生まれた時から低成長時代を生きる”夢を持てない世代”の幸せとは。
撮影:篠塚ようこ
配車アプリサービスUber、民泊のAirbnbなど世界が注目するシェアリングエコノミーの日本での普及拡大を目指す、内閣官房シェアリングエコノミー伝道師の石山アンジュさん(28)は「シェアガール」としてメディアやイベントに引っ張りだこだ。ダンサーやミスユニバースセミファイナリストの横顔を持ちながら、国際基督教大学(ICU)卒業後はリクルートを経て、現在は複数社と仕事をするパラレルキャリアの政府公認シェアガール。いまをときめく華やかな経歴とは裏腹に、その半生は紆余曲折だ。
家を渡り歩いて暮らした10代
アンジュさんが12歳のとき、42歳だった両親は、別々の道を行くことを決めた。
親の離婚後は1週間のうち3日は父親の家、2日は母親の元、残りを幼なじみの家と、渡り歩くように暮らした。「私には居場所がない」といつも感じていた。
「しょっちゅう父の彼女と顔をあわせるし、他の人の家と自分の家はなんでこんなに違うんだろうと、いつも思っていました」
30歳でレコード会社を退職後、一人でブラジルに放浪の旅に出かけサンバ歌手をやったりシェアハウスを経営したりと自由な父親と、ファッションプロデューサー兼作家としてバリバリ働く母親の下に生まれた。両親ともに本を書き、家族旅行は発展途上国、家にはしょっちゅう外国人が滞在する。既存の価値観に縛られることを嫌い、自由を愛する両親には幼い頃から「地球人になれ」と育てられる。
「子どもの頃から将来の夢は、ピース・メッセンジャー(国連が任命する、世界平和を訴える使者)でした」
幼少から強く惹かれたのは、ディズニーでもジブリでもなく戦争映画。身近な人やものごとよりも「戦争やジェノサイドを繰り広げてしまう社会や人間そのものに興味がありました」。
高校時代には3歳から続けているダンスでエイベックスアーティストアカデミーに所属した。同年代が浜崎あゆみやBoAを目指す中で「マイケル・ジャクソンやジョン・レノンのような世界平和を訴えることのできるアーティストになりたい」。熱い思いを抱いていた。当然、周囲とはまったく話が合わない。
やがて日本で平和研究を学べる体制が整っているという、ICUへの進学を希望するようになるが、父親は「大学なんていく必要がない」という考え。ピース・メッセンジャーへの道には「(ダンスを通じた)表現だけでなく、知識も身につける必要がある」。必死で説得の末、受験したのは難関のICU一校だけだった。
働きながら学費と生活費を賄った。
撮影:篠塚ようこ
入学後もお気楽なキャンパスライフとはいかない。父親の病気が発覚し、バリバリ働いていた母も更年期障害で体調を崩した。学費を折半してくれていた両親ともに頼ることができなくなる。帰国子女だらけの環境で、英語の勉強についていくのも必死だった。
「奨学金をもらうことは難しくて。自分で働いて学費と生活費を賄いながら、勉強しました」
家電量販店で携帯電話のキャンペーンガール、テレビ局のイベントコンパニオン、飲食店の接客と、掛け持ちバイトに奔走する日々。
周囲が就職活動を始める3年生の冬。「アルバイト先のテレビ局に受かると思って余裕をかましていた」が、 就職活動が本格化しようとしたちょうどその頃。
2011年3月11日、日本は東日本大震災に見舞われた。
社会に期待しない世代
今年6月に政府が策定した成長戦略「未来投資戦略2017」で、シェアリングエコノミーが重点施策の一つに据えられた。
シリコンバレー発の民泊Airbnbの日本上陸から3年。国内で知られるのはフリマアプリや民泊、ライドシェアくらいだが、実際には犬の預かり、引越し手伝い、子どもの預け合い、駐車場、料理などシェアの対象は実に多岐にわたる。
アンジュさんは現在、シェアリングエコノミー協会事務局渉外部長の立場で、政府に対し業界団体の提言をまとめたり、 内閣官房シェアリングエコノミー伝道師、 総務省のアドバイザーや厚生労働省委員として議論したりと、永田町・霞が関にも深く関わる。シェアエコの法整備化に向け、国と民間のパイプ役だ。
