小泉進次郎が「三度目の正直」で破った男 ——吉田前横須賀市長が訴えたかった「人口減は不幸ではない」

人口約40万人の中規模都市にもかかわらず、神奈川県横須賀市長選はこの8年、全国的な注目を集めてきた。2009年、純一郎氏と進次郎氏の「小泉父子」が地盤とする地に、吉田雄人氏(41)が無所属で立候補して以後、「吉田氏対小泉家」の戦いは、圧倒的な知名度を誇る小泉家が2連敗を喫してきたからだ。

3度目の対決は今年6月25日に投開票された。上地克明候補の選対本部最高顧問に就いた進次郎氏は、自民党本部の国政選挙並みの支援も受け、「三度目の正直」で吉田氏を下した。

元首相の純一郎氏、そして首相候補と目される進次郎父子と戦い続けた吉田氏に、「上地氏の選挙でなく進次郎氏の選挙」と称された戦いでかすんでしまった地方行政の課題や、選挙戦に対する「胸中」を聞いた。

軍艦をバックに写る吉田氏

「基地の街」横須賀市で2期8年市長を務めた吉田雄人氏。

基地のイメージで全国最多の転出超過

Business Insider Japan(以下、BI): 横須賀市長選の最大の争点になったのは、「人口減少」でした。横須賀市の人口は、1992年5月の43万7170人をピークに減少の一途をたどり、2013年には転出超過数で全国最多となりました。全国で最も人口減が進む自治体として話題になりましたね。

吉田氏:人口減には、死亡数が出生数を上回る「自然減」と、転出超過の「社会減」があり、横須賀市がクローズアップされたのは「社会減」の方です。横須賀市の転出者数は、神奈川県の他自治体と比較してもそれほど多いわけではなく、問題は転入の少なさでした。背景には基地の街というイメージが治安や教育環境への不安につながっていたことと、企業の撤退で、働く場が減っていることがありました

「基地の街」という事実は変えられませんから、市長在任時には、そのイメージをポジティブなものに転換するよう努めました。米海軍基地内の大学への留学制度をつくったり、市立小中高等学校全校にネイティブスピーカーを配置するなど、英語教育に強い街づくりはその一例です。また「海軍カレー」「海上自衛隊カレー」のブランド化など、基地を生かした観光施策も打ち出しました。その他に子育て支援、働く場づくりと、市一丸となって取り組んできました。

BI:人口減は吉田さんが市長に就任する前から四半世紀続いていました。自分の任期中に止められるという自信はありましたか。

吉田氏:2期8年で方向性をつくれました。あと4年あれば転出超過をゼロにできるという手ごたえを感じていました。だから、3期目を目指したわけで、道半ばという思いはあります。

一方で、日本全体が人口減少時代に入っているため、社会減をゼロにしても、自然減の流れは変えられません。今の日本で人口が増えているのは東京23区や一部大都市だけで、大半の自治体は人口が減っています。各自治体とも危機感を持っていますが、全体が減る中では奪い合いを続けるしかありません。

どぶ板通り

ミリタリーショップ、土産屋、外人バーやレストランなどが軒を並べ、日本とアメリカの雰囲気が融合する横須賀市中心部のどぶ板通り商店街。

私も市長在任中は、「人口減対策は最優先課題」と、先頭に立ってきました。しかし心の中では、人口減を現実として受け止め、今住んでいる人々の暮らしの質を上げていくことに議論を転換していく必要があると感じていました。立場上それを口にするわけにはいきませんでしたが。

BI:人口が減れば、若い人も減り、地域の活気は失われませんか。

吉田氏:それは若い人の視点ですよ。労働者が減れば自治体の税収にはマイナスですが、若い人がいないと街が成り立たないわけではありません。例えば横須賀市のグリーンハイツという団地は、市内で最も高齢化が進み、高齢化率は約50%に達します。しかしそこに住む人々は互いに支え合い、自分たちで資金を集めてイベントを開くなど、生き生きと生活しています。

横須賀市民にとって、人口が40万人を切るのは衝撃的に映るかもしれません。しかしそうなったとして、人の幸福度が低下するわけではありません。人口という数字に一喜一憂する考え方を改め、シニアがにぎわいを創出する街づくりの可能性を議論する時期ではないでしょうか。

