上場ゴール経営者よ、大志を抱け——ベンチャー起業家はなぜICOに関心を持つのか

昨今、仮想通貨についてベンチャー企業をはじめ、投資銀行のトップ達までその是非が盛んに議論されている。

代表的な例を挙げれば、ゴールドマン・サックスのロイド・ブランクファインCEOは肯定派であり、ゴールドマンはビットコイン・トレーディング事業を立ち上げるのではないかと噂されている。JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEOは「仮想通貨は詐欺、いつかは暴落する」という発言をしている一方で、「ビットコインを空売りしろと言っているわけではない」や「私の娘はビットコインを買って、価格が上昇した、今では娘は自分のことを天才だと思っている」などとも言い添えた。

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写真:今村拓馬

新しいテクノロジーによって生まれた「通貨のようなもの」に対する議論は非常に興味深く、長らく忘れられていた「通貨とは何か? 通貨の要件は何か?」という法定通貨への関心も呼んでいる。

通貨は機能として価値尺度、流通手段、価値貯蔵を持つが、通貨の発行体たる国家のパワー(経済、法基盤、軍事力など)と中央集権システムは必須なのか否か、仮想通貨の分散化システムはそうしたアンシャン・レジームを超えられるのか。

「通貨のようなもの」の出現で規制の必要性の有無、制度設計の議論がはじまっている。

その「通貨のようなもの」の発行によって事業に必要な資金を集める試み、いわゆるICO(Initial Coin Offering)が、スタートアップ・ベンチャー企業の間で話題になっている。

ICOは「グローバルに行われるデジタル化された資産(デジタル権利証)のクラウド型販売によってプロジェクト用資金を集めるもの」と考えられる。

もしテロリストが資金集めに利用したら

有価証券の世界で公開引受業務や公募をやっていた人間からすると、肌感覚としては信じ難い衝撃的な資金調達方法だが、「資金が集まるのなら」と関心を持つベンチャー経営者は多い。

通常の株式上場であるIPO、つまり公開市場における株式による最初のお金集めでは、企業が有価証券(配当可能な株式)を発行するため、投資家保護の観点から日本では金融商品取引法の規制が課される。だが「有価証券でないもの」であれば、株式上場時の大量の開示資料の作成が一義的には不要となる。

日本でのICOに対する規制は2017年10月段階で未整備だが、中国と韓国はICOを禁止、アメリカは現行法の法解釈で対応するようだ。ICOを資金調達手段として利用したい者にとって重要なのは、ICOが株のような有価証券の発行ではないものと規制当局が認識し、取り扱うことである。でなければ、ICOは有価証券同様に規制され、コストがかかってしまう。この「有価証券でないもの」に対しての規制当局やグローバルな投資銀行たちの動きを注視したい。

仮想通貨のように数字に換算できるものであれば、必ず新しい指標が生まれ、その動きに連動したデリバティブがつくられる。ボラティリティ(価格変動)があればトレーディングと加工の余地が生まれる。

六本木の街並み

2000年頃、アメリカのエネルギー・IT企業、エンロンが世の中のすべてのものをトレーディングしたいと言っていたことを思い出す。新しいものが出てきて認知されるまでには、いつも通り真贋入り混じった試行錯誤と犠牲者が生まれるものである。「今度、ファザーズというICO市場ができるんですよ」という怪しげな会話が聞こえてくるのも時間の問題だろう。ファザーズの「F」はもちろん「Fake」の「F」だ。こうしたカオスをへて、本物であれば社会に認められていく。

日常的に世界が終わると考えている者は、すぐに「ICOでテロリストが資金集めをしたら? 顔認識可能な暗殺用ドローンの開発プロジェクトに資金が使われたら?」と思いつく。マネーロンダリングもカジノ同様に大きな論点だ。

時価総額500億円以上は242社中15社

一方で渋谷のコーワーキングスペースでくつろぐ日本の起業家がICOに関心を持つほど、ベンチャー企業への資金供給はないのだろうか?

