoTの持つ本来の価値は、機器の相互連携や、取得されるデータの活用から新しい体験、そしてビジネスが生まれることにあるはずだ。
ところが、日本のIoT市場は、データ連携をするというスタートラインに立つこと自体に困難が伴うという現実がある。留目社長はこのように語る。
NECパーソナルコンピュータ 留目社長
留目:IoTというビジネスは、相互のデータのやり取りによって新しいビジネスを作っていくこと。けれども、どうも日本はそれがうまくいっていない。IoTのビジネス創出のアイデアを誰かが持っていたとしても、(企業連携を伴うと)その実現にものすごく時間がかかってしまう。これが私の実感なんです。我々のように「NECパーソナルコンピュータ」という看板を持っていたとしても、話を通すのは一筋縄ではいかない現実があります。であれば、ベンチャー企業の人たちでは、(インフラを作るようなことは)相当に難しいんじゃないかと思っているんです。
プラスベンリーが目指すのは、業界の縦軸と横軸を横断するようなIoT機器・ビジネスの連携だ。(スライドは7月のサービス発表会にて撮影)
—— まったくその通りだと思います。プラスベンリーのプロジェクトのスタートはいつ頃なんでしょうか?
留目:2015年の年末くらいからですね。
—— プラスベンリーは当初から、「IoT連携の裏側を支えるプラットフォーム」として始まったのですか?
留目:実は当初は、(NEC PCのメイン事業と近い)家庭内のコンピューティング化を考えていました。家電などの製品を(企業間連携で)つなげたいけどその規格がない。その辺りがきっかけでした。どちらかというと最初はコンシューマー寄りで、(Yahoo! JAPANの)myThingsのような方向の発想でした。 それが、プロジェクトを進めて行くなかで、むしろユーザーが触れる表側よりも、表からは見えないバックエンドの仕組みの整備の方が大事だという話になり、今のプラスベンリーの姿になったわけです。
—— かなり大きなピボット(方針変更)があったということですね。IoTというステージは同じでも、まるで違ったものに着地した。
留目:実際、去年のCEATEC 2016(例年10月に千葉県幕張で開催される技術展示会)のタイミングまでは、パソコンから家の家電がコントロールできるソリューションの形で参考出展していました。
—— 発表会ではビジネスとしては「通信に対してある一定の課金をする」というような話でした。ただ、個人的には、実はそこで儲けるビジネスではないんじゃないか、と感じています。
留目:はい、そこは正直、このビジネスの本道ではないと思うんですね。もちろん、投資コストや運営コストは回収する必要はありますが。プラスベンリーで本当にやりたいことは、「課題解決」です。本来、コンピューティングが解決すべき課題を、(プラスベンリーのような)仕組みを作って解決していく。その中で、我々も(プラットフォーム課金中心ではない)収益を上げ得るビジネスを創出する、ということではないかと思います。
—— 機器接続に関する通信料は、各メーカーが負担するんですか?
留目:はい、基本的に事業者さんが負担します。そこをどう料金体系化して、お支払いいただくのか。あるいはどんな形で回収していくのかは、まだ議論していく部分です。
plusbenllyへの接続を予定するIoTデバイスやサービス一覧。日本のIoT市場で課題となっていた企業間のデータ連携を、plusbenllyによって進めていこうとしている。
—— IoT機器というのは、デバイスによっては1日1回、一瞬の接続で全データを通信すれば事足りるものもあれば、随時状況を伝えるようなリアルタイム性が要求されるものもあります。
留目:今のベータの期間に我々も勉強しなくては。どういう料金体系がいいのか。いずれにしろ共通しているのは、(ライセンスフィーなどの言葉でイメージされるような)「すごく儲かるビジネスにする」という風にはしないと思うんですね。可能な限り普及する形を狙っていきたいです。
日本のIoTの大問題:つなげた後のビジネス化が弱すぎる
留目:(日本のIoTの相互連携は)API公開がないのでつながること自体が難しく、また一方でビジネスを共創していくことに各社が慣れていないことがあります。また、家の中のものが連携してコントロールできるとして、それが「すごいイノベーションか」と聞かれるとそうではない。
実際は例えば、スマートロックと宅配が一緒になったら初めてそこで価値が出る。あるいは食品の宅配であれば、体重計とヘルスケアをやられている会社が一緒にそのサービスを展開するとそれは初めて価値になると思うんですね。 結局、現代の体重計の使われ方って、重さが知りたくて量るわけではない。本来、消費者が求めているものは、そこまであっての価値だと思うんです。
—— プラスベンリーのような「プラットフォーム」と、業界のステークホルダーが集まって連携を議論するような「コンソーシアム」は似ているようにも思います。一番違うのはどこでしょうか?
