Facebook、グーグル、アップルを始めとして世界の名だたる企業が本拠地を置くシリコンバレー。そこで働く人たちの生活も、新卒で年収1500万円、家賃は平均月4200ドル(約48万円)など、常にニュースを賑わせている。一方、現地で働く日本人は少なく、海外で学生時代を過ごしていない限り、海外で働くイメージも湧きづらい。
そこで実際に働くミレニアル世代は何を思い、生活しているのだろうか。現地のスタートアップ企業で働く筆者が同世代のエンジニア、アレン・チェンさんにインタビューした。
イーロン・マスク直下のプロジェクトで働いていた
アレン・チェン(Allen Chen):1990年生まれ、カリフォルニア州出身。米ヤフーでスポーツアプリを開発するエンジニア。趣味はスポーツで、週末はルームメイトや会社の友人とバトミントンやスイミングなどをして過ごしている。
——2012年の1月から9月まで、スペースXで働いていたそうですね。
カリフォルニア工科大学では機械工学を専攻していて、大学3年から宇宙ビジネスに興味を持つようになりました。大学3年で初めてJPL(ジェット推進研究所、NASAの無人探査機等の研究開発及び運用に携わる研究所)という宇宙系機関でインターンをし、4年次にスペースXに入りました。
2012年の1月から、最初はインターンとしてスペースXに入り、途中でフルタイムへ契約を替えるオファーを頂き、9月まで働いていました。スペースXではメカニカルデザインを担当していて、ロケット用の3Dモデリングをしていました。
(スペースXに入社できた理由は)大学もスペースXもロサンゼルスにあるため、他の学校より簡単に入れちゃったりもするんです。教授がコネを持っていたり、スペースXの人事担当もよく学校にきてリクルートをしたりと、チャンスは多いです。
——スペースXといえばあのイーロン・マスク氏が社長として有名な会社ですよね。
スペースXとテスラのCEOであり連続起業家でもあるイーロン・マスク氏。その多忙なスケジュールはBusiness Insider Japanでも何度も報じられている。
写真:Mike Blake / Reuters
面接も最後は彼(マスク氏)と行いました。本当に彼はパッションが強く、いつ休んでいるんだろうという感じでした。月曜日から水曜日は(スペースXがある)ロサンゼルス、木曜からは自家用ジェットでサンフランシスコへ飛び、テスラや他の仕事を行うという生活を送っていたようです。彼が何を考えているのかは、社員ですらよくわからない。彼と話している時は、いつもなにか上の空で他の考え事をしているようでした。
——イーロン・マスク氏との具体的なエピソードはありますか?
1時間のミーティングの際、僕たちは開始15分前から準備をしていましたが、彼が現れたのは開始時間40分を過ぎたあと。すぐにプレゼンテーションを始め、残り5分になったところで質問があるか尋ね、ささっと答えてすぐに去っていきました。強烈に残っている記憶です。
——イーロン・マスク氏と働いてみてどうでしたか?
一番大きな違いは、他の起業家や成功者と違って彼はお金のために仕事をしていないということ。100年後、200年後の地球の未来を考え、解決しなければいけない人類の課題を全力で解決しようとしていることです。その情熱が人を集め、革命的なプロダクトを生み出している。
スペースXという会社自体も、1民間企業であるため、本当に決断スピードが早いです。イーロンも失敗を恐れるどころか、むしろ糧にしようとするので、大きいトライアンドエラーが繰り返せる。そこが政府関連の宇宙系企業で働くこととの大きな違いでしたね。
ソフトウェアエンジニアの給料はハードウェアエンジニアの1.5倍
——2012年の秋、スペースXからフルタイム(正社員)オファーももらっていたのにも関わらず、スペースXを辞め、大学院へ入り直しましたよね。しかも自身の専攻とは違う分野への挑戦。なぜその決断に?
スタンフォード大学院に入りました。大学の学部では機械工学を専攻していましたが、大学院では電気工学を専攻しました。
大きな理由として、2011年~2012年当時、ソフトウェア業界がものすごく成長していたということがあります。特にFacebookやツイッター、グーグルの成長が凄まじかった。
給料を見ても、コンピューターサイエンス(ソフトウェア)関連の仕事が機械工学(ハードウェア)関連の仕事の1.5倍はありましたね。ハードウェア関連の会社の新卒の給料は当時平均で800万円程度(日本円換算)でした。しかしソフトウェア関連の会社になると、ボーナスや株を含め1200万円程度はもらえていたはずです。今はもっと高騰していて、グーグルやFacebookといった大企業に入ると1600万円から1700万円が平均した給料ですかね。
——生活はいかがですか?
米ヤフー社内にあるカフェスペース。このほか、社食やジム、ミニバスケシューターなども完備している。
カリフォルニアは所得税やその他の税金が高いです。加えて食費と家賃がバカみたいに高い。僕も友達とルームシェアしています。出費の額も多いので生活レベルは他の地域と大差ないと思います。
——年齢よりもスキルや結果ベースで決まるので、給料の捉え方が日本とは違う気がしています。
すぐクビになる可能性もあります。特に上司が変わるタイミングでチームメンバーも変わるのはよくあることです。
Facebook、グーグルではなく「落ち目」のヤフーに
——スタンフォード大学院を卒業された後、グーグル、Facebookといった人気企業から内定をもらいながら、米ヤフーに入社されます。なぜヤフーを選んだのですか?
