いじめられっ子からテック界の寵児へ —— イーロン・マスクの類まれなる半生

イーロン・マスクは1971年7月28日、南アフリカのプレトリアで生まれた。

父親は彼のことを｢内向的で思慮深かった｣と語る。

技術者である父親のエロール・マスク（Errol Musk）氏は、｢多くの人が集まるパーティで、みんなが飲みながらいろんな話をして楽しんでいる間、イーロンはその家の書斎で本をめくっているような子だった｣と言う。

Source: Fortune

母親はプロの栄養士でモデル。

マヤ・マスク（Maye Musk）はカナダ人で、シリアルの広告に起用されたり、タイム誌の表紙を飾ったこともある。

1979年、両親が離婚。当時9歳だったイーロン・マスクは、弟のキンバル（Kimbal）と共に、父親と暮らすことを選んだ。

1983年、12歳で｢ブラスター｣と名付けたシンプルなゲームを、500ドルでコンピュータ雑誌に売った。

｢平凡なゲームだった。フラッピーバードよりはいいけど｣と本人は語っている。

Source: WaitButWhy

学校生活は楽しいものではなかった。いじめっ子たちに殴られ、病院に運ばれたことも。

アシュリー・バンス著『イーロン・マスク 未来を創る男』によると、いじめっ子たちは彼を階段から突き落とし、気絶するまで殴り続けた。

高校卒業後はカナダに移り住み、オンタリオ州キングストンにあるクイーンズ大学で2年間学んだ。

カナダには母親と妹のトスカ、弟のキンバルとともに移り住んだ。

その後、ペンシルべニア大学で物理学と経済学の学位を取得した。

ペンシルベニア大学在学中には、級友とともに寝室が10室あるフラットハウス（男子学生の社交クラブの寮）を借り、ナイトクラブに変えた。

アデオ・レッシ（Adeo Ressi）と始めたこの取り組みは、彼の初期の試験的起業の1つだ。

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大学卒業後、博士課程に進むためにスタンフォード大学へとやってきた。だが、すぐにやめてしまった。

カリフォルニアに着いてたったの2日で博士課程への進学を先送りし、当時まさに花開こうとしていたITバブルに身を置いて、自らの運を試すことにした。その後、彼がスタンフォードに戻って学業を再開することはなかった。

弟のキンバルと、Zip2を立ち上げた。

父親からもらった2万8000ドルで兄弟はウェブサイトを立ち上げ、ニューヨーク・タイムズ紙やシカゴ・トリビューン紙に、街の旅行情報を提供した。

Zip2が軌道に乗った頃、イーロン・マスクは文字通りオフィスに住み、地元のYMCAでシャワーを浴びていた。

懸命な働きは、Zip2が3億4100万ドルでコンパック（Compaq）に買収されたことで報われた。マスクは2200万ドルを得た。

Source: Stanford

次に始めたのは、オンラインバンキングのX.comだ。

Zip2の売却で得た資金のうち1000万ドルを使って、1999年にX.comを立ち上げた。その約1年後、X.comは、ピーター・ティール（Peter Thiel）が共同創業者を務めていた金融系スタートアップ、Confinityと合併、PayPalとなった。

創業間もないPayPalのCEOに任命されたが、長くは続かなかった。

2000年10月、マスクはPayPalのサーバーをUnixからマイクロソフトWindowsへと移すよう主張したが、これは共同創業者らとの激しい対立へとつながった。共同創業者で当時のCTO（最高技術責任者）だったマックス・レブチン（Max Levchin）は強硬に反対した。

ようやく取れた長期休暇でオーストラリアに向かっている時、PayPalの取締役会は彼を解雇し、ティールを新たなCEOに任命した。

後に彼はこの不運な旅について、｢これが休暇を取ることの問題点だ｣とフォーチュン誌に語った。

だが、再び運が向いてきた。2002年後半、eBayがPayPalを買収し、マスクは大金を得た。

eBayはPayPalを15億ドルで買収し、筆頭株主のマスクは1億6500万ドルを手にした。

PayPalが買収される前から、彼は火星にネズミや植物を送り込むといった、次なる取り組みに思いを馳せていた。

生まれつきのSFファンであるイーロン・マスクは、自身の計画の実現のため、廃棄処分されるソビエト製ミサイルを購入しようとした。しかし、1基につき800万ドル以上を要求されたため、それなら自分で作った方が安くつくと考えた。

Source: Bloomberg

2002年初め、スペースXとして知られるSpace Exploration Technologies Corporationを創設した。

彼の目標は、宇宙飛行にかかる費用を10分の1にすることだ。

スペースXの1号機は、映画『スター・ウォーズ』のミレニアム・ファルコンにちなんで名づけられた。

ロケットには｢ファルコン1｣と｢ファルコン9｣がある。

初期のもう1つの機体は、『パフ（原題：Puff, the magic dragon）』という歌にちなんで名づけられた。

｢ドラゴン｣という宇宙船の名前は、スペースXが宇宙船を飛ばすなんて絶対に無理だと疑った人々に対する、彼なりのジャブだ。

スペースXの長期的なゴールは、火星への移住を手の届く費用で実現することだ。

彼は｢マーズ・コロニアル・トランスポーター（Mars Colonial Transporter）｣が定期的に運行するようになるまで、スペースXのIPO（新規株式公開）は行わないと言う。