日本の若年層の将来への不安の強さは顕著だ。
平成29年版「消費者白書」(消費者庁)より
シェアリングエコノミーに強烈な可能性を感じたのは、生まれた時代もあるかもしれない。若者が車を買わない、お酒を飲まない、洋服にお金をかけないと言われて久しい。それをネガティブな事象のように語ることがそもそも違うと感じている。
「高度経済成長期やバブルを経験した世代と、全く知らない世代の物差しが、全然違う中で議論をしている感じがします」
今の20代にとって、経済成長は過去の幻だ。
「生まれたときから不況で、既存の社会に期待を持てない世代です。これから世の中が経済的によくなるとは、一切思えない」
持っている人が余っている分をシェアすることで、する側もされる側も潤う仕組み、それを実現するプラットフォームがシェアリングエコノミーだ。そこでは特別な技術や商品がなくとも、高齢者が自宅を民泊で開放したり、近所で時間や人手を貸しあったりという「つながり」に、SNSを介し誰でも参加が可能になる。
「シェアエコがもたらす最大の価値は、孤独からの解放だと思っています。単なる消費行動ではなく、誰かと分かち合う幸せを感じられるインフラです」
たとえ明日何もかも失っても
忘れられない言葉がある。
東日本大震災と福島第1原発事故で混乱する中で、自身も先行きの見えないまま就活を続けた。「起業家になる人も多いらしいと聞いて」、よく知らないままリクルートの扉を叩いた。最終面接で、子どもの頃から抱き続けてきた「ピース・メッセンジャーが目標」と語ったアンジュさんに、柏木斉社長(当時)はこう投げかけた。
「あなたは、この多くを失った日本でも、ゼロからやり始める人間にならなくてはいけないのではないですか」
その後、入社を決めたリクルートで大手法人営業を3年半。大企業の働き方の流儀も課題も目の当たりにし、「個人と企業が対等の社会を」と、フリーランスで働く個人と企業の仲介をするシェアエコのクラウドワークスに飛び込んだ。そこからは、シェアリングエコノミーの普及に全力を注ぐ。
経済がこれからよくなるとは一切、思えない。
撮影:今村拓馬
日本の国内総生産(GDP)は2010年には中国に追い抜かれ、依然、伸び悩む一方、未婚率は上がり続け少子化は止まらない。厚労省の調査では、働く人の4割が「解雇や倒産がいつ起こってもおかしくない」と感じている。かつての成功モデルは、かたちを大きく変えている。
銀行に預けた多額の貯金も、車も家も震災で破壊され、家族を失ったら何の意味もなさない。必死に長時間働いて貯めた貯金では「安心や幸せは買えない」と、大震災を経て多くの人が痛感したはずだ。
「たとえ明日日本で震災が起きて、何もかも失ったとしても、人々が生きていける社会をつくりたい。それができるのがシェアエコだと思っています」
そこで頼れる他者との結びつきやコミュニティーこそが現代の「資産」なのではないかと考える。
「どうして他の家族とは違うんだろう」
そう思った12歳の頃から15年以上の時を経た今、アンジュさんにとって両親は心から尊敬できる存在だ。「こうあるべき」という既存の物差しでは、バラバラになって見えた「家族」も、やっぱりかたちを変えて続いている。
働き方も、家族のかたちも、経済のあり方も、既存の指標にとらわれる必要などない。
大量生産大量消費の時代を超え、シェアリングエコノミーが活きる社会では「GDPでは計測不能な本質的な豊かさを追求し、新たな幸せの指標をつくっていける」。そう信じている。
石山アンジュ: 1989年生まれ。国際基督教大(ICU)卒。内閣官房シェアリングエコノミー伝道師。「シェアガール」の肩書で、シェアリングエコノミーを通じた新しいライフスタイルを提案。一般社団法人シェアリングエコノミー協会事務局渉外部長、クラウドワークス経営企画室など複数の名刺で活動。総務省地域情報化アドバイザー、厚生労働省委員も務める。