バイトが辞めない「塚田農場」カリスマ副社長が今夜も店舗に立つ理由

塚田農場を率いる大久保伸隆副社長

副社長の大久保。空前の人手不足の業界で、人材育成コストを惜しまない理由とは。

アルバイト・パートの人手不足が深刻化している。リクルートジョブズの調査では、8月時点でアルバイト・パートの3大都市圏(首都圏・東海・関西 )の平均時給は1000円超で過去最高を更新、有効求人倍率はバブル期越えだ。そんな中でも慢性的な人材難といわれる飲食業界で、アルバイト育成と定着に実績を上げているのがエー・ピーカンパニーが展開する「塚田農場」だ。世の効率化・生産性追求の流れとは一線を画し、「アルバイトはお客様」と言い切る働き手重視の人材戦略は、外食産業冬の時代をどう切り抜けるのか。

店舗に立つ副社長

ある水曜日の午後6時半。東京・ベイエリアのビジネス街の一角にある居酒屋「塚田農場」天王洲アイル店は、仕事終わりのサラリーマン客で賑わっていた。店員のはきはきした挨拶や、客の笑い声が飛び交う中、厨房近くに静かに立って、店内に目配りをする男性の姿があった。

大声で采配を振るうわけでもないが、時折店員に指示を与え、店の流れに目配りする様子には、不思議な存在感が漂う。それが、エー・ピーカンパニー副社長の大久保伸隆(34)だ。30歳にして副社長となってからも毎週、こうして店に立つ。

塚田農場といえば、平均客単価の一定金額分はアルバイトに裁量権を与えてサービスを考えさせる接客システム、来店客数で「昇進」する名刺システムによるリピーター率向上、新入社員だけで店を立ち上げる「熱闘甲子園」企画など、ユニークな運営スタイルで知られる。大久保はその仕掛け人だ。

店長時代には50坪105席で年商2億円という伝説の繁盛店を生み出し、その手法の横展開はエー・ピーカンパニー躍進の起爆剤となった。2007年で5億5500万円だった同社の売上高は、2015年時点では40倍近くに成長した。

「アルバイトは従業員であると同時にお客さまである。お客様を感動させることが使命」(大久保)

それが、エー・ピーカンパニーの人材育成のベースにある。

その最たる象徴が、学生アルバイトに対する“他社への就活支援”だ。

他社の内定のための就活セミナー

「大企業に行けば安心という感覚はお父さんお母さんで終わりだから。安定とは何か。自分たちで考えなさいというのが、今日伝えたいことです」

10月初旬の日曜日、約120人の学生が、東京都港区のエー・ピーカンパニー本社ビルに集まった。学生たちは塚田農場の各店舗で働くアルバイトだ。

ツカラボ風景

ツカラボに参加する学生の9割以上は他社へ就職する。

同社が「福利厚生」として実施する、就活セミナー「ツカラボ」だ。エー・ピーカンパニーへの入社ではなく、学生アルバイトそれぞれが望む企業への内定取得を全面的に支援する。今年で6年目を迎える。

講師を務めるのは大久保だ。約3時間にわたるセミナーは、就活にまつわる時事データから、企業研究、漫画の名シーンの引用など、あらゆる情報を組み合わせて綿密につくられている。要所要所でチームごとのディスカッションを挟み、一瞬たりとも飽きさせない。学生は大久保の言葉に何度も頷き、ほとんど初対面同士でも場内は盛り上がる。

8月スタートのツカラボは、年度末の3月まで毎月開催。

「9割以上の学生はエー・ピーカンパニーには入社しません。けれど、就活支援をすることで、卒業までアルバイトを続けてもらえる。学生にしても交通費など就活はお金が必要ですし、オールウィンの関係です」

人材開発本部の尾形瞳はいう。

実際、ツカラボに参加したアルバイトの平均勤続月数は29カ月で、不参加の場合の14カ月の倍以上となっている。

ツカラボには毎年、企業の採用担当者が来るのも特徴だ。

「個人的に(客として)塚田農場を使ううちに『いい人材がいるな』と思っていました。店舗教育もしっかりしているし、サービス業に向いた人材がいる」

この日、ツカラボに参加したウェディング業のノバレーゼの人材開発部長、前野徹志はいう。

ツカラボの後半には、企業の採用担当者と学生とのマッチングの場も設けられており、例年20〜30社が参加。学生にも企業にも一切、費用は発生しない。こうした圧倒的なサポートの結果、ツカラボおよび特設の就活相談参加のアルバイト学生の内定率は、ほぼ100%を達成している。

