『魂の退社』『寂しい生活』の著者で、月の電気代150円生活を送る元朝日新聞「アフロ」記者の稲垣えみ子さんと、NY在住で著書『ヒップな生活革命』でポートランドカルチャーを日本に紹介し、最新刊『ピンヒールははかない』でNYに生きるさまざまな女性たちを書いた佐久間裕美子さんが、Business Insider Japan主催のトークイベントで初顔合わせ。テーマは「なぜ私たちは“不安”から逃れられないのか」。聞き手はBusiness Insider Japan統括編集長の浜田敬子。
あと20年、暗い会社員人生を耐えるのか
浜田:Business Insider Japanは20代30代向けのメディアなんですが、今の20代30代は今生活にすごく困っているわけではないけれど、将来の仕事やお金、結婚などに対して漠然と不安を抱えている人が多いと感じます。そういった不安世代に向けて、今日はお二人に「不安ってなんだろう」「不安にどう対峙すればいいのか」ということを話してもらいたいと思っています。
お二人は不安を感じていた時期ってありました?
佐久間:自分を見つけられなかった20代は暗かったですね。みんなが感じている不安と同じかは分からないけど、「自分は何者なんだろう」とか「この社会の中でどうやって自分は1人で立っていけばいいんだろう」ってことをずっと考えてました。
稲垣:私が1番不安を感じていたのは、会社員だった40歳前かな。入社後ずっとすくすくと会社に育ててきてもらっていたのが、40歳くらいになると「会社にとって役に立つ人間かどうか」でコースが分けられ始めるんですよね。
それまではつらつとしていた先輩たちが、会社によるコース分けを経て愚痴が増えたり人格が変わったりするのを見てきて、それがずっとつらかったんですが、ふと気づけば自分もそうなりかねない。「自分もあと20年、暗い会社員人生を耐えていくのか」と思ってすごく不安になりました。当時は明確に考えていたわけではないけど、今思えばその不安が会社を辞めるターニングポイントになったかなと思います。
浜田:稲垣さんとはもう何度かトークショーをさせてもらっているんですけど、本当に来場者の質問の多くが「会社辞めたいんですけど……」というもので、会社との距離感に悩んでいる人ってすごく多いと感じます。裕美子さんはもう少し早く会社員を辞められてますよね?
稲垣さん(左)と佐久間さん(右)。2人とも会社を辞めたことで、「不安」から解放されたという。
佐久間:29歳の時に。最初の会社に入ったその日に「もう辞めたい」って思って(笑)、苦痛だから次の会社で頑張ろう、ダメだったからまた次の会社で……と2年ずつ3社に勤めました。それで「そもそも自分は会社に向いてないんだ」と分かって、まだ給料が安いうちに会社員を辞めちゃおうと思ったんです。
最後に勤めていた通信社では、毎日が同じように感じられて、正直、つまらなかった。そこでは細かい分担で決められた仕事ばかりをやり続けている記者がたくさんいて、やりたい仕事じゃないけれど、給料や待遇がいいから辞められない、という感じの人も多かったんです。みんなが暗い顔をしているのを見るのが耐えられなくて。
給料がいいから仕事を辞められない、札束で顔をひっぱたかれる前に会社から脱出しなきゃと思っていたら、自分の部署ごとなくなることになって。会社を辞めたかった私は、そのまま会社員を辞めました。
給料は一種の麻薬のようなもの
浜田:決まった日に決まったお給料がもらえる会社員にとって、フリーランスになるってすごく勇気がいることだと思うんですね。フリーになるときにお金のことって不安にならなかったんですか?
佐久間:あまり不安に思わなかったですね。会社を辞めるためにニューヨークで安い家を買って、月9万円のローンを組みました。9万くらいならなんとかなるかなって。実際独立して何年もたってから、スキーで足を大怪我してしばらく歩けなくなった時も、そういうときに限ってなぜか電話取材に仕事の依頼がたくさん舞い込んできて、意外となんとかなった。
もともと私は頑張った分だけお金が欲しいタイプなので、性格的にフリーに向いてたんだと思います。会社員はいくら頑張っても給料は変わらないっていうのがつらい(笑)。フリーだと働いた分だけ評価してもらえるように思えるから、すごい仕事が楽しくなりました。
稲垣:私は佐久間さんと違って、頑張らなくても決まった給料がもらえるのが嬉しいというタイプだった(笑)。だからこそ給料って一種の麻薬みたいなものだったんですよね。給料を貰うのが当たり前の権利だと思い込んでいて、一方で、もらえばもらうほど給料がない生活を想像できなくなった。フリーになってみると、毎月決まった日にお金が振り込まれるのって本当に奇跡だったんですよね。フリーだと本当に何もしないと収入は0なので。
でもそんなにも恵まれていたのに、会社員だった頃は、貰った分だけ家や車を買ってどんどん生活を拡大していって、いつも「お金がない」って言っていたんです。生活って拡大していくと、エスカレートして止まらなくなってしまう。3万円のものを買ったら、次は5万円のものを欲しくなる。それだと、給料という麻薬がなくなったらみんな死んじゃいますよね(笑)。40歳くらいになった時、今の状況はいつまでも続かないと思って、お金がなくても幸せになれることを探し始めました。
