「Eコマースはアマゾン一人勝ち」と思い込むのは大間違いだ —— シリコンバレーECベンチャー最前線

EC(電子商取引)の巨人・アマゾンの勢いが止まらない。

レジレスの実験店舗「Amazon Go」はまだ社員限定利用のままだが、米高級スーパー大手のホールフーズの買収は、すでにホールフーズ実店舗の商品価格の低価格化などの形で日常の風景を変え始めた。

ECのみならず、音声AIプラットフォームの“標準”に最も近い位置にいる「Amazon Alexa」のアメリカでの浸透を見れば、「小売り向けデジタルコマースのほとんどすべてをアマゾンが支配する 」 という世界を想像しないことの方が難しい。

しかし、「アマゾン一人勝ちですべてが決着する、と考えるのはあまりにも早合点だ」と指摘する人物がいる。Business Insiderの記事「『メルカリうまい、トヨタ存在感なし』なぜ日本企業はシリコンバレーで失敗するのか 」の鋭い指摘が話題を呼んだ、元・米Yahoo! Vice Presidentで、シリコンバレー界隈のスタートアップ企業に詳しい奥本直子氏と、渡辺千賀氏だ。

渡辺氏と奥本氏

左から渡辺千賀氏、奥本直子氏。

奥本直子

米マイクロソフトなどを経て、米Yahoo!本社にてインターナショナルプロダクト&ビジネスマネジメント部門のバイスプレジデントとしてYahoo! Japan、Yahoo!7を担当。 2014年より、ベンチャー・キャピタルのWiLの創業に参画。2017年に独立し、Blueshift Global Partnersに参加。

渡辺千賀

三菱商事の営業部門に女性初の総合職として入社。米国ベンチャーへの投資に携わるなどしたのち、 マッキンゼーで大手電機メーカーのインターネット戦略などを手がけた。 現MITメディアラボ所長の伊藤穰一氏のもと、ベンチャーの投資・育成に従事した経験もある。2000年に渡米し、Blueshift Global Partnersを創業。

巨額買収でウォルマートがEC版「アベンジャーズ」を作りはじめた

コムスコアの調査によると、2010年(第4四半期)にはEC全体の3.6%にすぎなかったモバイルコマースは、2016年同期にはEC全体の20.8%にまで拡大した。モバイルコマースの増加率は、2015/2016の前年同期比で45%増。拡大の勢いは一向に止まりそうにない。

ECの世界をシリコンバレーのベンチャーキャピタリスト(VC)たちはどう見ているのだろうか?

小売りの世界では、巨大量販チェーン vs. アマゾンの構図がある。言わば、旧勢力 vs. 新勢力だ。EC開発に力を注ぐ量販チェーンの代表格として挙げられるウォルマートは、近年、EC関連スタートアップの買収攻勢を続けてきた。特にこの1年ほどは1000億円級の超大型買収を怒涛の勢いで進めている

walmart

渡辺氏はこの動きを、「基本的にウォルマートには、このままではアマゾンに勝てない、という発想がある」と語る。

「ECの開発チームをシリコンバレーで育てる目的で、これまでも積極的な買収はしていました。ただ、その対象はアマゾン出身者がつくったような10人未満のベンチャーが中心。事業ではなく人材目的の買収、いわゆるアクハイアです。そうした人たちを核とする2000人規模の“ウォルマート開発チーム”が、実はシリコンバレーにある。ところが、彼らが明らかにモードを変えて、数百〜1000億円規模の企業買収を始めた、というのがこの1年の話です」

渡辺氏はウォルマートの態度変化を「2000人の開発チームを組織しても、なかなかAmazonに勝つ“桁”が作り出せない、追いつけない。だから、“次のアマゾン”を作るかもしれない起業家を手に入れる、と言う買収を始めたのではないか」と予想する。要するに、ウォルマートの戦い方は、スーパー起業家を集めてドリームチームを作ろうという、「EC版アベンジャーズ」のように見える。

※アベンジャーズ:マーベルコミック原作のハリウッド映画シリーズ。コミックのスーパーヒーローたちがチームを組んで巨悪と戦う作品。

2010年から2016年の間に、アマゾンのアメリカ市場でのセールスは160億ドルから800億ドルまで4倍以上も伸びました。一方でアメリカでECに潤沢な資本投下をしている“小売りの二大勢力”、ウォルマートとノードストローム(大手百貨店チェーン)はどうなったか。彼らがあれだけやっても、売上は頭打ちが見えてきているんです。“これが既存の小売りチェーンの限界ではないか”という見方が業界に浸透してきた感は否めない」(渡辺氏)

「ヨドバシの棚」が従量課金のネット広告になる日

「小売り系勢力の限界」が見えてきた一方で、EC市場の台風の目を狙うベンチャーは、雨後の筍のように台頭してきている。なぜなら、量販店のような小売りはアマゾンが支配する可能性は高いかもしれないが、EC全体の0.1%でもとれるビジネスが創出できれば、巨大なビジネスになるからだ。そして、そうした「ECのスキマ」は実はたくさんある。

