中国史上最大のヒットゲーム「王者栄耀」——1億女子たちを“中毒”にした3つの鍵

中国は10月1日から国慶節の長期休暇に入り、駅や列車は故郷へ帰る人々でごった返している。中国は広いので短くても数時間、長い人は数十時間を車内で過ごさないといけないが、今年は長旅もそれほど苦痛ではないかもしれない。実際、駅では小学生から大人まで、多くの人が時間を忘れたようにスマホゲーム「王者栄耀」に興じていた。

宮本武蔵

王者栄耀に登場する宮本武蔵。魅力的なヒーローが女性の心をとらえている。

オランダの調査会社Newzooによると、中国のゲーム市場は2016年に246億ドル(約2兆8000億円)と初めてアメリカ(236億ドル)を上回り世界トップになった。2017年はその差がさらに開く見込みだ。中国人のゲーム好きは今に始まったことではない。しかし、この王者栄耀がこれまでの作品と違うのは、ユーザーの半分以上を女性が占め、ゆえに中国史上最大のヒット作品となったことだ。

今年7月、日本留学から1年ぶりに中国に帰国したら、会う人会う人皆、王者栄躍にはまっていた。久々に会った女友達は、「今年6月にゲームを始め、今も毎日数時間を費やしている」と言う。成績優秀で、いつも勉強していた彼女の変貌ぶりに、あ然とした。

「王者栄耀」は最近、「王者農薬」との別名までつけられた。中国で農薬と言えば、人間の健康や生活に悪影響をもたらす「害」「毒」の代名詞だ。ゲームをプレイしている若者たちも、「一度始めたらやめられない」「中毒になる」と口をそろえ、「農薬」のフレーズに「言い得て妙」とうなずく。

開発はテンセント。プレイヤーは2億人

さて、これほど人気のある王者栄耀はいったいどんなゲームなのだろう。

開発会社は中国最大のメッセージアプリWeChat(微信)を運営するテンセントだ。

王者栄耀がリリースされたのは2015年11月26日で、2年近く前。Android、iOSのプラットフォームで、テンセントのSNSのアカウントを使ってログインできる。インターネットコンサルタント「極光」によると、2017年5月時点の登録アカウント数は2億。ゲームの大ヒットでテンセントの今年第1四半期(1~3月)の売り上げ、純利益は過去最高を更新。王者栄耀だけで120億元(約2兆円)の売り上げを記録した。

ゲームではヒーローを選んで敵と戦ったり、目標をクリアして楽しむ。こう説明するとこれまでと何ら変わりのないゲームのように見えるが、ヒーローが5人でチームを組んで対戦でき、ソーシャル要素も強い。

ゲームの画面

王者栄耀の対戦画面。5対5で戦って遊ぶ。

ヒーローは、法師、戦士、戦車、暗殺者、射手、補助の6つのタイプに分かれ、中国の歴史上の人物が中心だが、宮本武蔵や、日本の人気ゲーム「サムライスピリッツ」 のキャラクター「橘右京」など日本人もいる。

「手軽」「ソーシャル」「ビジュアル」で女性つかむ

これまで、ゲームのプレイヤーは男性が大半だった。しかし王者栄耀に関しては、それまでゲームに見向きもしなかった女性たちがはまっている。

「極光」によると、2017年5月時点で、同ゲームの女性比率は54.1%。プレイヤーは1億800人にものぼるという。

私も20代を中心とする30人にアンケートを実施してみた。回答者の70%が女性だったにもかかわらず、全体の75%がプレイ経験があると答えた。平日のゲーム時間は1時間前後が約6割。2~3時間が3割。そして3時間以上も1割近くいた。

女性プレイヤーへの取材から人気の秘密を探った結果、「手軽」「ソーシャル」「ビジュアル面の楽しみ」という3つの要素が浮かび上がった。

ゲームをする子ども

中国で大ヒットしている「王者栄耀」。「子どもの人生を壊す」とも批判されている。

suriyachan shutterstock

以前は、中国でゲームと言えばパソコンゲームが主流だった。ゲームを快適に楽しむには、それなりのスペックを持つパソコンが必要だが、女性の多くはゲームのためにそこまでお金をかけようとは思わない。

対して王者栄耀は、スマホで遊べるだけでなく、ゲーム初心者でも操作が難しくない。そして、ゲームの面白さは強さを追い求めるだけでなく、「チームを組む」ことにもあるので、課金しなくても楽しめる。友達や同僚とチームをつくり、SNSで戦略を話し合う人たちも多い。

さらに、ヒーローが女性から見て魅力的な点も大きい。ゲーム内ではゲームを有利に進められる装備や道具のほかに、見た目を良くするコスチュームも売っている。20代の女性は、「お気に入りのヒーローを自分好みに着せ替えられるのが楽しい」と話す。

国営メディアは「子どもの人生を壊す毒」と批判

しかし、ゲームの人気が上昇すると共に、批判も噴出している。

中国では以前から、ネットカフェに入り浸って社会生活に支障をきたす「ゲーム廃人」が社会問題になっているが、王者栄耀はスマホで遊べる手軽さゆえに、「廃人化」を広範囲で引き起こした。

大学生が勉強しなくなる、社会人が仕事をしなくなるのは序の口。国営メディア人民日報は7月、「王者栄耀が子どもの人生を壊している」との批判記事を掲載した。

報道によると小学生がゲームのヒーローの真似をして、高い所から飛び降りて重傷を負ったり、有料アイテムを買うために親のお金を盗むといった事件も発生している。

pokemon goで遊ぶ人

日本では昨年、ポケモンGOが大ヒットし、親子で遊ぶ人も多かった。

Reuters Tyrone Siu

また、ゲームが歴史上の人物を「脚色」している点も、親の不興を買っている。「詩仙」として有名な詩人・李白は、ゲーム上では暗殺者に設定されている。あらゆる時代の人物、しかも実在しない日本人武闘家までが一つのゲームに詰め込まれ、「子どもが間違った知識を覚えてしまう」との苦情も絶えない。

批判を受けて、テンセントは子どもの利用を制限する自主規制を行った。12歳以下のプレイヤーのゲーム時間を1日1時間以内に制限し、夜9時以降はログインできなくした。12歳以上の未成年の1日のゲーム時間も2時間までとした。

もちろん、このような規制は、親のアカウントを使ったり、ゲーム専用の別アカウントを作ったりすれば簡単に突破できる。だめと言われればさらに闘志を燃やすのが、子どもなのだから。

昨年リリースされ世界中で大ブームになったポケモンGO(中国ではGoogleマップが使えないため遊べない)。日本では親子で遊んでいる人々も多かったし、商業施設がイベントを実施して、全体としては歓迎ムードだった。

けれど、中国ではゲームはまだまだ「毒」扱いなのだ。

(文:包志紅、編集:浦上早苗)

包志紅:内モンゴル自治区出身、少数民族のモンゴル族中国人。2017年6月に中国の大学を卒業後、中国・大連の企業に就職。筑波大学に1年間交換留学。22歳。

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