浜田:それでだんだん生活のサイズを小さくしていった結果、会社を辞められると思うようになったんですよね。
稲垣:決定的だったのは、節約生活が高じて冷蔵庫を手放したことだったかもしれない。何しろ保存ができないからうかつに食材が買えなくなって、結果、自分に必要な生活のサイズが生まれて初めて分かったんです。今までずっと足りない足りないと思ってきたけど、実際は全然足りていた。そうなったら買いたいものもなくなって、自然にお金が貯まり初めて、会社を辞めることが現実的になりました。お金もらうために我慢して仕事するっていう考えがなくなったら仕事に対しても卑屈にならなくなった。生きていくのってすごくお金がかかることだと思い込んでいたんですけど、意外と少ないお金でも大丈夫だったんですよね。
モノで人とつながれると友達が増える
稲垣:で、お金の使い道がなくなってしまって、余ったお金は人のために使うようになりました。と言っても寄付とかじゃなくて、好きなお店で気前よくお金を払うとか。好きな人に好きな店の商品をプレゼントするとか。つまりはお金で人心を買っている(笑)。友達ができるようなお金の使い方をしていれば、貯金がなくなっても友達はいなくならないんじゃないかと。それで老後の心配もなくなりました。
浜田:私はお二人がきっと気が合うだろうな、と思ってご紹介したのですが、そう思ったのは、「好きなところにはちゃんとお金を使うけど、そうじゃないところには使わない」っていう姿勢が似てたからなんですね。裕美子さんも、『ヒップな生活革命』の中で、ブルクッリンにある自分の好きなカフェや、考え方に共感できる店にはきちんとお金を使うって書いていて。
佐久間:そうそう。あと、お金のない若いブランドとかにコピーを書いてくれって頼まれることもあるんですけど、そんなところからお金とってもしょうがないって思ってるから、そういうときは「クレジットください」って言うようにしてるんですよ。そうすれば、そのブランドの商品ができた時にお店にいけば、現金がなくてもモノが手に入るようになる。
私の近所のアーティストも、なるべく税金を払わないようにするために、ギャラを現金でもらわないようにしてて。例えばレストランのメニューのイラストを書いたら、そのお店で飲み食いできるようにしてもらう。
浜田:物々交換というか、スキルとスキルを交換するみたいな感じですね。
佐久間:そう。それでそのアーティストが「あそこのワインショップのロゴを書いて、あそこのレストランのメニューを書いたから、今日5ドルしかないのに一銭も減らない」って言ってるのを聞いて、いいなあそれって思って。
稲垣:しかも、そういうやり方をすると友達もついてくるんですよね。私も農家の人とイベントをやったときに、ギャラとしてお米を1年分もらったんです。そういう風にお金じゃないものでつながると、相手との関係性が切れにくくなるんですね。お金ってすごく便利なんだけど、「お金を払ったからチャラ」みたいな縁を切る方向にもはたらく。
だから私はこの人と仲良くなりたいって思ったときには、あえてお金じゃなくてモノをお願いするようにしたいと思っています。
お金って、初めて行くお店の人と仲良くなるためにモノを買うとか、知らない人と知り合う手段としてはすごく有効だけど、そこから先の関係を築こうと思ったらお金だけだとあまり面白いことにならないですね。
浜田:稲垣さん、行きつけのカフェでピアノを習い始めたんですよね。最初聞いたときは、「え!あのモノがないお部屋でどうやってピアノを?」って思ったんですけど(笑)。
稲垣:私は小学生の時にピアノを習って挫折した経験があって、リベンジしたかったけどピアノないしなぁと思っていて。そんな時に近所のカフェにピアノが置いてあるのを見て、これは運命かもしれないと(笑)。でも、急にここでピアノ習いたいなんて言ったら不審がられちゃうので、しばらくはせっせとお店に通っていました。そしたら、そのカフェの常連さんに音楽雑誌の編集部の人がいて、その人がカフェに置いてあった私の本を読んでくださって、その音楽雑誌に原稿書きませんかって。
そこで、あ!と閃いて、「私の原稿料をピアノの先生とカフェの場所代に充ててもらって、私が40年ぶりにここでピアノを習って記事にするっていうのはどうですか」と。そしたら先方も乗ってくれて、ピアノの先生を紹介してくれて。しかも、その先生がピアニストで超イケメンなんですよ(笑)。 もちろんピアノを習いたければ、お金さえ払えば先生を雇ってスタジオで練習できるわけです。その方が手っ取り早い。でもそれだとこんなに面白いことは起きない。お金を使わないと知恵も使うし気も使う。それが面倒くさいんだけど楽しいとようやく気づいた。この楽しさを知ってしまうと、お金で解決するのがつまらなくなってくる。
佐久間:ちょっとご飯を作ってあげるとか、みんなそれぞれ得意なことがあるじゃないですか。それを交換とかすると、どんどん楽しくなってきますよ。
