アメリカのトランプ大統領と北朝鮮の金正恩体制の間での「脅し合い」が一向に収まらない。特に、北朝鮮が水爆実験と主張する9月3日の6度目の核実験以降は、トランプ大統領の方が激しいレトリック合戦を仕掛けている。
北朝鮮との緊張関係が高まるにつれ、アメリカの軍需産業の株価が急上昇している。/2017年2月、ボーイング社でスピーチするトランプ大統領
REUTERS/Kevin Lamarque
トランプ大統領は9月中旬の国連総会で、金正恩朝鮮労働党委員長を「ロケットマン」と挑発。アメリカと同盟国が脅かされるなら、北朝鮮を完全に破壊することも辞さないと強調。10月に入ってからはさらに、「口撃」をエスカレーションさせている。1日には北朝鮮との対話を模索するティラーソン国務長官の外交努力について「時間の無駄」とツイッターで表明。5日には「嵐の前の静けさかもしれない」と発言した。7日には北朝鮮に対しては「たった1つのことだけが効果があるだろう」と再びツイッターに書き込み、北への軍事攻撃を再度ちらつかせた。
なぜトランプ大統領は北朝鮮を過度に挑発するような言動を繰り返すのか。このところ、むしろ北朝鮮危機をあおっているのはトランプ大統領ではないか。
緊張関係を維持する利益
実はトランプ政権発足後の米朝対立を受け、ボーイングやロッキード・マーチンなどアメリカの軍需企業の株価が軒並み高騰し、最高値を更新し続けている。S&P500 種株価指数(ニューヨーク証券取引所、NASDAQに上場している代表的な500銘柄の株価指数)の航空宇宙・防衛セクターは年初から32%上昇し、S&P500全体の上げ幅の14%を大幅に上回っている。
北朝鮮が最初の大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射し、トランプ大統領が金委員長を念頭に「この男は他にやることがないのか」とツイッターで発言した7月3日以降は、航空宇宙・防衛セクターは14.6%値をあげた。国内外の投資家が夏休みに入り、商いが細る「夏枯れ相場」など、どこ吹く風だ。この間、S&P500全体は5%の上昇にとどまっている。
北朝鮮に対するトランプ大統領の挑発的な言動や政策について、東京大学の姜尚中名誉教授(政治学)は9月15日、日本外国特派員協会(FCCJ)の講演で、次のように指摘した。
「トランプ大統領の言うアメリカファーストやビジネスライクなアメリカの外交戦略ということを考えれば、今の(米朝の)緊張関係をある程度キープしながら、韓国と日本に高度なミサイル迎撃のシステムや様々な武器を売り込んだ方が、彼にとってもアメリカ国民にとっても、軍事産業のみならず、いろいろな波及効果があるのではないかと思う」
そのうえで
「北朝鮮を攻撃して、北朝鮮が消滅するような状態になった場合の巨大なコストや、その後の北朝鮮に対するアメリカのオーバーストレッチ(過剰拡大)を考えると、今の緊張関係を適度にコントロールした方がアメリカにとっては利益の方が大きいのではないかと思っている」
とも述べた。つまり姜名誉教授の見立ては、トランプ大統領は意図的に北朝鮮危機を維持し、日韓に高額な武器や兵器を売り込んで稼ごうとしているのではないかというものだ。
真の勝者は軍産議会複合体
こうした見方をするのは、姜氏だけではない。アメリカのベテラン防衛アナリスト、デビッド・アイゼンバーグ氏も2016年11月、アメリカ大統領選の真の勝者はトランプ大統領ではなく、「軍産議会複合体(MICC)」だと指摘していた。そして、現実は同氏のその言葉通りになっている。
トランプ大統領は大統領選挙期間中から国防費増額を打ち出していた。大統領就任後の2月には国防費を540億ドル(約6兆円)増やすことを要求した。これは、1980年代のレーガン政権以来最大の増額となるものだった。これに対し、アメリカ上院は9月18日、国防費を約700億ドル増額して6215億ドルとし、トランプ大統領が求めた増額分よりもさらに上乗せした。現在、アメリカの上下院とも、軍事産業とも結びつきが強い共和党が過半数を占めており、軍産議会複合体は追い風を受けている格好だ。
