世界レベルの「AIの知財権」議論が始まった。その先進国は日本 —— 統合国際人工知能学会 in メルボルン

8月19日から25日までの7日間、オーストラリアのメルボルンで統合国際人工知能学会(IJCAI;International Joint Conference of Artificial Intelligence)が開催されています。このイベントに前後して開催されたワークショップの一つ、「世界最初のAI実用製品の共有と再利用ワークショップ(The First International Workshop on Sharing and Reuse of AI Work Products)」に、筆者も参加しました。その内容をご紹介します。

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オーストラリアのメルボルンで統合国際人工知能学会(IJCAI)が開催された。

このワークショップの目的は、AIが実用製品として普及していくときに議論しておくべき内容を明らかにしておくことです。たとえばAIが実用品に組み込まれる時、AIそのものの知的財産権については今のところどの国にも法律上の規定がありません。また、AIによって生成された生成物の著作権についても同様です。たとえば、AIが小説やマンガを書いたりした場合、その権利が誰に帰属するかは明らかにされていません。

日本は「AIの知的財産権」議論の先進国、法律も先駆的

この種の議論に関しては我が国は世界でも一番議論が進んでいる場所のひとつです。昨年も内閣の知的財産戦略本部ではAI生成物やAI創作物をどう扱うかといった議論(「新たな情報財検討委員会」として実施。報告書はこちら)や、学習済みAIになんらかの知的財産権を認めるかという議論が活発に行われていました。

改めて海外でこの議論を始めてみて思うのは、日本は人工知能産業にとって大変「幸運なことに」少子高齢化がもっとも進んだ先進国であることです。これが、若年失業率がもともと高い欧米の先進国で「人間の仕事の一部を機械が代替していく」という議論をすると、まず雇用確保の観点から横槍が入り、社会実装の歯止めになります。しかし、少子高齢化が進み、労働力不足に悩む日本では、こうした「人間にしかできなかった作業の自動化」はむしろ歓迎される傾向にあります。

今回のワークショップの中でも注目を集めたのは、早稲田大学の上野達弘教授による「人工知能と機械学習に関する著作権問題(Copyright Issues on Artificial Intelligence and Machine Learning)」についての講演でした。各国の知財法を比較しながらAIと知的財産の問題について触れています。

たとえばEUの著作権法では、著作物を学習データとして使う場合には「科学研究に限定して」許可が与えられてるのに対し、我が国の著作権法では「広く機械学習全般に対して」許可が与えられているという違いが指摘されました。

早稲田大学の上野教授

早稲田大学の上野教授は「人工知能と機械学習に関する著作権問題」について講演し、注目を集めた。

要するに、EU加盟国では著作物を学習したニューラルネットワーク(脳の神経細胞の繋がりと機能のシミュレーションを目指した数学モデルのこと)は著作者の許可を得なければそのまま産業利用することはできませんが、日本では著作権があったとしても、機械学習したニューラルネットワークを産業利用できることになります。ほとんどのデータには著作権があるうえに、故人の著作などは死後50年経過しないと著作権が消滅しないことを考えると、いろいろな目的の人工知能を作るのに日本の法律は諸外国に比べて極めて先駆的であり、日本国内企業は諸外国に比べて極めて有利な状況にあります。

たとえば、ハリウッド映画の脚本を学習させて、自在に物語をつくるAIを開発するとしましょう。EU加盟国はこうして作った「ストーリー生成AI」を研究目的ではつくれても、実用化することはできず、日本はできるということです。あくまで現行法の運用上の話ですが。

もうひとつ、注目すべき発表は、(専門的な話になりますが)Khronos(クロノス)グループのビクトル・ギネス(Viktor Gyenes)氏による「学習エンジンから推論エンジン(※)に渡すためのニューラルネットワーク交換フォーマット(Neural Network Exchange Format for the Deployment of Trained Networks to Inference Engines)」に関する講演です。

※「推論エンジン」とは、クラウドサーバーなどの莫大な計算資源を使って作られた学習済みのAIをベースに、現実的な環境で物事を処理できるように実装されたAIプログラムのこと。

クロノスの講演

クロノスグループのビクトル・ギネス氏の講演。

クロノスグループといえば、ゲームプログラミングに欠かせないOpenGLやOpenCLなどのオープン技術を標準化する世界的団体です。これまで主にグラフィックス関連の技術の標準化を進めてきたクロノスグループですが、同じようにGPUを利用する技術として、(人工知能開発に使われる)ニューラルネットワークの標準化も行っていく意向があるということです。

彼らがNNEF(Neural Network Exchange Format)と呼ぶフォーマットは、Python(注:プログラミング言語)ライクな文法を持ち、階層的グラフをサポートすると名言されています。現在は仕様検討中の段階ですが、内部的にはCaffeとTensorFlowのデータには対応できているとのこと。

NNEFがサポートするニューラルネットワークは、典型的な畳込みニューラルネットワーク、および全結合ネットワークと呼ばれるもので、モバイル機器などの推論エンジンに組み込みも意識した設計になっているのが、他のフォーマットとの大きな違いと言えます。

この手のモバイル機器向けのサポートというのは、たとえばアップルiOSの機械学習向け新機能「CoreML」や、グーグルのTensorFlowのAndroid版では既に試みられていて、これ自体がそれほど目新しい技術というわけではありません。ただし、クロノスグループで標準規格が提案されることで、各種フレームワークが独自の形式を作っている現状がある程度は落ち着いてくると、ディープラーニング実行環境のNVIDIA「Digits」やソニーCSL「CSLAIER」などの複数のフレームワークバックエンドを使い分けるGUIツール群や、「Keras」のようなフロントエンドツールが使いやすくなることは間違いないので、リリースに期待しています。

正式版は2018年中旬にリリースの予定なので、この動きの激しい業界のなかにあってどれだけ自由度を犠牲にせずに互換性を担保できるかは、かなり重要になりそうだと感じました。

人工知能組み込み製品や人工知能生成物の知的財産権は、今後必ず問題になってきます。今から準備しても、むしろ遅いくらいでしょう。一刻も早く各国のコンセンサスをとる必要があります。IJCAIは歴史ある人工知能の学会ですが、その半面、研究者コミュニティの側面が強く、なかなか実用化や知的財産権には興味関心が向かない面があります。ですが、こうした知財の議論が国際学会の場でスタートできたことには、一定の意義があります。

なお、9月11日(月)に日本マイクロソフトらの後援を受け、東京大学で人工知能に関する最新の実用例を紹介するフォーラム「ディープラーニング産業推進フォーラム2017」を開催します。この分野の第一人者である東京大学の松尾 豊特任 准教授を始めとして、最前線で実際に深層学習を使っている人たちの知見を直接聞ける貴重な機会になります。ぜひ参加を検討してみてください。

(撮影:清水亮)

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