不安をなくすために「生活」に時間を使う
稲垣:仕事を頑張るために家事をできるだけ省力化しようとすることが、多くの人に不安をもたらす原因なんじゃないかって、最近よく考えていて。掃除とか洗濯とか生活の部分ってお金にならないし世間に評価もされないから、みんなできるだけ時間も心もかけないようにしようとしますよね。でも、それが罠なんじゃないか。 生活って、自分で全てをコントロールできる部分なんですね。どんなにお金がなくても天変地異が起きても、自分の力で快適に暮らす力があれば怖くない。とだから、生活の部分をがっちり抑えておけば、世の中とかお金とかに関係なく、「自分は大丈夫だ」って安心できると思うんですよ。
一方で、出世や給料って外からの評価だから、自分でコントロールするのは難しい。それに、私も含めてみんな自己評価がめっちゃ高いんですよ(笑)。だから、仕事に自分のほとんどを捧げてしまうと、頑張っても頑張っても「なんで評価されないんだろう」って思って苦しくなるし、不安になるんじゃないかなって思うんです。
浜田:それでね、裕美子さんとか稲垣さんの本を読んで、みんな自分もしっかり生活を整えなきゃ、って思いますよね。それが逆に、自分はこんな生活ができてないからダメだ、というさらなる不安になってしまうんじゃないかなとも思うんです。
稲垣:なるほど。でも、別に家事を完璧にやりましょうってことが言いたいわけじゃないんです。私もそもそもずぼらだし、実際完璧にできているわけじゃない。 以前の記事でうちの写真を載せたら、「鍋が汚い」とか「おひつが黒い」とかいろいろ言われましたけど(笑)、実際ホントその程度です。
でもその程度でも、お金とか特別なスキルがなくても、ほんのちょっとした自分の力で不安を解消できるよってことを伝えたいんですね。
生活を整えるっていっても、なにも人に自慢できるような美しい暮らしをしようということじゃなくて、何もない山へ行ってもキャンプでご飯が作れてそれを喜んで食べられる自分がいるというイメージ。便利なものやお金がなくても案外何とかなると思えば安心じゃないですか。みんなが不安になるのは自分のサイズが分からない、つまり自分は何が欲しくて何がいらないのかが分からないからだと思うんですよね。
浜田さんの家の冷蔵庫がベーグルでパンパンなのもそういう不安が原因ですよ(笑)。
浜田:最近は努力して冷蔵庫の中身を減らしてるんですよ!(笑)。でも前は、忙しくていつパン屋に行けるか分からないし、家族の朝ごはんがなくなったら困ると思ってそれでパンで冷凍庫がパンパンになって、娘に「冷蔵庫が空っぽになりますように」って七夕の短冊に書かれちゃって(笑)。
佐久間:えー!(笑)。でも確かに、不安になることで合理的な判断ができなくなることってありますよね。 私はすごく楽観的な性格で、昔から友達に「なんでそんな楽観的なの、意味わかんない」って言われてました。私は、そんな不安がってる時間があるんだったら、映画でも見てる方が楽しいって思うんだけど。
浜田:裕美子さんが不安を解消するために意識していることってありますか?
佐久間:教えられてきたこととか社会で刷り込まれてきたことに対して疑問を持つことですかね。「そんな一人で好き勝手やってると老後寂しいよ」とかよく言われるんです。他にも「そのうちいい人見つかるよ」とか。その言葉の背景には、結婚しなきゃいけないっていう大前提があるように思います。私は言われる度に「大きなお世話じゃ」と思うんですけど(笑)。
以前アメリカ人の友達に、「なんで日本人はバスルームとトイレを1人1個持たないといけないと思ってるの?」って言われたことがあるんです。その子は恋人を追いかけて日本に来たんだけど、そのとき東京の単身用のアパートの狭さにびっくりしたらしいんですね。「こんなに部屋が小さいならバスルームとトイレをシェアして、部屋を大きくすればいいじゃん」って。確かにその通りで、これからはそういう発想の転換が大事になるのかなと思います。
私自身も、結婚や老後についての社会からのメッセージに影響を受けたり、時には「一人で大丈夫かな」とか流されそうになったりもします。でも、そういう社会からの刷り込みに対して「本当にそうなの?」って疑問を持つことが、不安を解消する第一歩になるんじゃないかなと思います。
(構成:分部麻里、撮影:今村拓馬)
佐久間裕美子(さくま・ゆみこ):1973年生まれ。慶應義塾大学を卒業後、イェール大学大学院で修士号を取得。1998年からニューヨーク在住。新聞社のニューヨーク支局、出版社、通信社勤務を経て2003年に独立。アル・ゴア元アメリカ副大統領からウディ・アレン、ショーン・ペンまで、多数の有名人や知識人にインタビューした。著書に『ヒップな生活革命』『ピンヒールははかない』。
稲垣えみ子(いながき・えみこ):1965年生まれ。一橋大学社会学部卒業。朝日新聞社では大阪本社社会部、「週刊朝日」編集部などを経て論説委員、編集委員を務め、アフロヘアの写真入り連載コラムや「報道ステーション」出演で注目を集める。2016年1月退社。著書に『魂の退社』『寂しい生活』など。