Apple Watch Series 2のステンレス版(左)とSeries 3のGPS+セルラー版(アルミニウム)。見た目には形状の違いはなし。竜頭(デジタルクラウン)が赤なのがセルラーモデルの印。数少ない、従来モデルとの外観の変更点だ。
「今秋のアップル新製品で一番面白いのは?」
この質問を事情通に聞けば、意外かもしれないが多くの人から「Apple Watchだ」という答えが返ってくる。筆者も同意見だ。9月22日に発売された「Apple Watch Series 3」のセルラーモデルは、これまでのスマートウォッチよりも普及する可能性がある上に、この製品で導入された仕組みは、通信機器ビジネスそのものに大きな影響を与える可能性があるからだ。
このセルラーモデルは人気があるようで、原稿執筆時点で多くの店で完売に近い状態になっている。一方、携帯通信網が入っていないGPSモデルは、いまも潤沢に供給されている。
Apple Watch 3の「LTE回線」は、iPhoneとの距離を無限に広げる
Apple Watch Series 3は、外観こそいままでのApple Watchと変わらないが、中身はまさに「フルモデルチェンジ」。動作速度が劇的に変わり、なにをするにもサクサク動く。デザインは変えずにパフォーマンスをアップする、というアプローチは近年のアップルのお家芸だ。
だが、動作速度の向上は、Apple Watchにとって小さなことだ。今回のSeries 3の「新しさ」は、携帯通信網(LTE)に対応し、Apple Watchで直接通信が行える「セルラーモデル」の存在こそがアイデンティティだからだ。もちろん、従来どおりGPS版のApple Watch Series 3もラインナップされているが、どうせ買うのならセルラーモデルにすべきだ、と断言できる。セルラーモデルは時計の竜頭(デジタルクラウン)が赤になっており、従来のモデルと区別されている(写真2)。
新旧比較。竜頭が赤いだけ、ではあるものの見比べるとやっぱり「新型」は赤い方が気になってしまう。この側面カットを見ても、基本的なデザインに変更がないことがよくわかる。
携帯通信網につながるようになったこの意味は、「今まで不便だったことが、自然な形で便利になる」ことが大きい(電話をするためにApple Watchを買う人はごく少数だろう)。
Apple Watchも含め、大半のスマートウォッチが採用するBluetoothでの接続では、iPhoneから数m程度しか離れられない。それを、携帯電話ネットワークも内蔵することによって、「iPhoneとApple Watchの距離を事実上“無限に広げる”」ために使う、というのがアップルの手法だった。
具体的には、iPhoneにかかってきた電話や、iPhoneが受信したメール・メッセージなどの「通知」は、すべて自動的にApple Watchへ転送される。電話に出たり(写真3)メッセージをチェックするだけなら、iPhoneを手元に置いておく必要はなくなった。
iPhoneに電話がかかってくると、自動的にApple Watchにも着信する。電話帳に登録されている相手なら、名前も表示される。
「Apple Watch 3はiPhoneなしで使える」の嘘ホント
Apple WatchはApple Payに対応していて、Suicaやクレジットカードの情報を登録して買い物に使える。ただ、以前のモデルでは、Apple Watch内のSuicaの残高が足りない場合、接続できるiPhoneが近くにないと、残高をチャージすることはできなかった。今回のセルラーモデルでは、Apple Watch自体が通信可能になっているので、iPhoneを手元に持っていなくても、Apple Watchから残高のチャージができるようになった。この点も、「iPhoneから離れる自由」につながる。
ただ、「Apple WatchがiPhoneなしでいつでも使える」と言えるわけではない。実は動作条件が2つある。いつでもできるわけではないのだ。
- iPhoneとApple Watchの双方の電源が入っていて
- 双方が通信可能な範囲にあること
電話への着信やApple Watch内のSuicaへのチャージは、iPhoneが関わらない。しかし、メールやメッセージの通知については、上記2つの条件が揃っている必要がある。この条件を満たしている場合なら、iPhoneとApple Watchの間は、数mどころか数百km離れていてもいい。
だが、iPhoneを持っていない人がApple Watchを使うことは、事実上困難である。Apple Watchの設定にもiPhoneが必須だ。「Apple Watchだけでは成立しないが、Apple Watchだけで行動できる範囲が広がる」ことが、セルラーモデルの価値なのだ。
LTE通信に非対応アプリもあり、発展途上だが使い勝手は良好
実際に左腕に装着して使ってみると、Apple Watchが意外なほど「携帯通信網(LTE)を使わない」ことに気付く。これまで、iPhoneとApple Watchは通常、Bluetoothでつながっていた。これはセルラーモデルも変わらない。また、接続可能なWi-Fiがある場合には、Wi-Fi経由でiPhoneとの連携を行おうとする。こういう挙動になっているのは、できる限り消費電力の少ないネットワークにつないで、Apple Watchの動作時間を長く保とうとしているからだと思われる。
BluetoothやWi-Fiで接続している場合には「白」。電波強度を示す印も表示されない。
Apple Watchは携帯電話網に接続するのは、「Bluetoothでつながる範囲内にiPhoneがなく、さらに接続可能なWi-Fi網もない場合」のみだ。携帯電話網を使っているかどうかは、文字盤に表示される「緑色の電波強度」表示でわかる。ネットワーク接続アイコンも「緑」になる(写真8、9)。まったく接続がない場合には「×」が文字盤に現れるが(写真10)、こうなる時間は非常に短いだろう。
携帯電話ネットワークを使っている印は「緑」。文字盤に電波強度を示す丸いドットが現れ、接続アイコンの色も緑になる。
