天才イーロン・マスクの「スペースX」が世界で注目される本当の理由 —— 年30回の打ち上げ狙う超高速オペ計画

ファルコン9ロケットの打ち上げ風景

2017年3月、回収したファルコン9ロケット第1段の再利用に初めて成功した。

SpaceX

9月最終週、民間ロケット会社スペースXのイーロン・マスクCEOは、オーストラリア・アデレードで開催された国際宇宙会議の最終日、かねてより計画中の「火星植民計画」の具体案を発表した。2022年には、NASAとは別に独自に火星へ物資輸送ミッションを、2024年には火星へ有人探査ミッションを実施するという。21世紀の半ばには火星に都市を築いていく方向を目指している。

にわかには信じがたい計画だが、イーロン・マスク氏は真剣だ。計画の実現に向け、現行のロケット/宇宙船システムを新型巨大ロケット+宇宙船システム「BFR」に移行すると発表した。現在、ロケット「ファルコン」シリーズ、宇宙船「ドラゴン」シリーズで行っている人工衛星打ち上げ、および国際宇宙ステーションへの物資や人員輸送を、BFRへ移行し、2022年には火星へ物資輸送ミッションを、2024年には火星へ有人探査ミッションを実施するという。

BFR=新ロケットシステムのコードネーム。SpaceXからは正式な発表ではないが、「Big Falcon Rocket」の略とされている。また、社内では「Big Frickin’ Rocket」」(クソでかいロケット)の略として使われているとも言われる。

BFRロケット/宇宙船システムによる旅客輸送構想

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スペースXのBHRロケット/宇宙船システムに採用される予定の「ラプター」エンジン試験。

SpaceX

スペースXが世界で注目される本当の理由

スペースXの発表がなぜこれほど注目を集め、宇宙輸送ビジネスに期待が集まるのか? イーロン・マスク氏はIT業界では極めて著名なペイパル・マフィア(ペイパル創業者のピーター・ティール氏を筆頭に、創業に関わった人物たちをこう呼ぶ。多くの人物がその後起業し、IT長者になった)の1人であり、EVメーカーテスラ社の創業者でもある。その有名人の会社だ、というだけではもちろんない。

スペースXの評価額は7月末の時点で210億ドル(約2兆3600億円)を越えているとも言われる。とはいうものの、スペースXを始め、大型ロケットの世界でも民間ロケットはまだまだ発展途上のビジネスだ。スペースXは成功のカギを「高回転、高速オペレーション」に求めた。言葉では簡単だが、民間ロケットの世界でこれを実現した例はまだない。

スペースXの商用ロケット「Falcon 9(ファルコン9)」は2010年に初打ち上げ、現在までおよそ40回の打ち上げを行っている。

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ファルコン9ロケット第1段の地上への帰還。2014年の初実験時には洋上プラットフォームに着陸できずに転倒していたが、わずか3年でターゲットの中央へ帰還できるようになった。

SpaceX

スペースXが公開している「着陸失敗動画集」。ロケット回収がいかに難しいことなのかがわかる。

2017年の実績では、9月までに13回の打ち上げを成功させ、あと3カ月で10回の打ち上げ予定を控えている。この打ち上げ回数は、失敗もあった2016年の実績(8回)を既に超えている。そして今週末には大きなチャレンジを控えている。原稿執筆時点の最新情報では10月9日と10月11日、48時間以内で2機のロケットをそれぞれフロリダ州、カリフォルニア州の発射場から打ち上げ、第1段ロケットの機体回収を行うのだ。

11月に控えている「ファルコン ヘビー」の初打ち上げを成功させればさらにはずみが付き、年間20回以上というラインにも届きそうだ。イーロン・マスク氏の発表では、BFRロケット/宇宙船が実現すれば、年間30回の打ち上げを実施するとしている。まずはこのレベルの高速オペレーション、高頻度の打ち上げを、失敗なく確実に消化することがビジネスの地固めになる。

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回収した第1段の機体。再利用によって第1段の製造コストを削減することで、宇宙輸送ビジネスの成功につながるという。

SpaceX

スペースXのライバル企業が抱えるビジネス上の「爆弾」

スペースXがビジネスを拡大させていくにあたって、ライバルといわれる企業がいくつかある。それぞれ競合する領域が異なるので、簡単に紹介しよう。

長くアメリカの主要な政府系衛星の打ち上げを担ってきたULA(ユナイテッド・ローンチ・アライアンス)とは、軍事衛星などの打ち上げ受注の分野で競争がある。ULAはボーイング社とロッキード・マーチン社の合弁企業で、「デルタIV」「アトラスV」といった大型ロケットを運用している。商業オペレーターからの受注はあまり行わず、国策ロケット企業という意味合いが強い企業だ。