シリコンバレーのベンチャー企業が挑む新しいEC関連ビジネスのフィールドには、「10年後のECビジネス」を考える大きなヒントがあると、奥本氏はいう。

IT技術の発展によって、ネット広告の仕組みを実店舗に適用するという新種のリアル店舗も現れた。渡辺氏が「要注目」の1社として挙げるのが、IT製品の小売り店舗のベンチャー「b8ta」(ベイタ)だ。

b8taのパロアルト店

b8taのパロアルト店。b8taは店舗のほか、大手量販Lowe's内3店舗に「Smart Spot」のブランドで家電コーナーを出展している。

b8ta

b8taのリアル店舗はサンフランシスコ近郊のパロアルトやシアトルなど5店舗展開。Webサイトによれば近々サンフランシスコにも店舗を構える予定がある。b8taのビジネスの特徴は、ショールームの展示は基本的に「広告」であるという位置づけのもと、従量課金(!)というシステムをとっているということだ。この仕組みは、Web広告の仕組みとまったく同じだ。よく見られる場所は価格が高く、見られない場所は安い。そして来店客の視線を集めた分だけ課金する、というようなモデルだ。

b8taのビジネスモデルはうまくいくのか?という声もある。しかし、重要なのはそこではなく「人の行動や、感情を計測する技術」は既に実現可能だということだ(事実、観客の感情を数値計測する実証実験は、国内でもマイクロソフトとエイベックスが、マイクロソフトのクラウドAzureの認知AI技術を使って公にテストをしている)。

有望ECベンチャーが狙う「ミレニアル世代」ビジネス

近年、小売り業界の次のキーワードとして浸透しはじめた、2000年以降に成人した世代=ミレニアル世代。このキーワードが事業展開の鍵になっているファッションECもある。

ドレスなどの高級ブランド服を月額139ドル定額でネットレンタルできる「Rent the Runway」(以下RTR)だ。小売り店舗との相性が悪そうなレンタル業態であるのに、驚くことに高級百貨店ニーマン・マーカスの中にRTRが出店しているケースが出てきているのだ。

Rent the Runway

Rent the Runwayのサンフランシスコ店。ユニオンスクエア脇のニーマン・マーカスの最上階に入っている。この店舗では、試着・引き取り・返却・交換などのサービスが受けられる。

Rent the Runway

1着数万〜数十万するようなブランド服を「レンタル」する店を百貨店の中に置くのは、素人目には自殺行為にみえる。しかし、実際にはむしろシナジー効果があったのだと、渡辺氏はいう。

「ポイントは“年齢”なんですよ。ニーマン・マーカスの平均年齢は50歳超である一方で、RTRは29歳。ミレニアル世代であり、顧客層としてまったく被らない」

ニーマン・マーカスの狙いは、RTRで服を試着しに来店したミレニアル世代客に、“ついで買い”でカバンや靴を売ることなのだ。そのため、サンフランシスコにあるニーマン・マーカスの店舗では、RTRを最上階に入れている。

冷静に考えれば想像できるように、レンタルという業態になることで、20万円するようなジャケットを「着てみたい」という需要が確実に増えることだ。ブランド側としても、一定の富裕層しか買えなかった高級服の販売数が確実に増えることになる。結果として「シェアリング経済が高級服市場全体を広げる」ことに一役買っている。

日本未上陸の「オンライン店舗向けファイナンス」

まだ日本では見かけない業態としては、オンラインショップ向けのBtoBのファイナンスベンチャーもある。「Affirm(アファーム)」や「Zibby(ジビー)」などが一例だが、似たベンチャーは他にもたくさんある、と奥本氏は言う。

affirm

Affirmの公式サイトより。オンラインのホームストア「wayfair」の例では、支払い方法としてAffirmがごく自然にサイト内に組み込まれている。

Affirm

「Affirm」は、商品の購入希望客に、クレジットカードを持てない人にも、審査時間30秒というスピードで分割払い機能を提供するサービス。与信の手法がいかにもベンチャー的で、SNSの情報や、個人情報をビッグデータ解析した独自の与信データベースを構築し、審査を行なっている。

もう一方の「Zibby」は、払い終わるまでは商品がリース扱いになる分割払いサービス。つまり、途中で分割代金(リース代)が支払えなくなったら返品すれば良いという考え方だ。リース文化がそもそも定着しているアメリカならではの考え方だ。それにしても、リース代が払えなくなって車がなくなるよりも、家に帰ったらベッドがなくなってた、と言う方が辛い。

こうしたEC向けのファイナンスベンチャーの存在が示しているのは、EC経済圏で成立するのは、何も物販やレンタルだけではない、という考えてみれば当たり前の事実だ。

たとえば、中古品の買取や委託販売を仲介するC to CとECの中間のような業態もある。聞けば、シリコンバレー界隈には、掘り返すとまだまだ日本には上陸していない業態がいくつもある。そのなかには、日本にも適用できるビジネスモデルも複数ある。

アマゾンが世界を覆い尽くしても、スキマはなくならない。だから、ECビジネスを考えるならアマゾンとは戦わない「勝ち方」を考えるべきなのだ。


編集部からのお知らせ:

長年のシリコンバレー在住経験から語られる渡辺千賀氏と奥本直子氏のトークは、シリコンバレー事情通であるだけでなく、聞いたこともない話ばかりであまりに面白く、知見に満ちています。そこで今回、お二人を招いて、シリコンバレーのEC最新事情を語る少人数型ビジネス交流イベントの開催を決定しました。

日時は、9月25日(月)19:00〜、場所はBusiness Insider Japan編集部が位置する渋谷のイベントスペース「BOOK LAB TOKYO」。イベントの参加募集は本日から開始します。参加費は3000円(1ドリンク付き)です。

ご興味のある方は、ぜひ下記のPeatixのイベントページからご登録ください。

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