経済活性化を主導するのは行政ではなく民間

BI:経済活性化についてはどうですか? 景気回復の実感がない中、横須賀市に限らず、国・地方を問わず経済活性化対策は選挙の争点になります。

吉田氏:経済活性化を非常に期待されているのは強く感じていました。確かに企業誘致はトップセールスが効果的で、やるべきです。

ただ、公共投資など雇用に直結する政策は国の領域で、景気に左右されない産業政策を打ちなさいと地方自治体に言われても難しいです。そもそも、自分で金儲けをしたことがない行政職員に経済活性化を求められても限界があります。

本来、街のにぎわいを生み出す取り組みは民間主導でやるべきことです(声が小さくなる)。こういうことは、在任中には絶対言えなかったことですが、今後、地方行政の役割について、少しずつ発信していきたいです。

BI:吉田さんが考える、地方行政が担うべきこととは何でしょう。

吉田氏:最も重要なのは、命に関わる部分です。ビジネスとして成立する分野は、民間が参入しますが、儲けられない分野は見落とされます。

例えば、生活保護を担当している課長の席の後ろにあるロッカーには、引き取り手のない遺骨がたくさん保管されています。横須賀市は主に一人暮らしの高齢者を対象に没後相談を実施しており、自治体として初めて、終活サポートを制度化しました。元気なうちに、葬儀や墓など、死後の段取りを取り決めておくのです。実際に葬儀を行うのは民間会社ですが、行政が入ることで安心を担保し、価格も他の民間事業者に比べて割安になっています。

また少子高齢化、人口減社会=多死社会です。今後、死亡する人は増加基調が続きますが、病院は増えません。問題意識を持つ医師を中心に、在宅での看取りに取り組み、横須賀市は2015年、在宅看取り率で日本一になりました(人口20万人以上の自治体対象)。

2勝1敗……大変だった小泉家との戦い

BI:市長選は最初の出馬から小泉家が推す候補者との対決でした。今回は事実上、小泉進次郎氏との戦いでしたね。

吉田氏:選挙はまあ、大変でしたね。選挙用の広報紙に、両手を広げたポーズで写りましたが、「脇が甘い」と批判の的になったり。良かれと思ってやったことでもなんでも、攻撃の材料にされる感じでした。

小泉進次郎

横須賀市を地盤とする小泉進次郎氏。市長選では自身の選挙以上に地元に張り付いた。

REUTERS/Issei Kato

横須賀市は、長年にわたって官僚出身者が市長に就いていました。そこに私が無所属で出馬したわけです。けれど、私の政策と、進次郎氏や自民党が支援する候補者のそれは、大きな違いはなかったと思います。だから、どうして協力して一緒にやれないのかなという思いはありました。

BI:8年市長を務めましたが、まだ41歳です。今後のプランは。

吉田氏:政治は一区切り。今後は、ボランティアベースで、行政が手掛けづらい分野に関わりたいです。

一つは、児童養護施設や少年院の退所者の自立支援です。特に少年院は国の管轄で、市長時代になかなか手が届きませんでした。少年時代の犯罪は、自分ではどうにもならない周囲の環境が影響していることも少なくありません。自立する準備ができないまま社会に放り出され、道を誤るケースも多々あります。古くからの友人がこういう子どもたちを支援しているので、手伝うつもりです。

もう一つは、里山再生。「里山資本主義」の著者、藻谷浩介氏らがアドバイザーを務める里山資本主義コンソーシアムの発起人メンバーにも名を連ねています。

BI:吉田さんは27歳で市議に、33歳で市長になりました。若い人たちへのメッセージはありますか。

吉田氏:若い人には国や自分が住む地域の将来を真剣に考えてほしいですね。まさに自分たちの問題ですから。今後、公共政策に関心がある若い人を対象に、地域や行政の課題を学び、議論をするような10人前後のゼミを主宰しようと考えています。特に若手公務員や大学生の参加を期待しています。


吉田雄人(よしだゆうと):1975年12月生まれ。早稲田大学政治学研究科修了。アクセンチュア、横須賀市議を経て2009年7月から2017年7月まで横須賀市長。

(撮影:今村拓馬 )

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