日立IT部門はシリコンバレーで生き残れた理由——「やめる事業」選択こそが企業を成長させる

昔から、多くの日本企業がシリコンバレーに挑戦している。古くは1980年代のコンピューター・ハードウェアでのアメリカ進出、1990年代バブル期の投資ブームから最近まで、多くの日本企業がシリコンバレーとのつきあいを模索し、うまくいかずに去っていったり縮小したりしてきた。そんな歴史の中で、長くここに根を張っている日本の大企業がある。

意外に知られていないが、それは日立グループである。医療機器や自動車部品など、多くの部門でアメリカでの事業を展開する。統括する日立グループとしての米国本社はニューヨーク郊外にあるが、IT事業部門はシリコンバレーのサンタクララにある。

9月19日、このIT事業部門を改組して新会社「Vantara」とするという発表があった。日立はこの新会社発足を大きな節目と位置づけ、ラスベガスで大々的に自社カンファレンスを開催。日立本社の東原社長が自ら壇上でこれを発表した。

日立CEOの東原敏昭

日立製作所執行役社長兼CEOの東原氏。新会社「Vantara」設立を自ら発表した。

日本企業が、IT分野でこの規模の自社カンファレンスを開催すること自体が珍しい。少なくとも、私自身はこれまで見たことがなかった。顧客やパートナー・開発者など2000人以上を集めたこのイベントでは2日間にわたって、顧客の事例紹介や技術の説明などが行われた。

日本企業だけでなく、欧州や他のアジア企業も苦戦するシリコンバレーで、日立はなぜ生き残れたのか。また、これから何をしようとしているのだろうか?

インダストリアルIoTは「意外なブルーオーシャン」

日立はアメリカで1989年にシリコンバレーのコンピューターメーカーを買収して本格参入して以来、30年近くにわたってIT事業を継続している。顧客はロイズ銀行、BMW、クアルコムなど世界の大企業だ

事業の中核はクラウド向けを中心としたストレージのハードウェアと、企業向けソリューションを提供する日立データシステムズ(HDS)。新会社はHDSを核として、傘下のデータ解析会社Pentahoと、コンサルティング部門を統合した。自社IoTプラットフォームLumadaをベースとして、産業向けIoT(IIoT, Industrial Internet of Things)ソリューションを主力事業として打ち出していく。

IIoTといえば、アメリカのGEとドイツのシーメンスが知られている。センサーやカメラなどを使って、列車やタービン、製造機械などの動いている「モノ」の運用状況のデータを集め、最適な運用ができるよう調整したり、故障の予兆を事前に察知したりすることができるようになる。競合2社と比べた日立の強みは、「企画から運用まで顧客の立場に立ってすべてを提供できるのは日立しかいない」(東原社長)ことだという。

この話はいきなり出てきたわけではない。「ビッグデータ」がバズワードとなり始めた2011年頃から、シリコンバレーのビッグデータの展示会では、日本勢でほぼ唯一、日立(HDS)が常連だった。その上で、2015年には「データ解析・可視化」のPentahoを買収したので、私としては「何をやるつもりなのだろう」と秘かに注目していたところだったのだ。

日立は、自社グループ内だけでも幅広い製品をもち、ハードウェア製造だけでなく、鉄道などのオペレーションも手がけている。HDSにとっては顧客であるこれらのオペレーション・データも膨大に持っている。すでに多様なデータの蓄積があるのに加え、グーグル風に言えば「ドッグフーディング」(自社で自分の製品をまず使ってみる)ことができる。

これは大企業でないとできないことで、そのためにIIoTはベンチャーの参入が難しく、意外だが大企業日立にとっての「ブルーオーシャン」なのだ。

市場の変化をとらえた変身の成功体験

今回の「IIoTシフト」は、日立IT事業における歴史上3度目の「変身」と位置づけられる。

1989年のアメリカ参入から約15年間、主要製品は基幹業務向けコンピューターであり、ヒューレット・パッカードやサンマイクロシステムズとの提携による販売が順調に伸び、サーバーにも参入した。

しかし、コンピューターのハードウェアがコモディティ化する趨勢が明らかになった2000年頃に、基幹業務向けコンピューターとサーバーから撤退し、ストレージ製品に特化する戦略に転換した。これが第一の変身だ。

2010年前後にはストレージ製品を軸にして、ビッグデータ分野のソフトウェア・ソリューションを加え、サービス事業へのシフトを本格化。これが第二の変身。

そして、今回のIIoTシフトとなる。

日立カンファレンス会場

主催したカンファレンスにはVantaraの各種ソリューションとパートナーが出展した。

いずれも売るモノは変化するが、前のモノと連続性があり、また売り先は同じお客さんをキープする。つまり、テクノロジーと市場の変化のタイミングにうまく合わせ、なおかつこれまでの資産(ハードウェアや顧客)を生かす形で、変身を実行してきたことになる。

場合によっては社内の人員整理や販売店など社外の苦境も引き起こす「変身」は、あちこちで抵抗勢力が発生して、「わかっちゃいるけど(これまでのモノを)やめられない」日本企業が多いのだが、東原社長は「経営が強い方向性を示すこと、リーダーシップですよ」とさらりと答える。

別の角度から見れば、「やめられない」日本企業は「過去の成功体験に縛られている」のだが、日立IT事業ではこれまでうまく変身しながらやってきたという、別種の「過去の成功体験」がある。そのおかげで「変身」に対する社内外の理解が得やすく、社員も経営者も慣れているということかもしれない。

現代の金型プラットフォームを使い回せるか

もう一つ、シリコンバレー以外から参入した企業の場合、あまりに特殊なこの地の文化や事情を本社が理解できなかったり、あるいは頭で理解してもすぐに対応できず、本社の意向とシリコンバレー部門との間で齟齬が発生したりするという問題がしばしば起こる。

Hitachi Vantaraの大槻CEO

Hitachi Vantaraの大槻CEO

この点について、新会社Vantaraの大槻隆一CEOは「まぁ、いろいろとありますが、もう長いことやっているので」と笑う。

もちろん、課題も多い。それなりに実績があるとはいえ、例えばマイクロソフト、IBM、SAPなどといった、エンタープライズ・ソリューションの大手と比べると、日立はまだまだ小さい存在だ。

プラットフォームLumadaもまだ知名度は低く、実績もそれほどない。日本のソリューション事業でありがちな、一から顧客の要望に応じてシステムを作るだけの「御用聞き」では、動きの早い技術趨勢についていけず、儲からない。製造業において、金型の繰り返し使用でマージンが出るのと同様、ソフトウェアの世界では、金型にあたるプラットフォームをなるべく繰り返してたくさん使うことで、マージンが生まれる。今回新バージョンで新たにAIも組み込んだこのLumadaをどれだけ使い倒せるかが、これからのVantaraの成功のカギになるだろう。

そして「IIoT」というカテゴリーそのものが、「本当に、これだけの大企業の屋台骨を支える商売になるのか」という大前提の部分も、現在のところ未知数だ。

ブルーオーシャンというのは、「もともとエサがいない不毛の海だから誰もいない」という見方もある。果たして日立IT事業の3度目の変身は成功するかどうか、引き続き注目したい。 (撮影:海部美知)

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