AI活用でがんの見逃しリスクを大幅削減——ハードルは遅れるAI医療機器の承認

今、医療分野の人工知能(AI)開発は花盛りだ。

放射線、病理画像、臨床検査データをはじめとするさまざまな分野で、人工知能診断支援への取り組みが始まっている。

1時間で数千枚読影する内視鏡医「見落とし怖い」

この9月、内視鏡画像の人工知能による診断システムを提供する医療系スタートアップが設立された。その名もズバリ、「AIメディカルサービス」(さいたま市南区)。この事業を牽引するのが、東大医学部卒の多田智裕医師だ。消化器内視鏡専門医として20年のキャリアがある。

多田智裕医師

内視鏡診断に人工知能の活用を試みる多田智裕・ただともひろ胃腸科肛門科理事長。

写真:今村拓馬

日本の内視鏡技術は世界のトップレベルだと言われている。それでも、「私たちは常々、がんの見落としが怖いと思っています」と多田氏は打ち明ける。

多田氏は早期の胃がんの内視鏡画像を見せながら、「どこにがんがあるか、わかりますか?」と問うた。画像には、赤みがかった胃壁が映し出されていた。だが、素人目にはどこが病変なのか、さっぱりわからなかった。無理もない。多田氏が医師専門の会員制サイトでも同じ問題を出したところ、解答した約8000人の医師の正解率は31%に過ぎなかったのだという。

「もちろん、内視鏡の専門医ならもっと見分けられますが、限られた人数しかいない専門医が日々読影する内視鏡画像の枚数は膨大です。私たちは、日々の自院での検査に加え、自治体の検診画像を検証する『ダブルチェック』の業務も担っていますが、多い時には1時間で3000枚以上も目を通すことがあります。この作業を1時間以上続けるのは正直無理。人間はそれ以上集中力が続きません」

「私の所属する浦和医師会担当分だけで、ダブルチェック業務で見る消化器内視鏡検査・検診の画像は年間200万枚以上に及びます。この業務をなんとか簡便化できないものかなと考えてきました」

こんな現場のジレンマを感じていた多田氏は、人工知能学者の松尾豊氏から「AIの画像認識は人間の能力を超えた」と聞いたことを機に、「人間と人工知能とがダブルチェックできる体制をつくって、がんの見落としをゼロにしたい!」と、人間のアシストのためのAI活用を思い立ったのだという。

多田氏は昨年11月に胃内視鏡検診における人工知能診断支援システムの開発に着手した。大手病院とも連携し、すでに、胃がんの原因であるピロリ菌胃炎の診断システムは特許を出願済みだ。その検査精度を検証したところ、「トップ医師には及ばないものの、すでに医師の平均を上回る性能が出せていることがわかった」。さらに、動画による「リアルタイム診断」も可能な段階に入ったという。

「こうしたシステムが医療の現場に浸透すれば、AIが拾い上げた病変を専門医が細かくチェックして検査の精度を高められる。あるいは、人工知能のアシストにより医師のケアレスミスが減る。いわば、車の安全運転をサポートするバックモニターみたいなもの。我々医師の能力を増強することでがんの見逃しを減らすことができれば、医師も患者もお互いに“win-win”になると思うんです」(多田氏)

医師の技術格差で24%が見逃し

がんの早期発見、早期治療を阻む「壁」は、多田氏が指摘するように検診による病変の“見落とし”の問題だ。実際、見逃しのリスクはどのぐらいあるのか? 大腸ポリープ、大腸がんの例でみてみよう。

「前がん状態」と言われる腺腫性ポリープの見逃し率を調べた海外の研究報告がある。肉眼で見分けにくい病変や、発生部位、医師の技術格差により24%が見逃されていたという。また、別の研究では、大腸内視鏡検査をうけていたにもかかわらず、後に大腸がんに至るケースが6%あった。その原因の58%が「内視鏡検査時の見逃し」だと報告されている

7月10日に国立がん研究センター(東京都中央区)が発表した、AIを活用した「リアルタイム内視鏡診断サポートシステム」は、大腸がんの見逃し防止の有望な選択肢となるかもしれない。まずは、動画をご覧いただきたい。

こんな風に、内視鏡検査時にAIが瞬時に病変を検出し、「ここにあります」と場所まで特定して指摘してくれる。病変を正確に捉えるため、共同開発先でもあるNECの「顔認証技術」や「病理画像解析」の技術を応用。深層学習(ディープラーニング)により病変かそうでないかの見分けがつくようになった。

AIに学ばせたのは、国立がん研究センター中央病院で内視鏡検査により診断した約5000例の病変画像(前がん病変としてのポリープと早期大腸がんの画像)に加え、13万5000枚にものぼる「病変のない正常な画像」だ。学習用の画像とは別に、精度の評価用のデータ約5000枚を使って検証したところ、がんや「前がん状態」のポリープを約98.8%の正診率(病変があるものは「ある」、ないものは「ない」と正しく診断する確率)で見分けられることがわかった。

比較的稀だとされる「平坦・陥凹型病変」も約1600例を学習させている。このタイプの場合、病変が早期のうちに体の組織の深くに浸潤してしまい、見つかるのは浸潤がんになってからというケースも見られ、医師でも肉眼では認識しにくいのだが、開発に携わった国立がん研究センター中央病院内視鏡科の山田真善医師によれば、「本当にエキスパートじゃないと見分けが難しい『平坦・陥凹型』でさえAIは人間と同じぐらいのレベルで見分けられるようになった」という。