これまでほとんど失敗なしで軍事衛星から惑星探査機までの打ち上げを成功させており、信頼度は非常に高い。が、ついに2019年のGPS衛星の打ち上げをスペースXに持って行かれることとなった。

ULAの主力ロケット、アトラスV

ULAの主力ロケット、アトラスVによる小惑星探査機オシリス・レックスの打ち上げ。惑星探査機のように精密な打ち上げを担ってきた信頼性の高いロケットだ。

United Launch Alliance

今後、スペースXとの競争が本格的に始まると予想されるのが、アマゾンCEOのジェフ・ベゾス氏が設立したのBlue Origin(ブルーオリジン)だ。2020年には大型ロケットNew Glenn(ニュー・グレン)で人工衛星の打ち上げを開始する予定で、欧州やアジアから3社の顧客を掴んでいる。

・関連リンク:ブルー・オリジンのビジネス戦略を解説した記事はこちらから

ベゾス氏のブルーオリジンはまだ打ち上げを開始していないので、実際にどの程度の競争になるのか、まだ見えにくい。ベゾス氏はアマゾン株を売却した資金を豊富に投入しており、経営や開発が安定している部分が好感されて初受注につながったと見られている。また、まずは顧客を掴むためのディスカウントをしている可能性もあり、真の実力が判明するのは、試験機打ち上げの後になるだろう。

もう1社のライバルは、スペースXと並んでNASAからISSへの物資輸送業務を任されていたOrbital ATK(オービタルATK)社がある。母体となった、元祖宇宙ベンチャーといわれるOrbital Sciences(オービタル・サイエンシズ)社時代にスペースXと共にNASAに選ばれ、アンタレスロケットと輸送船シグナスの組み合わせによる国際宇宙ステーションへの物資輸送業務を成功させた。だが翌2014年にアンタレスロケットが発射台で爆発事故を起こしてしまい、当初予定からは大幅に遅れて段階的にISSへの輸送サービスに復帰しつつある。

アンタレスロケット

発射台のアンタレスロケットとシグナス輸送船。

Orbital ATK

ビジネス的にはいったん大きく後退したオービタルATKだが、実は民間ロケット業界に影響を及ぼす「爆弾」を抱えている。オービタルATKは、大型ロケットのアンタレスのほかに、「ミノトール」という小型ロケットのシリーズを運用している。ミノトールロケットは、廃棄されたICBM(大陸間弾道ミサイル)の「ミニットマンII」と「ピースキーパー」のエンジンを転用したロケットなのだ。

これまでのアメリカの法律では、こうしたロケットは民間の衛星打ち上げに利用できなかったため、ミノトールロケットは空軍の技術試験衛星の打ち上げなどに利用が限られていた。

最近になって、このICBM転用ロケットの利用規制を緩和する法改正が検討されている。実現にあたり市場への影響を米会計検査院が検証したところ、法律を改正すればロケット供給が一気に増えて小型衛星市場が活気づく半面、打ち上げ価格の急激な低下が起きる可能性があるという試算が出た。

影響は日本のH-IIA/Bロケットやイプシロンロケットにも及び、最大で数社がロケット市場から退出することも懸念されるという。ミサイル転用ロケットはスペースXのファルコン9やブルーオリジンのニュー・グレンのような大型ロケットと直接に競合するクラスではないが、競争が損なわれて市場の先行きが不透明になるという点で影響はある。

民間ロケットという市場は、ひとつの事故や需給バランスの変化で打撃を受ける、まだまだ立ち上がったばかりのビジネスなのだ。

(文:秋山文野)

小型ロケットのエンジンを再利用する小型ロケット「ミノトールI」「ミノトールIV」

アメリカのICBM、「ミニットマンII」と「ピースキーパー」は、廃棄されたロケットモーターが小型ロケット「ミノトールI」「ミノトールIV」に生まれ変わっている。

GAO depiction of launch provider and Air Force Data.


秋山文野:IT実用書から宇宙開発までカバーする編集者/ライター。各国宇宙機関のレポートを読み込むことが日課。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、書籍『図解ビジネス情報源 入門から業界動向までひと目でわかる 宇宙ビジネス』(共著)など。

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