4年目迎えるソニーの新規事業「SAP」問われる実績 —— 「wena wrist」「toio」の先には何がある?

ソニー本社

ソニー本社

提供:ソニー

ソニーは2014年より、社内公募を軸に据えた新規事業創出プログラム「Seed Acceleration Program(通称SAP)」を展開している。3年にわたる活動で誕生した新規事業(製品)はテレビやWebメディアなどで注目を集めてきた。

ソニーは「新しいものを作る」ことを消費者から求められる企業だ。新規事業を展開する以上、「よりユニーク」なものを「立て続けに」出すこと必要がなる。

4年目を迎える2017年、SAPはヨーロッパからも公募をスタートした。彼らはどんなゴールを目指しているのだろうか。SAPを統括する、ソニー・新規事業プラットフォーム新規事業創出部統括部長の小田島伸至氏に聞いた。

ヨーロッパでは展開するがアメリカではあえて「やらない」

小田島氏

ソニー・新規事業プラットフォーム 新規事業創出部 統括部長の小田島伸至氏。

撮影:西田宗千佳

SAPで事業化を目指すプロジェクトの多くは、ソニー社内で行われる企画オーディションを経て選ばれる。通信機能を時計のバンドに埋め込み、どんな時計でも「スマートウォッチ」にしてしまう「wena wrist」、香りのウォークマン「AROMASTIC」、そして、ロボットを「工作」して楽しむトイプラットフォーム「toio」。

SAPは、これまでに12のアイデアを製品につなげている。どれもソニーが持つ既存の事業領域とは異なるものばかりだ。事業部の中では内容的にも、ビジネス規模的にも(市場がまだ十分に大きくないため)扱いきれないが、将来的なビジネスの可能性があるプランを実現するのが、SAPの役割だ。

SAP事業から生まれた製品などの主要一覧

SAP事業から生まれた製品などの主要一覧

制作:Business Insider Japan

ソニーのおもちゃ、toio

「ソニーのおもちゃ」というキャッチフレーズでデビューした知育玩具「toio」。SAPから生まれた最新の製品だ。

撮影:伊藤有

これまでは日本のみでオーディションが行われてきたが、2016年4月、スウェーデンのルンドに「SAPヨーロッパ」という組織が作られ、ヨーロッパ地域にあるソニーの拠点に所属する人々からも、新しい事業のアイデアが募集されることになった。

今回、SAPヨーロッパ第一弾のプロジェクトとして公開されたのが「Nimway」(ニムウェイ)と名付けられた、スマートオフィスを実現する仕組みだ。Nimwayはオフィス内に設置したカメラやBluetoothモジュールを活用し、スマートフォンを持った社員の現在位置や、次に使う会議室はどこなのかを素早く指示できるソリューションだ。単独の機器で実現するものではなく、オフィス向けにシステム納入する「B2B」モデルの製品になる。

Nimway

SAPヨーロッパが展開する第一弾プロジェクト「Nimway」。Bluetoothスマートフォンによって個人の位置を把握し、スマートオフィスを実現する。主に200名以上のスタッフを抱えるオフィス向けのB2Bビジネスだ。

提供:ソニー

Nimway

Nimwayの画面のイメージ。人がどこにいるのかがわかるようになっている。社内向けシステムだ。

提供:ソニー

ヨーロッパ展開について、統括部長の小田島氏は次のように語る。

小田島:解決すべき課題の先にビジネスの可能性がある……という発想そのものは、どこでも同じです。しかし、アプローチは多少異なります。比較してみると、ヨーロッパから提案されるプランの方がロジカルで、最初から事業のアイデアができている印象が強いです。それに比べると、日本から提案されるものは「これが作りたい!」というモノや技術にこだわったものが多い。ですから、ダメだしされてもなかなか諦めません。一方ヨーロッパは、そこで無理はしないですね。

