ドローン、オンライン決済、シェア自転車。日常生活に関わる中国の商品やサービスが、日本や世界に急速に広まっている。その波の次はオンライン教育分野だ。
VIPKIDの授業風景。北米在住の教師との1対1の授業がウリだ。
VIPKID提供
VIPKIDは、中国の子ども20万人と北米のネイティブ英語教師2万人をオンライン上で1対1でつなぎ、子ども向けに英語教育サービスを提供するEdTechベンチャーだ。
授業風景はこんな感じだ。
北京とニューヨークの時差は12時間(サマータイム)。北京の生徒が学校から帰宅後、パソコンかタブレットで同社独自開発のオンラインクラスルームに入り、午後6時に1対1の授業が始まる。ニューヨーク在住のネイティブ教師は早朝6時から仕事だ。
授業開始前に教師から生徒の親に授業開始の連絡がモバイルに入る。生徒は授業開始前に学習ポイントがまとまった5分ほどの予習ビデオをオンラインで見て予習する。1レッスンは25分間。教師はオンライン教材を使いながら、ゆっくりと大きな声でジェスチャーを交えて、対話重視で授業を進める。
授業終了後に、教師は生徒の親に授業の内容や子どもの習熟度合いなどを送り、親はモバイルで確認できる。生徒は授業後にオンラインで宿題や復習を行い、オフラインの復習教材を併用しながら習熟度を高める。
1社で市場規模予測をすでに超える
VIPKIDの創業は2013年10月、翌年6月からサービスを開始した。
北京の観光名所、鼓楼と鐘楼近くにあるVIPKID本社。
VIPKID提供
投資家の顔ぶれは恐ろしく豪華だ。2016年8月にアリババのジャック・マー率いる 雲鋒基金 などから1億ドル(約110億円)を調達。続けて2017年8月には、米名門VCのセコイア・キャピタルとテンセントなどから2億ドル(約220億円)を調達。この時点でユニコーン企業になった。
創業以来累計で3億3000万ドル(約360億円)を調達しただけでない。
2017年の売り上げ予測は50億元(約850億円、公表済み)に達する勢いで爆速成長している。売り上げは会員からの授業料のみである。
中国大手ネット調査会社であるiResearch社の調査(2017年2月当時)では、中国における子ども向けオンライン英語教育の市場規模は2017年は27億5000万元(約470億円)と見られていたが、VIPKID1社で予測を大幅に超える需要を生み出している。
市場が成長するにつれて、51Talk(清華大学出身者が創業)やVIPABC(UCLA博士号取得の中国人が海外で始めたサービスで中国に進出)など、成人向けにサービスを展開していた中国系オンライン教育の競合大手が続々と子ども向け市場に参入。競争が激化する中でも、VIPKIDはいまだに市場シェアは50%を超え(iReserach社調べ)、子ども向けオンライン英語教育市場を牽引する。
背景には急増する米への留学と低年齢化
市場自体が爆発的に成長している主な要因は、海外へ留学する子どもの増加と、英語教育の低年齢化だ。中国からアメリカの高等教育機関への留学者数は過去10年平均年率18%で成長し、2015年には32万9000人にのぼった。アメリカの外国人学生の3分の1は中国人である。留学の早期化も進んでいる。近年は大学の留学生数が大学院の留学生数を上回り、さらに、アメリカの小中高校に入学する中国人学生は年々増加している。
こうした英語教育の低年齢化とITの進化を追い風に、VIPKIDは対象年齢4-12歳の中国の子どもと北米のネイティブ英語プロ教師をオンライン上で1対1でつなげた。
授業には、全米規模の共通学習基準(Common Core State Standards)に沿った独自開発の英語学習教材を使用する。Common Core State Standardsは、日本の学習指導要領に当たる。
オンライン英語学習では、中国でも日本と同じく、低価格を実現するためにフィリピン人教師を雇うことが多い。それに対し、VIPKIDはアメリカの学校で教えた経験を持つプロの英語教師を厳選し(採用率は10%以下)、高いクオリティによる差別化を図る。ネイティブ教師はきれいな発音で、英語独特のイントネーションやリズム、自然な会話表現、英語圏の文化が学べる点が魅力だ。
さらに、最新のテクノロジーを活用し、生徒ごとに最適化した学習コンテンツを提供する。そのため1レッスン(25分)の平均単価は130元(約2200円)と高額だが、すでに有料会員は20万人(2017年8月時点)に達している。