携帯電話網も含め、まったく接続ができない場合、文字盤上方に「×」が出る。
ちなみに、携帯電話網では、通話も通知も来るものの、Apple Watch上のすべてのアプリが使えるわけではない。ツイッターのようなSNSアプリや、AppStoreで配信される乗り換え案内アプリは使えず、画面に「通信不可能」のマークが出た(写真11)。これは、アプリ側がまだセルラーモデルに対応していないからだろう。
ツイッターは携帯電話ネットワーク下では使えなかった。このように、現状ではApple Watchセルラーモデルの仕組みに非対応のアプリは多い。
気になるバッテリー消費は、携帯電話網を使うとそれなりに跳ね上がる。筆者の計測(複数回の平均)では、1時間で13%から15%程度のバッテリーを消費した。Bluetooth接続では5〜8%(画面を見る量で大きく変化)だったので、より短い時間しか使えないことになる。体感としては、「一日中iPhoneから離れている」と不安だが、一日のうちの数時間以内だと想定すれば、許容できる範囲だ(ただしそもそも、Apple Watchはもっとバッテリー動作時間が長くなって欲しい、と筆者は思う)。
ただ、消費電力を減らすため、積極的にWi-Fiネットワークにつなぎにいくことは、不具合にもつながっている。筆者は直面しなかったが、海外メディアが伝えるところによれば、通信できないWi-Fiネットワークに優先接続した結果、Apple Watchの携帯電話網接続に不具合が生じた例が報告されている。この点についてアップルは、ソフトのアップデートによる改善を模索する、とのコメントを出している。
また、ウリのひとつであった「音楽サービスへの直接接続」機能は、製品出荷時には実装されておらず、10月以降にアップデートで実現するという。ここでの音質やバッテリー消費などは、別途確認が必要だ。
セルラー版Apple Watchの制限:格安SIMと、国際ローミングに注意
セルラー版のApple Watchでは、携帯通信を使う場合は、スマホと同じように通信契約が必要になる。その際の制限として、iPhoneの側の契約と同じ携帯電話事業者(キャリア)を使い、それぞれのキャリア事業者で「紐付け」が必要だ(そのため格安SIMではApple Watchは使えない)。
KDDIとソフトバンクは、Apple WatchとiPhoneに別々の電話番号を割り当て、サービス側で一体で扱う処理を行う。NTTドコモの場合、「ワンナンバーサービス」を使い、iPhoneと同じ携帯電話番号がApple Watchにも割り当てられる。
ちなみに月額料金は、KDDIとソフトバンクは月額350円、NTTドコモは月額500円。。KDDI・ソフトバンクは利用開始から最大6カ月無料、NTTドコモは180日無料となっている。
なお、iPhoneとの紐付け作業は、iPhoneからApple Watchをセットアップする時に行う。
携帯電話網へのApple Watchの登録は、iPhone上での設定中に「自分で」行う。iPhoneをゼロからセットアップできる程度の知識があれば、非常に簡単な手順だ。
特に入力項目もなく、非常に簡単な作業だ。携帯電話ショップで契約する必要はなく、すべて自分の手で行える。またその仕組み上、国をまたいだ利用はできない。現状のApple Watchセルラーモデルは国際ローミングに対応していないため、「iPhoneを忘れて海外旅行に出た」場合には、(これまでのApple Watchと同様に)ただの時計になってしまう。
ちなみにApple Watchは、販売される国によって内部に組み込まれた携帯電話ネットワーク接続機能の仕様が異なる。アップルによれば、「アメリカ」「中国」「EUおよびAPAC」のモデルに分かれており、それぞれで仕様が異なるのだそうだ。そのため、日本でもApple Watchを使いたい場合、EU圏・APAC圏で購入したものは大丈夫だが、アメリカ・中国で購入したものが同じように携帯電話ネットワークに接続できるかどうか、同じように広いエリアで通信ができるかどうかは保証できないという。
通信契約のあり方に一石、MVNOや他メーカーはどう動くのか
Apple Watchの「セルラー契約」の仕組みは、今後の通信機器に大きな影響を及ぼしそうだ。いわゆるIoT機器を含め、通信機能を内蔵したい製品は多数ある。Apple Watchのように簡単に契約し、支払を携帯電話と一本化できる仕組みが広がれば、IoT機器だけでなく、PCもタブレットも、もっと便利で気軽な存在になるはずだ。
アップルは今回、世界中の大手携帯電話事業者と事前に交渉をまとめ、このシステムを実現した。とはいえ現状、アップルとの交渉や契約関係が必要になるため、事業者側から見れば「お手軽」とは言い難い。
また、iPhoneとApple Watchを違うキャリアで使うことはできない。例えば、iPhoneはMVNOで、Apple Watchは大手キャリアで、といったような使い方はできないわけだ。これは、技術的に標準化された仕組みがないため、まずはアップルと契約を交わす必要があるが、交渉するには、その「事業者」」がアップルと契約を交わし、「iPhoneを正式に扱っている」必要があると思われる。だが、それができているMVNO事業者はほとんどいない。そのため、MVNOから見ると、手を出しづらい領域ではある。
より広い事業者で活用可能な仕組みになれば、回線利用のスタイルや支払いのあり方に一石を投じるものになるだろう。
そして、この動きに他のスマートフォンメーカーやスマートウォッチメーカーは、どう対応するのだろうか。通信業界目線で見れば、そこに「面白み」がある新製品だ。
西田宗千佳: フリージャーナリスト。得意ジャンルはパソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」「ソニー復興の劇薬」「ネットフリックスの時代」「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」など 。