性善説ビジネス成立しない中国で「信用」広めたモビリティー革命

北京の治水は極めて悪い。激しい雨が降るとわずか数十分で街中が水で溢れかえる。雨で厄介なのは歩きにくくなるだけではない。タクシー数が激減し「タクシー難民」が大量発生する。

なぜ書き入れ時の雨の日にタクシー数が減るのか。一般庶民が住む「小区」と呼ばれる団地では、駐車場が少ないため路肩に多くの車が停めてあり走りにくい。街灯も少なく暗い上に雨で視界が悪くなる。ある運転手は「雨の日に小区に入ってぶつけるリスクを考えると、家で休んだ方がマシ」とぼやいていた。

この問題を解決したのが、配車アプリ「滴滴出行(ディディ・チューシン) 」だ。

渋滞中の道路脇を自転車に乗って通り過ぎる男性。

北京ではタクシーを呼ぶのに滴滴出行を使うのが日常になった。シェア自転車と配車アプリで足回りの利便性は格段に上がった。

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シャツにネクタイ姿の運転手

規制産業であるタクシーの乗車料金は地方ごとに定められており、独断で価格を設定できない。北京の初乗り運賃は13元(約218円)、1キロごとに2.3元(約39円)加算される。理論的には、需要と供給のバランスで価格は決まるが、規制によって価格の調整ができない場合、需給間に不均衡が生まれる。滴滴出行はここに目を付けた。もともとの料金は変えられないが、どうしても乗りたい場合は追加料金を払えるシステムを作ったのだ。

滴滴出行にはタクシーの配車サービス以外にも、マイカーを使って有料送迎を行なうライドシェアサービス「専車」もある。

滴滴出行の画面

「滴滴出行」のアプリで、実際に車を手配するときの画面。マップ上に車両の現在位置が表示されている。

滴滴出行

私も何度か乗ったことがあるが、何といってもサービスが素晴らしい。タクシーよりも数段グレードの高い車の後部座席には無料のミネラルウォーターが用意してある。シャツにネクタイ姿できめた運転手の対応も極めて丁寧だ。中国語が達者な某日本企業の駐在員は、「価格は普通のタクシーよりも割高だが、サービスの良さを考えるとお得。今は『専車』しか使っていない」という。

サービスの質の高さは滴滴出行が担保している。「専車」の運転手になるには訓練を受け試験に合格する必要があり、月に1度講習会に招集されるという。最近乗った際には「専車」専属の運転手だったが、本職を別に持つ兼業の運転手も多いそうだ。

「専車」以外にも、顧客のニーズに応じて細やかなタイプのサービスを提供している。例えば「快車」は、車種やドライバーに対する要求が専車よりも低いがその分運賃も安くなる。また、自分が出勤時などで通るルート上でついでに乗せる「順風車」もある。これら全てのサービスに滴滴出行のアプリ一つでアクセスできる。

ライドシェアは「合法的白タク」ともいえるが、このサービスが始まったことで、社会問題となっていた違法白タクは激減した。

ウーバーも飲みこむ巨人

中国での配車サービス市場は2013年頃から急拡大し、多くの企業が参入し激しい競争が繰り広げられた。中でも圧倒的な存在感を放ったのが、騰訊(テンセント)が出資する「滴滴打車」とアリババの「快的打車」だった。

市場シェアを獲得するために、ドライバーには助成金を配り、乗客には割引料金を適用し、実質的な値引き競争が繰り広げられた。結局勝敗がつかず、2015年2月に両者が合併し「滴滴出行」が誕生した。

この合併で残された大手は米ウーバーテクノロジーズの中国事業「優歩」のみに。アリババ・テンセント連合である滴滴出行は、その圧倒的な資金力とスマホ決済という巨大なプラットフォームを武器に市場シェアを更に拡大。優歩は年間10億ドル以上の資金を投じたものの、巨人の牙城を崩せず、2016年8月に滴滴出行に買収された。

その滴滴出行のアプリのトップページに最近、タクシーや「専車」などと並んで新しいサービス項目が追加された。シェア自転車の「ofo(小黄車)」だ。

シェア自転車でも2巨頭が激突

2016年9月、入学式直後の対外経済貿易大学のキャンパスが黄色に染まった。数百台のofo自転車が一気に配置されたのだ。その後、市内の大学を拠点に急速に規模を拡大していった。北京でよく見かけるもう一つのシェア自転車がオレンジ色の「モバイク(摩拝単車)」だ。