留目:みんなが集まって何かを始めてはみるものの、自走するビジネスは誰も考えていない、結局広報活動で終わってしまう、というようなことがよくあるパターンですよね。
—— コンソーシアムと今回のプラスベンリーの違いは、自走するビジネスをプレーヤーが考えているかどうかが違う、と。また今回の発表に前後して、ハウスメーカーと先行して取り組みを開始しています。
留目:ハウスメーカーさんとの取り組みを通して、IoTは他の業界にかなり広げられそうだ、という手応えを感じています。
—— 一般ユーザー向けでは小さな市場でも、法人向けに考えた瞬間に莫大な市場になるのは納得感があります。賃貸マンションを丸ごとスマートロック化する、となれば、一気に数十万台という規模が見えて来ます。
7月の発表時には、先行して5月から、ハウスメーカー2社とのIoTの取り組みにプラスベンリーを先行活用していたことが公表された。
プラスベンリーは「レノボのビジネス」なのか?
—— 最後に、突っ込んだことをお聞きします。プラスベンリーが生み出す「NEC PCのビジネス」というのは、ハードウエアを売る以外のビジネスになるんでしょうか?
留目:基本のところはハードウエアですね。ただハードウエアと言いつつもハード製品をサービスのように売っていこうというビジョンは持ってます。いわゆるDevice as a Service(サービス化されたデバイス)という形で出していくような可能性です。 また、ハードのカテゴリーとしても、パソコンやタブレットだけではなく、周辺のハードへも可能性があれは広げていきたい。(既にグループであるレノボが発表している)Amazon Alexa搭載スピーカーや、例えばスピーカーとタブレットがくっついたものであったり。新しいパソコンの形だったりもするかも知れない。そういうことにはチャレンジしていきたいですね。
ハードウェアから得たデータをプラスベンリーを通じて活用し、新たなサービスを生み出そうとしている。
—— NEC PCといえばレノボグループですから、「プラスベンリーって実はレノボが仕掛けていると理解すべきじゃないか」という見方もあります。直球ですけど、結局のところ、どうなんです?
留目:もちろんレノボグループ内で情報交換はしているんですが、基本、日本のNEC PCからスタートしている取り組みなんです。レノボグループって面白くて、レノボのアメリカや中国の人がやりたいからと始まっているわけではないんですね。
IoTの発展の仕方、あるいはエコシステムの作られ方は、国よる独自性が出てくると思ってるんです。例えば、アメリカだと全部アマゾンのプラットフォームでやればいいんじゃないか、って話は当然出てくるでしょう。が、日本でも同じようになるかっていうと、一概に言えないと。
また一方で、中国でもやり方が全然違う。「アマゾンが総取りするんでしょ」っていう世界は来るかもしれないし、来ないかもしれない。来るにしても、もう少し先になるのかもしれない。
あるいは日本ではコンビニがアマゾンの代わりになる可能性もあると思うんです。例えばアマゾンはバーチャルから始まってリアルに行こうとしていますが、実はリアル側からバーチャルに行くほうが強いケースある。そう考えると、コンビニさんがバーチャルに入っていって強くなる可能性も、日本ならまだまだありうる。そう考えると、何がIoTのエコシステムとして「成功」なのかは、まだまだ分からない状況だと思いますし、そこがIoTの面白いところだと思います。
—— スタートアップ企業にもチャンスがあるんじゃないでしょうか。
留目:「スタートアップを起業する」と考えると難しく思えますし、実際難しいところもあるでしょう。でも、それは1つの製品やソリューションで、何が何でも成功しないといけないからだと思うんです。一方で課題解決に基づいた「プロジェクト」っていうのは成功する可能性が高い。(アイデアの具現化のために)大企業がインフラとして参画していくことは、日本の市場に面白い結果を生み出せると期待してます 。
(写真:伊藤有)