こちらがゴルフ用のトラックマン。小型で簡易的に見えるが、ここに弾道を計測する最新のレーダー技術が詰まっている。2015年に登場した最新型は、計測に使うドップラーレーダーを2つ搭載しており、測定の精度をさらに高めている。
センサー技術がスポーツの「常識」を変える:女子プロ青木瀬令奈の秘策は弾道データ分析だった
2017年のプロ野球オールスターで、大きな注目を集めた計測機器がある。
ボールの回転数を計測し、それを即座に確認することができる最新の弾道分析装置「トラックマン」だ。投手の球速だけでなく回転数も捉える、従来は感覚でしかわからなかった「キレの良さ」を数値化することに成功し、野球ファンに新たな野球の見方をもたらした。
野球向けのトラックマンは上の写真のようなもので、球場に固定設置して使う。現在、日本のプロ野球への導入は、公開している球団だけで、セ・リーグは読売巨人軍、横浜DeNAベイスターズの2球団、パ・リーグは日本ハムファイターズ、楽天ゴールデンイーグルス、西武ライオンズ、オリックスバファローズ、ソフトバンクホークスの5球団が導入している。その背景には、計測した投球の回転数から、投手の疲労などコンディションを的確に分析・把握できるようになったことが考えられる。
トラックマンはデンマークの企業。もともとはゴルフ競技向けの計測機器だ。欧米選手の間ではメジャーな存在で、日本選手でも、松山英樹選手や石川遼選手などが使用している。
「打球の正確なデータ分析」がスポーツを効率よく上達させる —— これは、「根性理論」が先行しがちな日本において、新しい潮流だ。データ分析がスポーツのトレーニングをどう変えたのか? 現場からこの問題に迫ってみよう。
「ボールのインパクトの瞬間を精密に捉えれば直前動作の正しさがわかる」
初秋のある日、取材チームは東京都渋谷区恵比寿の屋内ゴルフ施設「GOLF PLUS」を訪れた。ここに、ゴルフ向けのトラックマンが設置されているからだ。案内してくれたのは、トラックマン日本担当のYOSHIさん。日本市場向けのゴルフ向けトラックマンを主に担当している。
早速、デモを見せてもらった。取り出したのは、約30センチ四方のオレンジ色の機材。
大きさはちょうど体重計程度だ。簡易的な装置に見えるが、ここにフル機能が詰まっている。持ち運び可能で(重量約2.8kg)、簡単に設置できるのに高精度なことが売りだという。価格は、室内・屋外兼用で約300万円。
ゴルフクラブをスイングしてボールを打ってもらうと、瞬時に計測結果が表示された。
右がトラックマン社のYOSHIさん。インパクトとほぼ同時に、手元のiPadに打球の弾道データが瞬時に届く。
トラックマンのアプリ画面。スピンの回転数や打球の角度(Launch Angle)など様々なデータが数値で示される。
YOSHIさんによると、トラックマンには、ドップラーレーダー技術が使われている。ドップラーレーダーとは、ドップラー効果による周波数の変移を測定できる装置で、気象レーダーのほかミリタリーの世界では空母などで利用されている。ボールの回転数だけでなく、飛距離なども測定することができる。
ボールの動きがわかるとどのようなメリットがあるのか? ボールの挙動を分析する練習手法について、YOSHIさんは驚きのコメントをする。
「トラックマンを使った練習は、フォームは一切変えないんです。自分が振りやすいスイングで、ただ立ち位置を変えるんです。それでボールをひたすら真っ直ぐ、遠くへ飛ばす」
トラックマンは、ボールの回転や速度といった“ボールの挙動”だけでなく、スイングの“軌道”なども計測することができる。つまり、ボールにインパクトする前の動きと、インパクトの瞬間に起こっていること、そしてその後のボールの軌道まで分析できる。
この一連の流れを論理的に捉えることで、遠くへ飛ばすための合理的な方法がわかる。そこから、「スイングを変えるのではなく、立ち位置を変える」というメソッドが生まれた。
