労働時間を減らし、新規提案を増やすには——イノベーションには「垣根」を設けない

リクルートワークス研究所の研究では、働き方改革を進めるとイノベーションが生まれやすくなるということが分かりました(リクルートワークス研究所『人事視点による持続的生産性向上モデル』)。

日本全体が欧米と比較して長時間労働にある中、「今より働かない方が、イノベーションが起きやすくなる」というのは何だか不思議かもしれません。しかし、少し見方を変えると理解できます。キーワードは従業員の「autonomy(自主性)」、つまり「やりたい!」と思う気持ちです。

いくつか例を挙げましょう。

有名なのはグーグルのエンジニアの「20%ルール」。労働時間の20%は本来業務に関係なくても、自分がやりたいことに費やしてよいというものです。そこからGmailやGoogle Newsなどのサービスが生まれています。

グーグルのオフィス

achinthamb / shutterstock

オーストラリアのソフトウエア会社のAtlassian社は年に数回、エンジニアに対して「今日1日は通常業務に関係なく、何をやってもOK」とお触れを出します。その翌日にお披露目大会をすると、毎回素敵なアイデアが発表されるそうです。

さらに急進的な例は北米の数十社が取り入れているROWE(完全成果志向の職場環境:Result Only Work Environment)です。成果を挙げるために、どうやってやるのか。いつやるのか。どこでやるのか。すべて従業員の自由です。スケジュールの記入も出社の義務もありません。結果、導入したほとんどの会社で、生産性は向上し、エンゲージメントや、従業員満足度は高まり、離職率は低減しました。

つまり従業員の自主性に任せたことで、イノベーションを生み出せたのです。

これって特殊な会社の特殊な話だと思いますか? 私はごく当たり前のことだと思います。長時間、いつも同じ顔ぶれで話をしていて、新しいアイデアが生み出されるでしょうか? 新しいアイデア、革新的なアイデアを生み出すには、通常の業務に関係ないことでも、自分のやりたいと思うことをやりたいようにやってみることがとても大事です。

そこまではできない、という職場が多いかもしれません。では、限られた時間でイノベーションを生み出すにはどうしたらよいのでしょうか。

私は、従業員が日々イノベーションを身近に感じる仕組みを作ることが大事だと考えています。

私が以前担当していたリクルートの事業開発組織では、当時、従業員のミッション(その期の初めに決める「やるべきこと」)について、1人あたりの10%の時間を「イノベーションミッション」として設定していました。数年後には毎月従業員300人の数よりも多いアイデアが生み出され、年に5000超の提案がありました。もちろん玉石混交でしたが、月に数件はピカピカのアイデアがありました。実際に、事業開発フェーズからうまく離陸し、お客様に使っていただけるサービスとなったものもあります。特に嬉しかったのは、日々お客様と接している全国の現場から、問題点と解決策が次々と出てきたことです。

では労働時間はどうなったのか。

スタート当初、10%も業務外に使っては、逆に残業が増えるのでは、という声もありました。実際私もグーグルの20%までは勇気がなく、半分の10%にしたのは、それを危惧したからです。

しかし、案ずるよりも産むが易し。この取り組みを始めてから、現場では、働き方についても自発的な効率化が進みました。業務のムダやダブりの整理、事前に資料閲覧をすることでの会議時間の削減、決定事項共有はイントラネットを併用することなどの合わせ技で会議の流れが効率化されたりして、労働時間は増えませんでした。

アイデア1つでも評価と結び付ける

なぜでしょうか。

私は、「イノベーション」に垣根を設けなかったことが大きかったと思っています。イノベーション、と聞くと、華々しい新商品やサービスの開発を想像されるかもしれませんが、私は「日常的な業務改善も大歓迎」としました。これが日々の働き方や業務効率化に対する意識にも影響したのではないかと思います。

限られた時間でたくさんのアイデアを出してもらうために、皆が見られるイントラネット上で簡単にアイデアを出せるようにし、アイデアの提案と評価と結び付けました。アイデアを1つでも出したら、標準評価にすることにしました。

短時間労働とイノベーションの関係を示した表

Recuit co. ltd

イノベーションが起きる構造を図解してみました。

  1. 働き方改革を通じて労働時間を削減し、生まれた時間で、通常業務以外を
  2. 従業員個人が、自分の意思で選択できるようにします。一番のポイントは2です。従業員の「自主性」を信頼するのです。健康増進や学習、家庭のために、あるいは地域やボランティアや趣味のために時間を使う人もいます。それらは一見、仕事と無関係に見えることがあるかもしれませんが、結果としては、いつもと異なる経験をしながら、現場の声や不便、不満などに気づき、それを解決しながら
  3. 個人の成長が起こるのです。当然、その経験が
  4. 仕事へ還元されることもあるでしょう。
  5. 多様な経験、バックグランドを持った集団になることで、
  6. イノベーションを生み出す可能性が高まるのです。

冒頭に紹介した調査結果では、イノベーションの実現には、ダイバーシティ&インクルージョン(多様な人々がそのままの状態で貢献できる)と専門性の高い教育(「プロフェッショナル人材育成」)が寄与することが分かっています。

労働時間を減らすことで、多様な個人が、人生の変化に対応しながら就業継続できる可能性も高まります。

呼び名を変えれば意識が変わる

会社員

日本では正社員の4分の1が週50時間以上働いている。

撮影:今村拓馬

ところが、現在の日本の多くの職場では、残業をする前提で業務設計されているようです。リクルートワークス研究所が全国の働く人たちを対象に毎年実施している「全国就業実態パネル調査」2017年版によると、正社員の労働時間は、平均週40~45時間が最も多く42.9%。同じく45~50時間が16.1%、50時間以上が25%程度です。正社員では、週当たり40時間以上働いている人が84%にのぼります。これでは、平日には、職場の人や仕事関係以外の人と接することはできません。

一方、残業をしない、制約があってできない従業員は、「短時間労働者」と呼ばれ、「弱者」扱いをされているのが実態です。

この状態を変えることが必要です。つまり、残業をせずに就業している人たちを普通時間労働者、残業をしている人たちを長時間労働者、例えば毎日10時間以上働いている人を超長時間労働者と呼ぶようにしてみてはどうでしょう。会社から与えられた業務だけで長時間労働や超長時間労働をしていては、他の新しい経験はできません。そうなると中長期的に、イノベーションを起こせないのです。まずは呼称から変えてみると、今の働き方が普通ではないという感覚が生まれてくるかもしれません。呼称が変わると、意識が変わります。意識が変わると行動が変わります。

ちなみに、労働時間削減は現状把握から始まります。現在、何にどのような時間を使っているのか測定することで改善の方向が分かります。自組織のスケジュールのうち、「主要業務」(3ポイント)、「周辺業務」(2ポイント)、「手待ち業務」(1ポイント)と分類し、ポイントを算出するだけで現状把握ができます。同パネル調査の2017年版では職種別に3分類の構成比が掲載されていますので、職種別にどんな傾向があるか参照してみてください。

ラッキーなことに、日本の製造業は世界的に見ても生産性を高めるお手本です。この製造業の取り組みや仕組みを参考にしてみるのもよいでしょう。


中尾隆一郎(なかお・りゅういちろう):リクルートワークス研究所副所長。大阪大学大学院工学研究科修了。1989年リクルート入社。リクルート住まいカンパニー執行役員(事業開発担当)、リクルートテクノロジーズ社長などを経て、現職。

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