コロンビア大学の学生寮で友達を招待して始めた小さなサパークラブ、Pith。その評判が瞬く間に広まり、ニューヨーク・タイムズやウォール・ストリート・ジャーナルといった大手メディアに次々と取り上げられ、有名レストランからのスカウトや投資のオファーまで受けるも、卒業後選んだ道は「フリーランス・シェフ」。
ジョナ・レイダー、23歳。2年前から「学生寮のシェフ」としてメディアで注目を集めるように。
撮影:西山里緒
いまはブルックリンにある推定数億円の豪邸に居候しながら、その家を訪れるさまざまなゲストにディナーを振る舞う。今まで彼と一緒にプロジェクトで組んだ相手はグーグル、イヴ・サンローラン、マレーシア政府など。予約リストに並ぶ名前は4000人以上—— 。
そんな現代のおとぎ話を体現しているのが、23歳のジョナ・レイダーだ。
なぜいま、彼はこんなにも多くの人の支持を集めるのか? 今回、東京で開催されたソーシャル・ダイニングとトークイベントのために来日した彼を取材した。
食事前に庭でハーブ摘みの手伝い
東京で行われたソーシャル・ダイニングの様子。料理には日本でとれた食材を使用している。
撮影:yuki nobuhara
「僕より料理がうまいシェフはたくさんいるけど、インテリアや照明やテーブルセット、BGM、ウェイターの服装にまで、僕ほどこだわれるシェフは、そう多くないんじゃないかな」
自身のサパークラブとほかのレストランの違いを指して、彼はこう話す。
ゲストを公平に扱うために、値段は基本的に一律95ドル(約1万400円)。ディナーの席は10人ほどで、違うグループの人たちが同じ食卓を囲むこともよくある。食事の前にゲストに庭でハーブ摘みを手伝ってもらうこともあるという。「まったく背景が違う人が言葉を交わしてつながりあう」瞬間を大切にしているからだ。
ジョナは料理をしているときも、ゲストの会話に耳を傾けているという。
撮影:yuki nobuhara
「高級レストランは堅苦しくて、周りにいる人たちとカジュアルに会話することもできない。それに、払ったお金に見合うよう、『料理を』楽しまないといけない、と思わされる。本当は『その時間を』楽しむことが一番大切なのに」
出される料理に高級感はあるけれど、雰囲気はアットホームになるよう、空間づくりにも気を配る。一回一回の食事の「体験」を大切にしているため、同じようなディナーになることは一度としてない。
「だから、僕のサパークラブでは、万が一出された料理が嫌いでも、良い時間を過ごしてもらえるんだ」
「好きなことを仕事にしろ」という呪縛
料理は幼い頃から好きだったが、ジョナは料理学校に通ったことがない。また、大学卒業後にレストランで修行してシェフになるという道も選ばなかった。
「料理学校では、料理の技術しか教わることができない。僕が大切にしたいことは、もっと全体的なことだから」
シェフになるのなら一流レストランか料理学校で修行を積むべきだ、という風潮にも疑問を投げかける。
「僕たちの世代は、『自分の好きなことを仕事にしなければいけない』という呪縛にとらわれている」
自分が好きなことを仕事にできることは幸せなこと。だからその道一本で集中して取り組むこともいい。けれど、そこにとらわれるばかりに、自分の期待値を上げすぎて落ち込むのって本当に幸せと言えるのかな、と彼は素朴に問う。
トークイベントでのジョナ。幼い頃は音楽家になることが夢だったという。
撮影:西山里緒
「僕もいまはフルタイムで料理をしているけれど、音楽やアートも好きだし、建築にも興味がある。その時その時でやりたいことをやっているし、自分が好きなことだったらそれが仕事でなくてもいいんじゃない、と思う」
彼の興味範囲の広さはこんなエピソードにも表れている。コロンビア大学で経済学と社会学を専攻していたジョナは労働組合のあり方に興味を持ち、卒業後は経済学者になろうと考えていた。
だから、シェフの労働問題にも関心を抱く。サパークラブが開催されるごとに雇うシェフには、その人が普段レストランからもらっている報酬の2.5倍を支払うが、ゲストからのチップは受け取らないというポリシーを貫く。アメリカでチップ制をとっているレストランは、シェフの給料が驚くほど安いことの裏返しだからだ、という。
欲しいのはお金よりもサポート
必要なのはお金や名声ではなく、好きなことをするためのサポート。いまは世界を飛び回りながら、その土地でとれた食材を使って、各地でソーシャル・ダイニングを展開する。これからすることは決まってないし、「やりたいことリスト」があるわけでもないよ、と彼は笑う。
「一つのことを仕事にしなくていい」というと、すぐに「では何をやりたいの?」と聞かれるけど、そういう考え方こそがよくないよ、と語る。
撮影:西山里緒
4000人が列を作るサパークラブの秘密は驚くほどシンプルだった。ジョナはナチュラルで等身大の23歳で、だからこそ、突然当てられたスポットライトに少し戸惑っているようにも見えた。
「みんなが思っているほど、秘密やルールはないよ」
インタビューの時間が終わり、彼は「本当にごめんね、失礼な態度を取りたいわけじゃないんだけど」と気遣いながら慌ただしく席を立った。
「今日これからクアラルンプールに行って、そのあとは上海でカンファレンスに出席しないといけないんだ」
(撮影:西山里緒)