自転車操業のミサイル・核開発は金正恩“神話”のためだ

北朝鮮による核・ミサイルでの挑発。それは金正恩体制を守るための軍事力の誇示だが、もうひとつ、金正恩神話のためのまたとない武器なのである。

金日成氏と金正日氏の像

北朝鮮の祖国解放72周年記念式で、金日成氏および金正日氏の像の前で整列する朝鮮人民軍や朝鮮人民内務軍、市民ら(撮影日不明、朝鮮中央通信が2017年8月15日に公開)。

KCNA/REUTERS

すでに北朝鮮は社会主義国家というよりは中世の王朝のごとき国家である。王は神がかり的なカリスマ性なくして人民を統治できない。

だが、金正恩は知っている。自らに祖父・金日成や父・金正日ほどカリスマ性のないことをである。いや、カリスマ性においては金正日も苦労した。なにせ金日成は抗日パルチザンの闘士であり、最高司令官として朝鮮戦争をやってのけた。ソ連生まれの金正日は革命の聖地、白頭山の小屋で誕生した「天が降臨させた偉人」となり、自ら「白頭山の息子」と称した。世襲批判をかわすのに建国神話がまだ活用できたのだ。

だが、金正恩は違う。せめてもう10年はいてほしかったであろう父はもういない。後見人はいち早く粛清し、ライバルも消した。もはや自身の地位を脅かす存在などないかに見えるが、権力の正統性を疑う声なき声へのおびえ、潜在的な不安はなくならないだろう。

政権発足から5年たってなお、最高指導者の略伝すら出版されていない現実がそれを物語る。賞味期限切れの「白頭山神話」に取って代わるもの、それこそが核・ミサイルであり、新しい神話をつくりだす源泉である。金正恩時代に入ってから核実験や弾道ミサイル発射の頻度が急増しているのは、その神話づくりを急いでいるからでもあるのだ。

初の水爆実験をにおわせた「平川」の地

平川革命事績地を訪問する金正恩

平川革命事績地を訪問する金正恩(撮影日不明、朝鮮中央通信が2015年12月10日に公開)。

KCNA/REUTERS/

おぼろげながら平壌当局が描く金正恩神話の輪郭が浮かび上がってきたのは2015年12月9日のこと。

金正恩は平壌駅裏にある平川革命事績地に足を運び、初の水爆実験をにおわせたのだ。

「首領さま(金日成)がここで鳴らした歴史の銃声があったので、今日、わが祖国は国の自主権と民族の尊厳をしっかり守る自衛の核弾、水素弾の巨大な爆音をとどろかせることのできる強大な核保有国になることができた」

建国の年、1948年12月12日、金日成はこの区域にある旧日本軍の兵器工場跡地に造った軍需工場を訪れ、初の国産機関短銃の試射をした。翌年には夫人の金正淑が幼い金正日を伴ってやってきている。この地が彼らがいうところの「自主的国防工業」のふるさとというわけである。

金正恩はことあるごとに「平川」を口にする。このエピソードをもとにした実録小説があった。タイトルは「命脈」。一読して驚いた。日本との浅からぬ因縁が描かれていたのだ。

主人公はチ・ウンモ。東京にある大学で工学を学び、平川の兵器工場で銃の設計をしていた。解放後すぐ荒廃した工場を訪ねてきた金日成に彼は言う。

「私は朝鮮人を殺す銃をつくった罪人です」

チ・ウンモはもう銃などつくる気がない。ソ連の援助に頼らず、自前の銃を持つ必要を感じていた金日成はこう説得する。

「人を殺す銃ではない。祖国を守り、人民を保護する銃を……」

次第にチ・ウンモは考えを変え、ついに国産第1号の機関短銃を設計する。そして朝鮮戦争が勃発するや、今度は山奥に移された地下工場で銃などの製造に従事したのだった。

エピローグで作家は書く。こうした軍需工業の「命脈」があって、われわれは核保有国の地位を得たのだ、と。そう、祖父の時代に苦心して作り上げた機関短銃がいまやアメリカ本土にまで届くICBMになった、その偉業を成し遂げたのが私だ —— 。これこそが金正恩神話の肝なのだ。その仕上げ段階にいまあると見ていいのではないか。さすがにそろそろ伝記を編まなければならないだろうから。

核開発のニュースや記事を教材にせよ

平壌の教育施設を視察する金正恩氏

平壌の教育施設を視察する金正恩(撮影日不明、2017年2月2日に公開)。

KCNA/REUTERS

むろんカリスマ性は徹底したプロパガンダがなければ定着しない。そのためには教育が重要な鍵となる。教師必読の雑誌に「教員宣伝手帳」(教育新聞社)がある。教員向けの実践指導マニュアルだ。2015年4月号で、金正恩の「偉大性」教養科目の教え方について興味深いことが書かれている。

さまざまな形式と方法で敬愛する金正恩同志の偉大性教養資料をもれなく収集し、分類しなければならない。まず敬愛する元帥さまの現地指導「日歴」を日にち別、部門別に収集し、分類しなければならない。また革命逸話と時代語(スローガンなど)を収集、分類しなければならない。そしてそれらの資料をもっともふさわしいタイミングで用い、授業の効果を高めなければならない。

要するに核・ミサイル開発に絡む新聞記事やニュース映像をテキストにしながら、金正恩がいかに偉大かを子どもたちに教えよ、と言っているのだ。つまり自転車操業のように現在進行形の神話を生産し続けなければならないのだ。それが現在の核・ミサイル開発の驚くべきスピードアップ化であり、きわどい対米決戦の演出なのではないか。(敬称略)

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