彼は、地球上でも多忙を極めている。特にテスラに関しては。

スタートアップの経験豊富なマーティン・エバーハード（Martin Eberhard）が共同創業した電気自動車メーカー、テスラに対し、マスクは2004年、最初の投資を行った。その後、投資総額は7000万ドルに達した。

マスクはテスラの製造部門で積極的な役割を果たし、同社初のモデル｢ロードスター｣の開発に貢献した。

｢ロードスター｣が発表された2006年当時、マスクはテスラの会長を務めていた。現在はCEOも兼務している。

これでは不十分とばかりに、マスクは太陽光発電会社ソーラーシティ（SolarCity）への支援というアイデアに思い至った。

2006年、彼のいとこであるピーター・ライブ（Peter Rive）、リンドン・ライブ（Lyndon Rive）兄弟に、ソーラーシティの運転資金を提供した。

しかし、テスラでは全てがうまくいっているわけではなかった。

エバーハードCEOの下、テスラは資金を大きくすり減らしていた。

2007年、マスクは取締役会でクーデターを起こし、エバーハードを解任、取締役会と重役室からも完全に締め出した。

2008年、経済危機により打つ手がなくなる中、彼は個人としてテスラを破産から救った。

マスクはテスラに4000万ドルを出資し、さらに4000万ドルを融資した。同年、彼がCEOに任命されたのも偶然ではない。

しかし、スペースX、テスラ、ソーラーシティの間で、マスクは破産寸前まで追い込まれた。

2008年は彼自身が｢人生最悪の年｣と振り返るほど、ひどい1年だった。テスラは赤字が続き、スペースXの｢ファルコン1｣ロケットの発射はトラブル続きだった。

2009年まで、マスクはただ生き抜くために借金をしながら食いつないだ。

Source: VentureBeat

しかし、2008年のクリスマスの頃には、物事は再び上向いてきた。

2つのいいニュースがあった。1つは宇宙への物資補給のため、スペースXがNASAと15億ドルの契約を結んだこと。もう1つはテスラに、外部投資家が現れたことだ。

2010年までには事態は一転、テスラはIPOを成功させた。

テスラは、2010年6月のIPOで2億2600万ドルを調達した。自動車メーカーによるIPOは、1956年のフォード以来初めて。

経済状況を立て直すために、マスクはこのIPOで約1500万ドル相当の株を売却した。

イーロン・マスクの類まれなキャリアは、別の業界、中でもハリウッドで注目されるようになった。

ロバート・ダウニー・Jr演じる、映画『アイアンマン』のトニー・スタークは、少なくともその一部が彼をモデルとしている。マスクは『アイアンマン2』にカメオ出演を果たした。

一方で、私生活は絶え間なく変化していた。

マスクは2008年からイギリスの女優タルラ・ライリー（Talulah Riley）と交際、2010年に結婚し、2012年に離婚した。しかし2013年7月には再び結婚した。2014年12月にはマスクが離婚を申し立てたが、後に取り下げた。2016年3月、ライリーが離婚を申し立て、同年10月に成立した。

しかし事業は順調で、とりわけスペースXは絶好調だった。

スペースXは2015年の年末までに、国際宇宙ステーションへの物資補給といった任務遂行のため、24回の打ち上げに成功した。その過程で様々な記録も残している。スペースXの｢ファルコン9｣は2016年、再利用可能な軌道ロケットとして初めて着水に成功した。

マスクの新たなアイデアはとどまることを知らない。中でも最も新しい構想が｢ハイパーループ｣だ。

減圧されたチューブ内を超高速で移動する｢ハイパーループ｣は、乗客を乗せ、ロサンゼルス・サンフランシスコ間を、理論上では30分で結ぶ。マスクは、他の企業にも独自のバージョンを建造するよう勧めている。.

新たにトンネル掘削会社｢Boring Company｣も立ち上げた。

2016年に設立されたBoring Companyは、都市圏の地下にトンネルのネットワークを張り巡らせ、超高速、渋滞知らずのドライブの実現をそのミッションに掲げる。マスクは米政府と、ニューヨーク・ワシントンD.C.間をトンネルでつなぎ、ハイパーループを運行させる構想について議論したと述べた。

2015年後半には、AI（人工知能）を研究し、人類の脅威とならないことを確実にすべく、非営利組織Open AIを共同創業した。

マスクは、AIの優位性をめぐる国家レベルの争いは、第三次世界大戦を引き起こす原因となりかねないとの懸念を示している。

AIに対して懸念を示す一方で、マスクはテスラ車の自動運転の能力の高さをアピールしている。

テスラの自動運転｢オートパイロット｣システムは、全モデルに搭載可能だ。そのうちの1つが今年前半に発表された｢モデル3（Model 3）｣だ。これまでの車種に比べ価格が低く、大衆も購入しやすい電気自動車を製造するという同社のゴールが近づいてきた。

2016年、テスラはソーラーシティを26億ドルで買収した。

この買収により、マスクの2つの大きな環境保全型テクノロジーのアイデアが、ひとつ屋根の下に収まることになった。

イーロン・マスクにとって、2017年はこれまでのところ、少なくとも政治的には険しい年だった。

トランプ大統領の経済諮問委員会の一員となったことで、世論のマスクに対する反感は強まった。彼は当初、政府との密な関係を生かして、有効な変革をもたらせるはずだと自らを擁護していたが、トランプ大統領が気候変動対策の国際的枠組み｢パリ協定｣からの離脱を表明したことに反発し、委員会を辞任した。