ボーイングの株価ばく進で最高値更新中
アメリカの軍需企業を個別に見ると、ボーイングの株価の上昇が目立つ。年初からは67%の上昇だ。ダウ工業株30種平均の中でも上昇率1位を誇り、2位のアップルの上昇率35%を大きくしのいでいる。同社の株価は最高値を更新中だ。
ボーイングはベル・ヘリコプターとともにオスプレイを共同開発し製造。在日米軍は現在、海兵隊のMV22オスプレイを普天間飛行場に24機配備している。さらに2021年までに米空軍仕様のCV22オスプレイ10機を横田基地に配備する予定だ。
ボーイング社が共同開発するMV22オスプレイ 。
REUTERS/Carlos Barria
一方、日本の防衛省は8月末に発表した2018年度予算の概算要求でオスプレイ4機を購入する方針を示し、その金額は457億円に上る。ただ、オスプレイはこのところ、大分県や沖縄県石垣市などで緊急着陸するなど、日本各地でトラブルが相次いでいる。
日本が保有するイージス艦に搭載されるスタンダードミサイル3(SM3)やレーダーを製造するレイセオンの株価も年初から32%上昇している。レイセオンとロッキード・マーチンは、日本が導入を決めている迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」を製造する。1基は約800億円で、防衛省は日本全土をカバーできる2基を購入するとみられている。
日本はさらにレイセオン製のAIM-120発展型中距離空対空ミサイル(AMRAAM)56発も購入する。アメリカ国務省が10月4日、日本に対してその売却を決定した。この取引の総額は約1億1300万ドル(約127億円)相当で、航空自衛隊の戦闘機F15やF2に搭載される予定。同社の株価も最高値を更新した。
ロッキード・マーチンの株価の高騰もめざましい。年初から約28%上昇している。同社はイージス・アショアのほか、米軍の最新鋭迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」(1基約1000億円)を製造。日本が42機の導入を計画するF35も同社製だ。同社株価も最高値を更新中だ。
軍産複合体の中心人物を指名
ロッキード・マーチンといえば、ホワイトハウスは10月12日、トランプ大統領がロッキード・マーチンの海外事業部門、ロッキード・マーチン・インターナショナルのジョン・ルード上級副社長を国防総省(ペンタゴン)の政策担当国防次官に指名した、と発表した。ルード氏はこれまで、レイセオンでも勤務したほか、ジョージ・W・ブッシュ政権で国務次官代行(軍備管理・国際安全保障担当)などを歴任。軍産議会複合体のど真ん中にいる人物だ。
ロッキード・マーチン海外事業部門の幹部が国防総省に。
REUTERS/Kim Kyung-Hoo
ノースロップ・グラマンの株価も年初からは27%上昇している。同社は、グアムのアンダーセン米空軍基地から頻繁に朝鮮半島に飛来しているステルス爆撃機B-2やグローバル・ホーク無人偵察機を製造している。同社の株価も最高値を更新している。
このほか、カリフォルニア州サンディエゴに本社を置く軍事ソリューション会社、クラトス・ディフェンス&セキュリティ・ソリューションの株価も急騰している。年初からはなんと78%の上昇だ。同社は韓国やスウェーデンなどの国防機関に訓練用の無人機を製造している。
ウォール街の格言として、恐怖と欲が相場を動かすとの言葉がある。トランプ大統領が北朝鮮に対する先制攻撃をちらつかせればちらつかせるほど、アメリカ軍事企業の株価がばく進する一方だ。北朝鮮危機で一番おいしい思いをしているのは、アメリカの軍需産業に間違いない。
(10月13日終値で計算)
高橋浩祐:イギリスの軍事専門誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」東京特派員。ハフィントンポスト日本版編集長や日経CNBCコメンテーターを歴任。