日本・ヨーロッパで展開するとなると、次に来るのは「アメリカ」……というイメージになる。しかし、「SAPアメリカ」を作る意思は当面持っていない、という。

小田島:アメリカ、特に西海岸はスタートアップの本場的な場所です。あまりに数が多く、レッドオーシャン。また、ベンチャーキャピタルから多額の資金を集めて大きな事業に育てて……という部分が大きすぎて、(将来の事業のシード(種)をつくるという)SAPがやろうとしていることとは違います。ですから、SAPアメリカをやる時期ではない……と考えています。

ソニーが持つ、「10を100にする」能力を活かす

FirstFlight

ソニーのクラウドファンディング「First Flight」。SAPの情報発信サイトとしての役割も持つ。

小田島:ソニーの中には、量産やサポートなどのノウハウがたくさんあります。「10を100にする能力」には長けているといってもいい。量産やサポートなどについては、ソニーが持つものをうまく活かす形で進めます。モノ作りについては日本にたくさんの知見と人材がいますので、ヨーロッパの案件でも日本からサポートします。逆にソフト開発については、ルンド(スウェーデン)でサポートできます。ルンドは元々、ソニーモバイルのR&D(開発)部隊がいるところですので。

新しい事業を興すことは、別に大企業の中にいなくてもできる。だが、SAPはあえてソニーという大企業の「社内にあるリソースを活かす」ことが前提になっている。これが他のスタートアップ企業との差別化でもあり、重要な点だと小田島氏は言う。単にスタートアップ的なことをやりたいのではなく、「スタートアップにはできないことをスタートアップに近い速度でやる」のが狙いだからだ。

小田島:スウェーデンはスタートアップビジネスが盛んです。彼らと話しても「大企業のリソースは重要」と言われます。問題は、大企業だと動きが鈍く、やりたいことが実現できないことです。それが解決できるなら、可能性は広がります。外部の企業からは、SAPに「共同ビジネスの提案」が多数寄せられます。結局その多くは、ソニーのもつ「10を100にする力」に期待してのものなんです。

問われるソニーにとっての事業価値

SAPは新しいものを生み出す場所だ。ただ、そこで出てくる事業は、ウォークマンやプレイステーションのような大ヒットにはなっていない。「もちろん、大ヒットは毎回狙っている」(小田島氏)というが、すぐにヒットするわけではない小粒な分野だからこそ、既存の事業部から独立しているSAPでやる意味がある……とも言える。ある種のジレンマだ。

「それぞれの事業は、整数倍のペースで非常に良く伸びている」(小田島氏)とはいうものの、まだ、数十万・数百万台を売れるほど事業規模が大きくはないため、現状、売上面で、ソニーの業績に直接的に大きな影響を与えていない。だから、SAPは外部から見て、よくわからない。即効性のある改革に見えず、ある証券アナリストは「趣味のようだ」と切り捨てる。その疑問にはどう答えるのか。

小田島:まだお話できませんが、SAPで育てた事業を、既存の事業部側が「引き取りたい」という事例も増えてきています。ここから「SAP卒業生」といえるチームが増えてきます。一方で、今後もSAPが役割を果たし続けるには、それだけ「ネタ」を仕入れて、次々とバトンを受け渡していけるようにしていきます。

すなわち、SAPが単なる「独立部隊」ではなくなり、事業を生み出す文字通りの「インキュベーション」の役割が回り始めている……ということのようだ。それが確かならば、ソニーにとっては数字よりも「地盤強化」という意味で重要な要素だろう。

4年目を迎え新たなフェーズに入ったSAP。今後は、事業的価値を問う人々からの「ソニーは何のためにSAPを推進するのか?」の疑問に一層明確に答えていかねばならない。ビッグヒットを出して新生ソニーのPR的役割から解放されること、あるいは地道に続けて「卒業生の数」で知らしめること。目新しさだけではない、目に見える成果で示すことができるかどうかが、問われている。


西田宗千佳: フリージャーナリスト。得意ジャンルはパソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」「ソニー復興の劇薬」「ネットフリックスの時代」「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」など 。

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