ジェフ・ベゾスの「打ち上げてもない民間ロケット」が売れる理由 —— “国際宇宙会議”発表の衝撃

発射台の前に立つ、創立者でアマゾンCEOのジェフ・ベゾス氏。

発射台の前に立つ、創立者でアマゾンCEOのジェフ・ベゾス氏。

Blue Origin

液体ロケット「ニュー・グレン」

2020年初打ち上げを目指す、液体ロケット「ニュー・グレン」。機体は再利用型で第1段が洋上プラットフォームに帰還する構想が公開されている。

Blue Origin

今夏、ホリエモンロケットこと「MOMO」を打ち上げたインターステラ・テクノロジズ(以下IST)も参加した、世界最大の宇宙学会「国際宇宙会議(IAC)」が9月末、オーストラリアで開催された。開催地となったアデレードには、NASA、JAXAを始めとする世界の宇宙機関や専門家、宇宙開発企業が集った。ISTが行ったMOMOの初打ち上げの成果発表は、世界の潜在的顧客の関心を呼んだ。

MOMO打ち上げで国内でも注目が集まる民間ロケットビジネス。今回着目したいのは、アマゾンのジェフ・ベゾスCEOが率いるロケット企業「Blue Origin(ブルー・オリジン)」だ。

史上最大のロケットに並ぶ巨大ロケット「ニュー・グレン」

宇宙関係者の注目が集まるIACでは、自動車業界におけるモーターショーのように企業からの重要な発表も相次いで行われる。

ベゾスCEOが設立したロケット企業、ブルー・オリジン社は今回、3社目の人工衛星打ち上げ顧客を獲得したと発表。大型ロケット、New Glenn(ニュー・グレン)による静止通信衛星の打ち上げ契約だ。ニュー・グレンロケットは2020年に初めての打ち上げを予定している。デビューまであと3年という今年は顧客獲得の発表が続いていて、今回はタイで今月設立されたばかりというmu space(ミュー・スペース)社がアジア初の顧客となった。

アメリカの民間ロケットで、静止衛星などの大型衛星を打ち上げる大型ロケットの分野では、電気自動車メーカー、テスラ創業者のイーロン・マスクCEO率いるSpace X(スペースX)が先行しており、ニュースも集中している。一方、ベゾス氏率いるブルー・オリジンは着々とロケット企業としての実績を積んでいるにもかかわらず、やや影が薄い。

よく比較されるスペースXとブルー・オリジンだが、ブルー・オリジンは2000年設立。2002年に設立のスペースXより実は2年早い。スペースXが独自開発のFalcon 1(ファルコン1)ロケットを2008年に軌道上まで打ち上げを成功させたのに対し、ブルー・オリジンはエンジン開発に磨きをかける方向で進んできている。

アメリカ初の宇宙飛行士、アラン・シェパードの名にちなんだNew Shepard(ニュー・シェパード)ロケットが、実際の宇宙飛行の前段階として高度約93kmまでの“弾道飛行”を成功させたのは2015年。設立から初飛行まで15年の時間をかけた。

ニューシェパードロケット

2015年の初飛行以来、打ち上げと着陸試験を進めているニュー・シェパード。

Blue Origin

以降、矢継ぎ早に飛行試験を進めた。弾道飛行による宇宙旅行を実現する宇宙船を搭載するニュー・シェパードは2018年にも初の商業飛行を行う計画だ。2017年3月にはカプセル型宇宙船のイメージを公開した。

ニュー・シェパードは液体酸素/液体水素を推進剤とする「BE-3」エンジンを搭載しているが、より推力の大きい「BE-4」を搭載する予定なのがニュー・グレンロケットだ。名称はアメリカ初の軌道周回飛行を達成したジョン・グレン宇宙飛行士の名にちなんでいる。

ニュー・グレンは2段型と3段型の2形態があり、実現すればアポロ宇宙船を月まで送った史上最大のロケット、サターンVと並ぶ超大型ロケットとなる。すでにフロリダ州のケープ・カナベラル空軍基地内にある発射台の使用契約を結び、ロケット製造施設を建造して準備を進めている。

世界最大のロケット「サターンV」に並ぶサイズになるニュー・グレン

各国の大型ロケットとニュー・グレンの比較。右端は史上最大のロケット「サターンV」で、右から3番目の3段型ニュー・グレンはサターンVと遜色ない大きさであることがわかる。

Blue Origin

打ち上げてもいないロケットで契約を取れるのには理由がある

スペースXの現在の主力ロケット、ファルコン9がすでに国際宇宙ステーションへの物資輸送ミッションも含め40回以上の打ち上げを行っているのに対し、ニュー・シェパードは試験段階、ニュー・グレンは開発中だ。このことから、ブルー・オリジンはかなり出遅れているように見える。にもかかわらず、なぜ衛星打ち上げ契約を得られるのだろうか。