ゴルフは「メンタル勝負」から「データ分析」に変わりつつある
トラックマン社の日本担当・YOSHIさん。
ゴルフ界におけるデータ分析先進国は、やはり欧米だ。特にアメリカは、トラックマンのデータ活用が進んでいる。また、アジア勢では韓国の導入が盛んだという。諸外国を追い抜くために、アメリカを参考にトラックマンを積極的に導入。ゴルフ協会が選手に貸し出しているほどだ。
「メンタル勝負と言われていたゴルフ界ですが、アメリカでは、最近メンタルの話しはほとんど出てきません。データに基づいた合理的なトレーニングを行なって、スイングスピードを上げて実力が付いてくれば、メンタルも強くなるという考え方です。
実際にデータを活かして、フィジカル(身体能力)を効果的に鍛えることに重きが置かれています」(YOSHIさん)
一方で日本での普及はまだこれからだ、とも率直に話す。「欧米や韓国に比べても、スポーツのデータ分析に対する理解が進んでいないことに原因がある」(YOSHIさん)。ともするとデータを軽視しがちな従来の日本のスポーツ理論は、まだ型にはめた指導をする傾向が根強い。これが、アメリカとの大きな差になっている、と言う。
そんな中で希望を見出しているのは若手選手たちの存在だ。
データ主義で記録を伸ばした若手女子プロ・青木瀬令奈選手
松山英樹選手をはじめ、若手選手を中心に「データ分析を重視したトレーニング」が増えてきた。なかでも近年、弾道データ分析を取り入れて、特筆すべき成果を出している若手選手が、女子プロゴルファーの青木瀬令奈選手だ。
青木瀬令奈選手。ジュニア時代に華々しいタイトルを手にした青木選手だが、「2011年にプロテストに合格して以来、“プロの技術”の壁を感じていた」と語る。
ジュニア時代に華々しいタイトルを手にした青木選手だが、2016年のリコーカップ(女子プロゴルフのメジャー大会の一つ。賞金ランキング25位までのプレイヤーが出場可能)への出場権を得られなかった悔しさが、彼女のトレーニングに対するマインドを変えた。
従来の感性的なトレーニングに加えて、打球データ分析を取り入れた青木選手は、その後目覚ましい結果を残し始める。データ分析を活用した1年目でシード権を獲得、そして2年目の今年は念願のツアー初優勝。急激な成長曲線を描き続けている。
青木選手は、データ分析を取り入れた新しいトレーニングについて、元々持っていた感覚と、データの数値がほぼ一致している、と語る。
「回転数などのデータを見て、この数値を改善すれば飛ぶようになるとわかると、感覚だけでは気づかないことが見えるようになりました。すると、その数値を改善するために、どのようなトレーニングを行う必要があるかなど、明確な目標が持てるようになります」
データ分析を活用したトレーニングは、「遠くに飛ばすだけでなく、100ヤード以内の短いショットのスキル向上にも活用できる」と応用範囲の広さも口にする。彼女に、最短距離で上達するには、データ分析アプローチはどこまで有効なのか、と聞いてみた。
青木選手はこう即答した。
「私の場合はデータの活用方法を知ってから、結果を出すのが早い方だったと思います。データの見方を知ることは、理論的にも裏付けができるということ。だから、人にもそれ(最短距離の上達方法)を教えることができるようになります。
ゴルファーには感覚派と理論派がいますが、その両方を兼ね備えている人は、ほとんどいません。だからこそ、データ分析を取り入れて両方の良いところを持てるのは、自分自身の強みになると思います」
プレッシャーを克服して勝利を勝ち取るゴルフ、そしてチームプレーで総力戦を繰り広げる野球。プロ選手たちの真剣勝負が描き出す筋書きのないドラマには、今やテクノロジーの力が欠かせない。見る者の胸を熱くさせる若手選手たちのプレーがいつでも観戦できるスポナビライブで、選手たちの勝利の瞬間を見届けよう。
(文、写真・山田雄一朗)