FiNCが元ゴールドマン・サックスの幹部をCFOに抜擢した理由 —— AIを操るヘルステック・ベンチャーの狙い

今年1月に20億円を超える資金を調達したヘルスケアテック・ベンチャーのFiNC —— 大型の資金調達をリードしたのは、元ゴールドマン・サックス証券マネージング・ディレクターで、2015年にFiNCのCFOに就任した小泉泰郎氏だ。人工知能(AI)の利用を拡大させる一方、自前の技術開発を進める同社が元投資銀行の重鎮を獲得した理由は(資金調達の)ほかにもありそうだ。

FiNC CTOの南野充則氏と小泉氏に話を聞いた。

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南野充則CTO(左)と小泉泰郎CFO(右)

中西亮介

小泉氏(53)は、日本興業銀行を経て1999年にゴールドマン・サックスに入社。企業のM&A(合併・買収)助言などの投資銀行業務の道をひた走ってきた。数千億円に及ぶいくつものクロスボーダーの買収案件に関与してきた筋金入りの銀行家だ。当然、同氏が築いてきた国内外における金融界やビジネス界のリーダー達とのパイプは太い。

2012年にFiNCを創業し、現在CEOを務めるのは溝口勇児氏(32)。プロ野球選手や芸能人など、数百人を超えるアスリートや著名人のカラダ作りに携わってきたスポーツトレーナーだ。多くの業績不振企業の再建を行ってきた経歴を持つ異色の経営者でもある。溝口氏が小泉氏に求めているものは、「大胆な資金調達と大胆なM&A、そしてFiNCの大胆なグローバル化」だ。

FiNCが開発するのは、健康管理に関するワンストップ型のプラットフォームである。このプラットフォームをベースに「BtoC」「BtoB」双方のビジネス領域に向けてサービスを提供している。

(個人)ユーザーは同社のアプリを通じて遺伝子検査や血液検査を受けることができる。そして、スマートフォンのアプリで、それらの数値や1日の歩数などのライフログをもとに、ヘルスケアの専門家や人工知能(AI)が最適な生活習慣改善の提案を受けられる。

一方、企業向けには、従業員の健康診断や生活習慣調査、ストレスチェックの結果を分析し、部門別や組織別の心身の健康リスクを数値化するサービスを展開する。

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2015年6月に入社した小泉氏は、その年の12月にシリーズBの資金調達をリードした。

中西亮介

2015年6月に入社した小泉氏は、その年の12月にシリーズBの資金調達をリードした。ANAホールディングス、第一生命、三菱地所、吉野家ホールディングス、ロート製薬、キューピーなど東証一部上場企業8社を中心とする調達案件だった。「この調達を通じてFiNCの協力者が増えた。(FiNCの)社会的認知度を上げることにもつながった」と小泉氏。

国内ビジネスの拡大を優先させたいと話す小泉氏だが、グローバル化に向けた戦略も同時に走らせている。昨年末、FiNCはインドでフィットネス事業を行うフィットミーン(FitMeln)と業務提携で合意。同時に出資契約にもサインした。インドのフィットネス市場は今後、年率20%のペースで伸びるという。今後も、M&Aを利用した事業の拡大を続けていく。

「日本人の健康、食事、長寿は世界で尊敬されています。これは日本の大きなブランドです。世界にはAmazonやGoogle、Facebookなどの強力なグローバルプレーヤーがいるが、日本企業にも勝ち残れる道が十分にある。それがヘルスケア分野。日本市場にとどまらず、ヘルスケアの巨大市場であるアメリカにも進出する予定です」と小泉氏。

アメリカでの上場も準備していると、小泉氏は言う。「あらゆる可能性を視野に入れている。上場時のバリュエーション(評価額)規模はまだ想定していません。ただ、ある程度大きくしていかないと市場から相手にされないですからね。例えば、欧米のインベストメント・バンクのアナリストたちがカバーするのは、企業評価額が1ビリオン(10億ドル)クラスの企業です。1ビリオンはユニコーンと呼ばれていますが、いつかのタイミングで達成したい」

FiNCのメンバーは現在、約220名。2015年から人材のグローバル化も進めてきいる。当時、すべての社員は日本人だったが、現在では17の国籍の社員が働いていると、小泉氏は言う。社内の会議で使うプレゼンテーションの資料は、英語と日本語を併記するようにした。

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ユーザーに最適なコンテンツをレコメンド(推薦)する部分に使われる計算エンジンは、南野氏のテクノロジー部隊が作っている。

中西亮介

FiNCのテクノロジー部門を率いているのは南野氏(27)だ。アプリでユーザーのパーソナルコーチの役割を果たすチャットボットと、ユーザーに最適なコンテンツをレコメンド(推薦)する部分に使われる計算エンジンは、南野氏のテクノロジー部隊が作っている。ユーザーのライフログや悩み、目的に合わせてコンテンツを変えていくアルゴリズムを働かせている。

FiNCがビジネスを展開する上でガイドラインとなるのが、「10 FiNC Principle」と呼ばれるFiNCの10の原則だ。ユーザーが継続してFiNCのサービスを利用するためのキーワードである —— Understanding(理解)、Visualization(視覚化)、Incentivization(報酬)、Achievement(成果)、Personalization(個別性)、Competition(競争)、Trust(信用)、Convenience(利便性)、Encouragement(励まし)、Serendipity(気づき)。

「この10のプリンシプルに基づいて僕たちは開発をしています。ユーザーを理解(Understanding)しないとサービスをパーソナライズ(Personalization)することはできない。チャットボットが提案した健康管理プログラムをユーザーがしっかりと行えば、その成果(Achievement)に対する報酬(Incentivization)をポイントとして付与する仕組みがあるんです。そして、そのポイントは、FiNCが展開するECサービスであるFiNC Mallで利用することができます」と南野氏は説明する。

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FiNC社内の廊下のキャビネットに描かれた「10 FiNC Principle」

中西亮介

FiNCは人工知能の技術開発とその利用の拡大にアクセルを踏む。昨年には、東京大学・松尾研究室の松尾豊准教授とタッグを組み、「FiNC Wellness AI Lab(FiNC Wellness人工知能研究所)」を設立した。「FiNCのアプリでは、食事を分析してその人にアドバイスをするが、ユーザーは今まで、摂取した食事を入力しないといけなかった。例えば、それを食べた物の写真だけで分析を可能にさせるとか。もう1つは、チャットボットの対話力を向上させて、認識力をもっと上げていかないといけない。加えて、人の姿勢は健康に関係すると言われるけれど、ユーザーが自分の姿勢の写真を撮って送れば簡単に分析できるようにすることも必要」と南野氏は、現在注力している開発案件を述べた。

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FiNCのエンジニア達が働くスペース。

中西亮介

筋金入りの金融マンからAIの専門家、そしてアスリートのプロまでが働くオフィス環境は、FiNCのユニークなところかもしれない。第35代WBC世界ライトフライ級王者の木村悠氏もFiNCのメンバーだ。木村氏は現在、ヘルスケアソリューション兼アスリートサポート室長だという。FiNCが今後、「大胆なM&Aと資金調達、そしてグローバル化」を進め、日本のユニコーンになれる日は来るのか? 注目が集まるスタートアップ企業だ。

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FiNCのオフィスでファイティング・ポーズを決める木村悠氏

中西亮介

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