iPhone Xの普及版が「8」なのではない —— 性能に秘めたアップルの野心

iPhone8

iPhone 8。スペースブラックのモデルを表から見ると、特にiPhone 7との差がわかりにくい。

新iPhoneが発表になると、注目はどうしても「最上位機種」に向く。特に今年はそうだろう。ティム・クックCEOが「スマートフォンの未来」「次の10年の始まり」と位置付け、"画面下部のホームボタン"というiPhoneの伝統を崩してまでデビューさせた「iPhone X」は、当然注目に値する製品だ。

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クックCEOはiPhone Xを「スマートフォンの未来」と称した一方で、今回は「iPhone 8」「iPhone 8 Plus」も発表されている。

iPhone8/8 Plus

iPhone 8(左)、8 Plus(右)。背面がガラスに変わって光沢仕上げになったため、iPhone 7・ジェットブラックモデルに似ている。

iPhone8/8 Plus

iPhone 8 Plus(左)、8(右)。ゴールドモデルは、背面を覆うガラスが「白」で、いままでにない色味になった。

しかしここであえて、そこに反論を加えたい。iPhone 8シリーズは、Xシリーズの「中継ぎ」では決してない。ひとつの結論として、iPhone 8シリーズの設計は、実は「かなり先を見た布石」を打った製品になっているからだ。

ホームボタンがあり、画面のサイズ・縦横比も変わらないiPhone 8は、使い勝手の面では「保守」に見える(一面の事実ではある)。ただし、重要なのは「iPhone Xと8の共通点」だ。これこそが、次の世代のiPhoneを読み解く重要な要素だ。

先頭を走り続けるための「独自半導体+ソフト」という差別化

iPhone 8シリーズを考える上で注目すべきは、今回採用されたプロセッサ(半導体)だ。今年アップルは、iPhone 8シリーズとiPhone Xで、新プロセッサーである「A11 Bionic」(エー・イレブン・バイオニック)を採用した。

A11 Bionicは、これまで以上に「アップルが独自開発した」(アップル関係者)部分が多い、より野心的なプロセッサーだ。処理速度や消費電力なども工夫はされているが、なにより注目すべきは、「独自のグラフィック・プロセッサ(GPU)」「撮影処理を改善するイメージ・シグナル・プロセッサ(ISP)」、そして「バイオニック・ニューロエンジン」の搭載である。

A11 Bionic

新iPhoneで使われる「A11 Bionic」。「Apple-designed(アップル独自開発)」の項目が多数並ぶ。

A11 Bionic

A11 Bioninc特徴のひとつであり、将来の布石となるバイオニック・ニューロエンジン。

技術にそこまで詳しくない人に解説しておくと、GPUは主に3D処理(ゲームなど)の高度化を、ISPは動画・静止画の品質を上げるものだ。では最後の「バイオニック・ニューロエンジン」の役割は? 簡単にいえば、環境やモノの認識、いわゆる「AI処理」を高速化するものだ。

例えばiPhone Xでは、顔認識でiPhoneの画面ロックを外す「Face ID」が採用された。その背後では、バイオニック・ニューロエンジンが処理の高速化を担い、すばやい顔認識を実現している。

画像認識・音声認識・行動認識といった要素は、いわゆる「AI処理」としてまとめられており、今後スマートフォン差別化のカギとなる。

そしてここが重要なところだが、バイオニック・ニューロエンジンは新機能「Face ID」のためだけに用意されたものではなく、iPhone内での「AI処理基盤」だ、ということだ。

AI処理を高度化していくことで、スマートフォンは人のパートナーに近づいていくが、そのためには、処理性能も圧倒的に強化されなくてはならない。"バイオニック"の呼称は「生体工学」という語義通りの意味ではなく、「生体強化」的なニュアンスで使われている。生命のしなやかさをもった強化、といった趣だろうか。