「塚田農場で働けば内定も取れるという口コミで、卒業した学生アルバイトの後にも、いい後任が入ってくれます」(人材開発部の尾形)

13社の内定を蹴って入社

日本で、若い人材は減り続けている。1980年代には全人口の4割超だった30歳未満人口は、2014年時点で27.6%。今後も右肩下がりが予測される。学生アルバイトを主戦力としてきた外食産業で採用難が続くのはもちろん、新卒採用ですら、採用目標の達成にあえぐ企業は増える一方だ。

エー・ピーカンパニーに入社した原口さん

13社の内定を得た原口だが、アルバイト先だったエー・ピーカンパニーを選んだ。

そんな中、エー・ピーカンパニーは2015年、2016年と新卒採用を100人単位で増やしてきた。育てあげた居酒屋のアルバイトの学生が、会社に惚れこんで社員になるケースも後を絶たない。

「自分を育ててくれた人に恩返しをしたいと思って働いています」

原口菜緒(22)は、13社の内定を蹴って2017年4月にエー・ピーカンパニーに入社した。学生時代の塚田農場でのアルバイトが人生を大きく左右した。

実力があれば若手でも抜擢される社風に惹かれたという、入社4年目の西山征希(25)は、店舗戦略を束ねるスーパーバイザーだ。

入社してすぐに店長を任され、アルバイトの採用がもっとも難しいと言われるビジネス街で、当初の従業員数から倍増の40人の採用を達成した。どうしたら、ここで働きたいとアルバイトに思ってもらえるか。

「脳から血が出るくらい考えろ」。大久保にそう言われたことが、すべてのスタートだという。

ともすれば「きつい、きたない、給料やすい」の3K職場とも言われてしまう外食産業で、各企業の採用担当者が詰めかけるほど、イキイキと若手を働かせることができるのはなぜなのか。

大久保伸隆副社長

「人件費の削減はいつでもできるが、それは違う」。

エー・ピーカンパニーの人材戦略を一手に担ってきた大久保は、こう語る。

「7割は現場(店舗)で稼いでいますから、現場はすごく大切。しかし、その仕事は大変なものです。現場の仕事のやりがいを生むことから、逃げてはいけない。今までは辞めても採用すればよかったのでしょうが、人手不足で需給バランスが崩れてきた今、そこに向き合っている会社は強くなってくる

「やりがいを生む」ための最大の特徴が、働き手に裁量権をもたせることだ。塚田農場の仕掛けは、いずれも従業員に自由度を与え、自ら工夫し考えさせるもの。「人材育成というより、場を与えて、あとは自分で成長すればという感覚です」(大久保)

人件費は削減しない

働き手のやりがい重視のユニークな仕掛けで、2013年に一部上場したエー・ピーカンパニーを牽引してきた塚田農場だが、近年は厳しい局面に立たされているのも事実だ。直近の2017年3月決算では増収の一方、営業利益は前年同期比で半減した。

少子高齢化により縮小する国内市場で、外食産業は依然として冬の時代。

各社が軒並み低価格競争に乗り出す中、ここにきて、どう立ち向かうのか。

人件費削減ならすぐにもできる。ただ、(コストをかけた人材育成をやめて)マニュアルで縛ってサービスレベルを一時的にあげたとしても、それは本人のためか。そういうサービスでお客さんは嬉しいか。それは違うと思っています

だからこそ「他社より人件費も使うし、コミュニケーション時間も増やしている」と、大久保は揺るがない。

今でも毎週、店舗に立つことで、大久保は「1日20個くらいは気づくことがある」という。従業員にとって何が課題なのか。来店客は何を求めているのか。副社長自ら、常に現場に目を配る。

時代環境がどう変わろうとも、双方の満足度を上げることこそが、究極の人材戦略であり経営であると、確信しているからだ。(敬称略)

(文・滝川麻衣子、撮影:今村拓馬)

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