VIPKIDの教師たちは自主的にコミュニティーを立ち上げて、より良い授業ができるよう情報交換しているという。
VIPKID提供
年間売り上げ見込み50億元、有料会員数20万人から、生徒1人当たりの平均授業料とレッスン数をざっと逆算すると、月間授業料2080元(約3万5000円)、月16レッスン(週4レッスン)となる。
一方、ネイティブ教師への1レッスン(25分)あたりの平均支払単価は10ドル(約1100円)。同様に、教師1人当たりの平均月収及びレッスン数をおおざっぱに計算すると、平均月収1560ドル(約17万2000円)、月間156レッスン(1日5レッスン)となる。
早朝など正規の授業時間外を活用する教師もいるが、自宅勤務で一定の収入が見込めるため、現在はVIPKIDの専任教師も多く、各都市ごとに教師は自主的にコミュニティを形成し、定期的に情報交換を行い結束を強めて、授業の質を高めているという。
圧倒的に足りない中国の英語教師
VIPKIDによると、顧客層は 世帯年間所得15万元(約225万円)以上のアッパーミドル層だ。この層は、中国の全世帯数の約20%を占める。
特に、現在4-12歳の子どもを持つ親は1975年以降生まれが大多数を占め、グローバル化やIT化による競争を最も受けてきた一人っ子世代であり、子どもへの教育投資を惜しまない。伝統的な1クラス30〜40人の英語学習の非効率さも感じている。デジタルに慣れ親しんでいることもあり、ネイティブ教師から1対1で英語をオンラインで学ぶ価値を最も理解する世代だ。
VIPKID創業者Cindy Mi。叔父と経営していた英語学校での経験が今の事業の元にある。
VIPKID提供
創業者のCindy Mi(米雯娟)は1983年河北省生まれ、叔父がハルビンに設立した英語学校(ABC Education Group)で、高校生時代から子どもたちに英語を教え始めた。2000年、17歳で叔父と共に北京校(ABC English)を設立。教鞭と会社経営をこなしながら、通信で大学卒業資格を得て、2010年、北京のビジネススクール・長江商学院に入学。米コーネル大学へ交換留学、MBA取得後、叔父と経営してきた学校を辞め起業した。
筆者とは長江商学院で1年間寝食を共にして学んだ同級生である。
Cindyは、なぜ起業したのか。
「急激なITの進化にも関わらず、教育業界は200年前と同じやり方で非効率。中国には2億3000万人の小中高校生に対して、英語教師は公式にはたったの2万7000人しかいない。これでは全ての未来ある子どもたちに高品質で個別化された英語教育は提供できないの」
「一方で、アメリカには約500万人の英語教師がいる。最新のテクノロジーを活用することで地理的制約をなくし、アメリカの正規の授業に沿った英語を生徒ごとに最適化して学ぶ機会を提供できるでしょう? 未来のためにすべての子どもたちを鼓舞し、世界に羽ばたく力を与えたい」
Cindyの起業動機は、根っからの教育者としてのビジョンだ。
中国語授業の生徒第1号は東京の5歳
夢は中国にとどまらない。世界中の子どもたちに学ぶ機会を提供したいと考えている。VIPKIDは既に有料会員20万人の2%が中国以外の32カ国から集まっており、今後世界に積極的に進出する計画だ。2019年までに全世界で有料会員100万人を目指す。
VIPKIDは2017年8月、新しい語学プログラムとして、子ども向けオンライン中国語学習サービス「Lingo Bus」を発表した。なんとその第1号の生徒は東京に住む5歳の日本人だった。3年以内に世界中から有料会員5万人を獲得し、中国語プロ教師1万人の雇用を目指す。
中国で早期英語教育が進む中、日本の状況はどうか。
日本ではグローバル化に対応した英語教育を実施するために、英語教育の早期化を政府主導で推進。2020年からは小学校5、6年生から英語の「教科化」(週2コマ)、小学校3、4年生から外国語活動必修(週1コマ)が始まる。VIPKIDが世界進出を進める中、日本の子どもたちにも広く受け入れられるか。今後、中国発のオンライン教育サービスの世界展開を占う上で試金石となりそうだ。
大内昭典+BillionBeats:BillionBeatsは中国在住の日本人による中国人とのストーリーを集積するソーシャルプロジェクトで、大内は運営パートナー。日本の大学在学中に公認会計士試験合格後、米系証券会社投資銀行部門を経て、北京のビジネススクール・長江商学院でMBA取得。現在、日系事業会社の香港を拠点に中国関連の事業投資に従事、中華圏在住8年目。