就職前、ヤフーでインターンをしていた時のチーム(スポーツチーム)がすごく良かったんです。みんなが若くて活気があるというカルチャーが合っていました。スマホアプリのモバイルエンジニアとして働きたかったというのも大きな理由です。
確かにヤフーは、他の会社に比べると落ち目だという話をよく聞きます。しかし、僕が大学院を修了した当時、グーグルとFacebookはオファーをくれましたが入社後自分がどのチームで誰と一緒に働けるかまでは教えてくれませんでした。一方でヤフーはすでに知っている人達と一緒に働くことが確約されていて、そこに魅力を感じました。
アレンのスポーツ部署の同僚たち。写真を撮るよと言うと急にコードを書き始めた。 年齢は同じくらいで、ワイワイ作業をしていた印象。奥の二人はスタンディング派。
シリコンバレーでは転職が多く、一度転職した人が再び前の会社に帰ってくることが非常に多いです。なので僕たちは退職者のことをAlumni(卒業生)と呼びます。僕が働いているスポーツチームは特にメンバー同士の仲が良く、休日も一緒に遊べる人間関係が構築されている文化に惹かれました。
——その会社がやっている分野やサービスというよりも、チームの雰囲気、自分のやりがいを重視されたんですね。
夕方過ぎになるとカバーを取り、みんなで軽くお酒を飲みながら作業をするそう。マイショットグラスがたくさん。
周りに賢い人がたくさんいるというのは、成長するためのモチベーションになります。
目標はエンジニアとして成長するために常に学ぶこと。チームに参加した当初はアプリの作り方は全くわからなかったのですが、今ではアプリを一から作れるようになりました。僕自身は学ぶことに関して積極的な一方、チームは非常にリラックスしていて良いバランスがとれています。
シリコンバレーでも昇格のために重要なのは「上司との関係」
——今後はどのようなキャリア、会社で働いていこうと考えているんですか?
将来はCTOなど、もっと技術的に役職の高いポジションで働きたいです。現在はまだ与えられた役割でコードを書いていますが、将来はエンジニアを技術面でリードする立場になりたいです。
——シリコンバレーでは、どうすれば高いポジションに昇格できるのですか?
やはり自分だけではなくてチームがどのように動くかといった視座を持って野心的に行動することです。
シリコンバレーでは2つのキャリアアップの方法があります。
ひとつは(日本企業でよくあるように)1つの会社の中で昇格していくイメージです。もうひとつは会社を転々としながら自分のポジションを上げていくという方法です。
——どちらの方が一般的なんでしょうか?
社内に完備されているジム。18時くらいに多くの人が仕事を終え、エクササイズをして帰っていくそうだ。ランニングマシン以外にもフリーウエイトなど実際の民間ジムと同様の設備が整っている。
会社を転々としながら、というのが今は主流ですね。
会社の中で昇格する場合、Facebookのような大きい会社ではキャリアアップに最低でも2年以上の経験が必要です。
さらに、技術面だけではなくコミュニケーションスキルやタスクの管理能力、チームビルディングなど総合的な面が評価されて昇進します。そして一番大事なのが、上司との信頼関係です。実は外部要素が結構多い。
一方で転職の場合は、転職先に高いポジションの人材が不足していることがほとんどです。要は、いきなり部長や課長として入れてしまう。ポジションアップする方法としては手っ取り早い方法です。
——スペースXのロケットエンジニアから大学院に入り直して、ソフトウェアの世界に転職というのは大きい決断だったと思います。振り返ってみていかがですか?
当時からリスクがあると実感していましたし、スペースXの上司からも残ってくれと言われていたので本当に難しい決断でした。今はどうなっているかはわかりませんが、当時ソフトウェアの世界は成長している一方で、ハードウェアの世界は一定のままでした。
でも40歳になってからより、20代前半の時に大きい決断をするほうが大きいリスクではないと考えました。今振り返ってみて、とても良い判断をしたと思っています。僕の想像した以上にまだまだソフトウェアは成長していきますね。シリコンバレーはやっぱり、クレイジーな町ですよ(笑)
スポーツチームのオフィスでは様々なスポーツ中継が放送されていた。バスケットボールやフットボールの大きい試合がある際は、他の部署のメンバーも集まってみんなでお酒を飲みながら観戦するそう。
アレン・チェン(Allen Chen) :1990年生まれ、カリフォルニア州出身。カリフォルニア工科大学機械工学科専攻。大学4年次にスペースXでメカニカルデザイナーとしてインターンを経験、途中でフルタイムへ。卒業と同時に退社、スタンフォード大学院で電気工学を専攻。修了後は米ヤフーにソフトウェアエンジニアとして入社し、スポーツアプリの開発を担当。
(文・写真:瀧澤優作、小柳歩)