主要半導体メーカーの多くは、自社のハイエンドスマホ向けプロセッサーに、「バイオニック・ニューロエンジン」と同じような「AI処理支援技術」の採用を進めている。世界3位のスマートフォンメーカーである中国の通信会社大手ファーウェイは9月1日、「モバイルAIを実現するもの」として、新しいハイエンドスマホ向けプロセッサ「Kirin 970」を発表した。このKirin 970には、A11 Bionicと同様、AI処理負荷を軽減する「NPU」(ニューラル・プロセシング・ユニット)を搭載している。AI処理を半導体で支援して高めるのは、次世代スマホのトレンドなのだ。

アップルはなぜ、最上位機種だけでなく、iPhone 8にも同じA11 Bionicを使ったのか?

理由は明快だ。これまでになくAIネイティブなスマホの裾野を一気に広げる —— そのために、全世界で相当な台数が出るだろうiPhone 8の存在が重要だった。「AI支援機能をハードウェア的に備えたプラットフォーム」を世に出すにあたり、アップルは一気に世界最大の「数」も狙ったということになる。

AI・AR技術を一気に数億台の世界へ持っていく

もうひとつ「将来の基盤整備」としてアップルが取り組んでいるのが「AR」だ。

ARKitのデモ

発表会で公開されたARのデモ。ARはゲーム中心の報道も多いが、スポーツ観戦など、様々な生活シーンを変える可能性も高い。

ARKitのデモ

空を見上げると星座が映し出されるというデモ。方角や角度、端末を動かした際の位置の変化をARKitが正確に捉えられるからこそできる機能。

アップルは9月19日から配信する最新のiOS11に「ARKit」というフレームワークを用意し、AR対応アプリ開発のハードルを大幅に下げてきた。ARKitは2015年発売の「iPhone 6s」以降で利用でき、最新のモデルでしか使えない特別な機能ではない。

けれども、iPhone 8シリーズとiPhone Xでは、A機能向けにカメラなどの機能を最適化し、よりクオリティの高いAR体験を実現している。

iPhone 8のAR

iPhone 8はARに特化。センサーのチューニングやCPUパワーを活かし、より快適なAR表現を実現する。

具体的にはこうだ。

ARでは「空間認識」の技術が重要になる。ARKitではカメラの画像から立体構造を分析しているが、その際、ノイズがあると正確な認識が妨げられる。モーションセンサーの精度も、一般的なスマホ向け用途以上に、ARに合わせたチューニングが必要になる。

iPhone 8では、暗いシーンでのノイズ低減やモーションセンサーのチューニングなどを行っている。これは、「ARで使うことを設計段階から想定しての最適化」であり、AR対応の観点でiPhone7以前とは別の世代だと考えてよい。

つまり、今後登場するARアプリを動かした際の快適さは、iPhone8・iPhone Xの方が「確実に上になる」(アップル関係者)という。また、A11 BionicではGPUが強化され、表示負荷はより減っている。これも、ARの快適さを高めるために重要な要素だ。

アップルが描くAR x iPhoneの姿

ARはある意味、AI以上に未来の見えにくいジャンルである。俗にいう「キラーアプリ」はまだなく、基盤整備すら途上の感がある。

しかし、アップルはARにかなりの期待を抱いているようだ。また、過去のiPhone・iPadも含め、数億台規模のユーザーがいる環境が整備できたのは、ARの歴史全体を見ても、これが初めてのことといえる。一気に質の高いAR環境を提供し、市場規模を拡大することで、ユニークかつ価値の高いのアプリケーションの登場を待つ……というのが、今のアップルの目論見に思える。

iPhone 8の発売日は約1週間後9月22日。しかし、iPhone Xは11月3日まで発売されない。どちらを選ぶかは悩ましいが、1つこれだけは言える。

「次世代のiPhone体験のほとんどは、iPhone8でも十分に体感できる」ということだ。


西田宗千佳: フリージャーナリスト。得意ジャンルはパソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」「ソニー復興の劇薬」「ネットフリックスの時代」「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」など 。

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