シェア自転車に乗って天安門広場を横切る人々

北京にはofo(黄)とモバイク(オレンジ)のシェア自転車が溢れている。

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シェア自転車でも、配車アプリの時のように2大巨頭による激戦が繰り広げられている。モバイクはテンセント、ofoはアリババが支援。シェア獲得のために、ここでも割引合戦が繰り広げられている。他にもいくつかの会社が参入しているが、北京の自転車は黄色とオレンジ色ばかりになってしまった。今では「外売」の電動バイクと共に北京の街を彩っている。「2016年シェア自転車市場研究報告」(BigData-Research調べ)によると、市場シェア率は、ofoが51.2%、モバイクが40.1%と、この2大アプリで9割以上を占めている。

同報告はさらに、2016年に1886万人に達したシェア自転車ユーザーは、2019年には1億人を超えると予測する。私が初めて北京を訪れた1990年代は自転車が「龍」のように連なって走っているのを目の当たりにして驚いたが、それをほうふつとさせる光景が北京の至る所で再び見られるようになった。

今では私もその「龍」の一部だ。私の住まいから大学まで約キロ。歩くと約20分はかかるが、自転車だと5分。シェア自転車は、私にとってなくてはならない存在となった。

爆発的普及の背景にあるのが、その利便性だ。アプリをダウンロードし登録してデポジットさえ払えばすぐにサービスを受けられる。開錠や決済もスマホ一つで完了。専用ポートもなく駐輪禁止区域でなければどこでも乗り捨て可能だ。

滴滴出行によってタクシー乗車が便利になったとはいえ、庶民の足は依然としてバスや地下鉄だ。北京の街は1ブロックが大きく、最寄駅から家まで歩くと遠いがタクシーに乗るには近すぎる。そのため駅前に蔓延していたのが違法輪タクだ。暴走運転や整備不良などによる事故が問題だったが、シェア自転車の出現により駅前の違法輪タクは激減した。

ポイントゼロでアカウント凍結

滴滴出行やシェア自転車のアプリにも利用者の信用を担保する機能がしっかりと搭載されている。

滴滴出行には、アプリ上でマッチングした後、タクシーが別の乗客を捕まえて現場に来なかったり、乗客が別のタクシーを拾ったりといった信用問題が起こると、相手を通報できる機能がある。通報されるとそれぞれの信用評価が一気に下がる。また、運転手と乗客の相互評価システムがあり、我々乗客は支払い後に運転手を5つ星で評価する。

評価が高い乗客には、タクシーが少ない状況でも、優先的に配車してくれる。評価が高いドライバーには、長距離客などパフォーマンスの良い仕事が優先的に回ってくる。逆に、評価低いとなかなか仕事を得ることができず、収入に大きな差が出てくるという。

シェア自転車でもユーザーの信用度合いによって追加料金がかかる場合がある。例えば、モバイクでは登録時の信用ポイントは100からスタートし、1回乗車するごとに1ポイントずつ増加する。また、故障や違反者を通報しても1ポイント付与される。逆に、鍵をかけ忘れたら15ポイント、違法駐輪の場合は20ポイントの減点となる。勝手に自分のカギをかけたり、車両を改造したりすると一気に0ポイントまで落とされる。

信用ポイントが80を下回ると、30分ごとに0.5元または1元(約8円または約16円)の通常料金に、30分ごとに100元(約1675円)の追加料金が課され、実質的に使えなくなる。0ポイントになるとアカウントは凍結され使用できなくなる。

シェア自転車が乗り捨てられている様子

最近ではシェア自転車が乱雑に乗り捨てられ、通行の妨げになっている。

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実は、サービス開始直後のofoのシステムでは信用の担保が不十分で、私の家の周りには個人のカギがかけられた黄色の自転車が散乱していた。中国ビジネスは「性善説」の上には成り立たないのだ。

1万円という「紙切れ」は、1万円の価値があると利用者に信用されているから1万円として流通している。信用は現代経済の基礎を担っており、市場経済はまさしく信用経済である。

ユーザーからの信用こそが企業発展の礎だ。今夏、モバイクが日本法人を設立し北海道札幌で運営を発表した。日本のユーザーの利便性向上が期待される一方、違法駐輪や個人情報の保護といった課題も指摘されている。

企業の透明性を高め、日本人ユーザーの「信用」を勝ち得ることができるか。中国発イノベーションの海外挑戦が始まった。


西村友作+BillionBeats:対外経済貿易大学副教授・西村友作と、ソーシャルプロジェクト・BillionBeatsによる、取材、調査、執筆チーム。BillionBeatsはニュースで報じられない中国人のストーリーを集積するソーシャルプロジェクトで、西村はその運営パートナー。2010年、中国の経済金融系重点大学である対外経済貿易大学で経済学博士号取得。2013年より現職。日本銀行北京事務所客員研究員。専門は中国経済・金融。

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