開発中の新型ロケットが打ち上げ前に契約を勝ち取ることそのものは、さほど珍しくない。

例えば、欧州の打ち上げサービス企業アリアンスペース社は、2020年にデビュー予定の大型ロケット、Ariane 6(アリアン6)での衛星打ち上げ契約をすでに獲得している。アリアンスペースにはアリアン5までの既存のロケットで築いた実績と、発展する人工衛星の需要に合わせたロケット設計、そして欧州の政府系衛星打ち上げを担う信頼、つまり「そんなに簡単にビジネスを破棄するようなことはできない」という信頼がある。打ち上げ価格はもちろん重要だが、それだけで決まらないのが衛星打ち上げサービスの世界だ。

一方、ニュー・グレンは打ち上げ実績は持っていないが、主力エンジンBE-4を他のロケット企業に提供する予定となっている。

相手は、これまでアメリカの政府系衛星の打ち上げを一手に担ってきたボーイングとロッキード・マーチンの合弁企業ULA(ユナイテッド・ローンチ・アライアンス)社。2019年にデビューする新型ロケットValcan(ヴァルカン)に搭載する。ULAとブルー・オリジンはBE-4エンジンの開発でも協力している。GPS衛星や火星探査機「キュリオシティ」、気象衛星GOESシリーズなど、「アメリカの重要な人工衛星の打ち上げを成功させてきたULAが採用するロケットエンジンである」ということで、BE-4はすでに一定の信頼を得ているということになる。

BE-4-Web

燃焼試験中のBE-4エンジン。同じエンジンを採用するULAのヴァルカンロケットは2019年初打ち上げ、打ち上げ価格は8500万ドルから2億6000万ドルになると見られている。

Blue Origin

もうひとつ、ブルー・オリジンは2017年9月、ニュー・グレンロケット先端部の衛星搭載部の保護フェアリングを、これまでの長さ5.4mから7mへ変更すると発表した。

その理由をクレイ・モウリー副社長は「より多くの小型衛星や、大型アンテナを備えた静止衛星に対応するため」と説明している。静止通信衛星は通信の大容量化、高速化が進んでおり、複数の大型アンテナを搭載した衛星の打ち上げ需要は高まっていく方向だ。

こうした衛星側の要望にきちんと応え、既存のロケットでは搭載できない形状やサイズの衛星に対応するならば、新型ロケットが打ち上げ契約を獲得できるチャンスがある。実際、ニュー・グレンの最初の顧客は欧州で高スループット静止通信衛星を展開するEutelsat(ユーテルサット)社と、800機以上といわれる小型通信衛星網を展開する予定のOneWeb(ワンウェブ)社だ。

そしてもうひとつ、ブルー・オリジンはベゾス氏が設立者であることで大きな信頼を得ている。2017年4月、コロラド州で毎年開催される宇宙関係の展示会で、ベゾス氏は「Amazonの株式を毎年10億ドル相当売却し、ブルー・オリジンの資金に当てている」と発言したのだ。これだけ豊富な資金を得ていることで、ブルー・オリジンは投資家の資金をあてにしなくてはならない他の宇宙ベンチャーと異なり、事業のロバスト性(安定性)が高いという期待を集めているわけだ。

3社目の顧客「ミュー・スペース社」とは何者か?

ところで、ブルー・オリジンのアジア初顧客となったバンコクに本拠を置く通信会社ミュー・スペース社とはどんな企業なのか。なにしろ9月に設立されたばかりで、ビジネス概要については限られた説明しかない。ジェームズ・イェンバムルンCEOはアメリカの防衛企業、ノースロップ・グラマン社に在籍していた経歴を持っているといい、タイ政府によるタイのデジタル化推進計画の一環で、データセンターや衛星地上局を備えた「デジタル・パーク」特区の運営に参加している。

ミュー・スペース社のジェームズ・イェンバムルンCEO

タイのデジタル化推進に参加する通信企業、ミュー・スペース社のジェームズ・イェンバムルンCEO。

mu Space Corp.

もともと、タイは全世帯の7割以上がケーブルテレビまたは衛星放送を視聴し、地上波放送の視聴世帯は3割以下という衛星放送大国だ。バンコク市街の集合住宅の屋根には、直径1m程度のメッシュのパラボラアンテナがキノコのように何本も立てられている。

2016年まで各世帯に政府からデジタルTV受像機切り替えへのクーポンが配布されてデジタル放送への切り替えが進み、モバイルでのデジタル放送視聴やモバイル通信の需要も高い。ミュー・スペースは2021年に独自の静止衛星を打ち上げる計画だとしており、マーケットの需要はありそうだ。

ミュー・スペースはアジアでの宇宙旅行サービスにも参入する構想を持つといい、あるいはニュー・シェパードにも関心があるのかと思わせる。この先、打ち上げ予定の静止衛星の構想が判明すれば、ニュー・グレンロケットがどの部分で衛星事業者を引きつけるのかより明らかになりそうだ。


秋山文野:IT実用書から宇宙開発までカバーする編集者/ライター。各国宇宙機関のレポートを読み込むことが日課。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、書籍『図解ビジネス情報源 入門から業界動向までひと目でわかる 宇宙ビジネス』(共著)など。

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