AIを内視鏡診断に導入するメリットは、主に二つあるだろうと山田氏は指摘する。一つは、AIのサポートにより人間のミスが減ること。

「僕らは内視鏡の検査をしていても、急がなきゃいけない状況下で焦ることもあるし、感情のムラというのはどうしてもある。けれど、彼ら(AI)はすごい冷静ですので、いつでも同じように『ここに病変があるよ』と教えてくれます」

もう一点は、医師ごとの技術格差をなくせること。

「もちろん、最後に判断するのはあくまでも人間で、AIは人間のサポートという域は出ませんが、『そこに病変がありさえすれば、誰が検査しても必ずキャッチできる』というぐらいに発見率を上げられれば。個人的には、離島で一人医療をしているお医者さんが検査しても、都会の大病院で検査しても検査の精度はいっしょというぐらい、全国津々浦々どこでも使えるようなシステムにしていきたい」

ただし、実装化に向けての「壁」はある。

国立がんセンターでは、2年後の臨床試験開始を目指しているが、実装化は「薬事承認審査のタイミング次第」(山田氏)という。実はわが国にはまだ、人工知能の医療機器の承認基準すらないのが現状だ。この、実装化へ向けた壁については、前出の多田氏も危機感を募らせている。

「内視鏡は日本がリードしている分野とはいえ、AIの活用に向けた検査システム開発は世界がしのぎを削る領域。ほぼ使えるところまで開発が進んだ製品がいくつも出そろったとしても、誰も承認をもらえなくて臨床の場で使えずにウロウロするうちに、日本が世界に取り残されるようなことにならないといいのですが……」

5ミリのがんまで見える「乳房専用PET」の課題は?

一方で、人工知能を用いる医療機器以外にもさまざまな分野で技術革新が進んできた。例えば乳がんの検査装置。

ただし、乳がん検診では“見落とし”とともに、“見えすぎ”の問題も浮上。日本ではこの2つの壁の間で揺れてきた。

日本人女性には、国が40歳以上の女性にすすめる乳房X線撮影(マンモグラフィー)だけでは異常を見つけにくい「高濃度乳房」が多い。乳腺が発達しているほど撮影したX線画像は白く見え、がんが白いかげに隠れてしまうことがあるのだ。

「せっかく検査を受けても見落とされては……」と全国32の乳がん患者団体は昨年10月、厚生労働省に要望書を提出した。検査の結果、高濃度乳房でがんの有無の判別が難しかった場合も知らせてほしいと訴えたのだ。

高濃度乳房画像

画像右にいくほど高濃度乳房。乳腺が白く映り、がんの診断がつきにくい。

写真:NPO法人 乳がん画像診断ネットワーク提供

マンモグラフィーで読影不能だったがんを見つける方法としては、超音波(エコー)検査がある。マンモと併用した場合、マンモだけより乳がんの発見率が1.5倍になったという研究もある。

だが、結果的に乳がんでなかったのに乳がんの疑いありとされる「偽陽性」の人が増えるなど課題が残った。がんかどうかを確認するまで、不必要に精神的な苦痛を味わうこともある。現時点で国はエコーを対策型検診として推奨していない。検診の希望者は基本的に全額自己負担となる。

乳がん検査の新たな選択肢として、島津製作所は9月、改良版の乳房専用PET装置「エルマンモ」を発表した。

「PET(陽電子放射断層撮影法)」とは、がん細胞が正常細胞の5〜8倍の糖分を摂取する性質を利用した検査。マンモや超音波のように写し取った「形態」を見るのではなく、ブドウ糖によく似た薬剤(ブドウ糖から放射線を放出するようにしたFDGという薬)を静脈注射し、がん細胞が糖分を取り込んで代謝しているところ、つまり「食べたもの」をスキャンする方式だ。PET検査の原理は、全身用でも乳房専用でも同じ。「乳房専用」の場合、乳房を入れる穴の周囲に検出器を置き、全身用PETに比べて高い感度と解像度を実現。5ミリ程度の小さながんまで見えるようになった。この装置を使って、マンモでは検出が難しい高濃度乳房でも病変を検出できたといったケースが報告されている。

ただし、この乳房専用PET装置でマンモ特有の「見えない壁」を乗り越えられたとしても、「別の壁」は存在する。

まずは、費用の高さと受けられる施設の少なさだ。乳房専用PET検査は、予防目的の検診では保険が適用されない。一般的には全身PETがん検診のオプションとして行われるため、自己負担額は10万円を超す。がんの存在が疑われている患者には保険適用されるが、日本では全身用PETとの併用検査でなければ保険診療と認められないため、全身用と乳房専用とダブルで検査費用がかかってしまう。このため、患者の負担は3割負担の場合で4万円程度だ。国内で受けられる施設も、今は10施設程度と限られている。

さらには、「乳腺炎」などの炎症や「線維腺腫」と呼ばれる良性の乳腺腫瘍でも薬剤が一部は集まる性質があり、病変のように映し出されてしまう。その場合、良質か悪性かは区別がつきにくい。超音波検査同様、偽陽性検出の課題はある。

島津1

改良版の乳房専用PET装置「エルマンモ」。乳房を圧迫せず、検査を受ける人の負担を減らす「痛くない検査」を実現。

提供:島津製作所

島津製作所医用機器事業部で同製品を開発する高橋宗尊グループ長はこう話す。

「がんの存在をかなり早い段階で見つけられる可能性がある検査装置ですが、他の検査方法同様に、全てのタイプの乳がんを網羅して見つけることはできない。一つの可能性としては、検査としての精度の高さを生かして、今後は家族性や遺伝性の乳がんなどハイリスクの人の中で、他の検査方法ではうまく判別ができなかったような方々を救うような方向性はあると思っています」


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