日本におけるベンチャー企業のファイナンスは数百万円から数千万円のエンジェル・シードステージ、数千万円から数億円までのアーリーステージにおいては十分な数のベンチャーキャピタル(VC)がある。著名なシリアルアントレプレナー(連続起業家)が新たに起業するような投資機会には、VCが殺到し、小さなイケスを多くの釣り人が狙っている状態である。

一方で数十億円の長期投資を必要とするようなバイオ・ライフサイエンス、半導体、素材といった領域では官民ファンドである産業革新機構が目立つくらいである。

こうした構造は海外のVCには不思議なものに見えるらしく、セコイアキャピタルなどのアメリカの著名なVCと話をしても、すぐには理解してもらえない。

日本のベンチャーキャピタリスト達が自嘲気味に言うように、「日本のマザーズはシリコンバレーのシリーズB段階で上場してしまうのだ」と言うと笑いながら理解してもらえる。シリーズBとは、セコイアやクライナーパーキンスのようなアメリカのVCに言わせれば、ビジネスモデルが証明されて黒字化される段階への非上場企業への投資なので、赤字でマザーズに上場しているベンチャーは確かにシリーズBかも知れない。

日本のベンチャー企業はユーザー数の成長性や収益性が証明される前に、小さな時価総額で上場してしまうと言われる。マザーズ上場後に成長し東証一部に移る企業もあるが、居座る企業の方が多いだろう。

実際に数字を見てみよう。マザーズの時価総額トップは2017年10月17日の時点でミクシィの約4300億円である。マザーズの上場企業数は2017年9月末で242社であるが、そのうち時価総額で500億円以上の企業は15社ほど、300億円以上は30社ほどである。確かに未上場で時価総額1000億円を超えるユニコーンの生息するアメリカとの比較では時価総額が小さく感じるだろう。

上場しても機関投資家に知られず

マザーズ全体の時価総額は約4兆円で、東証一部は約600兆円である。

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撮影:今村拓馬

マザーズで証券会社によってアナリストカバレッジ(注:証券会社のアナリストによってレポート執筆がある銘柄)がされているのは30社程度と言われており、そういう意味では時価総額300億円以下の企業は機関投資家からは存在が見えず、公開市場にいる本来の意義の機関投資家による長期保有、流動性の確保、公募による資金調達が難しく上場コストが企業規模に見合わない。

人材採用や営業に資する知名度の向上、適格性による信用の確保を上場の意義に挙げる経営者は多いが、たいていは採用競争で非上場のメルカリに負ける企業の方が多いのが現実だろう。

マザーズでは数億円の利益でも将来の成長性を見込んで高い時価総額がついている銘柄も多い。1株当たり利益に対し、株価が何倍まで買われているかを示すPER(Price Earnings Ratio=株価収益率)はマザーズが100倍程度(2017年9月末)、東証一部では20倍、1年前のマザーズのPERである70倍程度であったので、1年前よりは利益水準に比して株価が割高になりつつあると言える。

上場ゴールと揶揄されないために

上場しても低い時価総額に甘んじるようなビジネスモデルや収益性でもベンチャー起業家が上場を志向するのは、西麻布で先輩起業家に「やっぱり上場の鐘を鳴らさないと経営者じゃないよね」と言われているからだろうか。

ベンチャー企業が技術やサービスの一芸で上場するより、どこかに買収された方が規模拡大するスピードが得られるのであれば、売却を選ぶのも出口戦略の選択肢に入ってくるべきだろう。海外の大手企業に買収されて地理的に事業拡大するという方法もある。上場しなくとも、通常は売却時に従業員に付与したストックオプションは本源的価値で買い取ってもらえ、従業員のストックオプションの現金化は可能である。

ベンチャーの資金調達についてもマザーズも制度設計を批判するのは簡単だが、新しく生まれた事業が大きくなり、ひいては産業になるかは、上場した経営者のマインドセットによるところが大きい。経営者は上場で保有株式を売却して利益を得て、プライベートバンカーと個人資産の運用に励むのではなく、より強い野心を持って事業拡大し、時価総額をあげるべきなのだろう。

そういう意味では上場による個人キャッシュインで満足せずに野心や大志を持てば、上場ゴールと揶揄されず、事業も時価総額も拡大していくのだろう。新しい技術は楽しく快楽的ですらある。ICOのような新しい概念もとても楽しいものだが、資金調達方法は事業のための手段でしかない。ベンチャー企業の経営者には、アナリストカバレッジされないような時価総額に甘んじることのない野心を持って欲しいとは思う。


塩野誠(しおの・まこと):経営共創基盤(IGPI)取締役マネージングディレクター。国内外の企業や政府機関に対し戦略立案・実行やM&Aの助言を行う。10年以上の企業投資の経験を有する。主な著書に『世界で活躍する人は、どんな戦略思考をしているのか?』、小説『東京ディール協奏曲』等。人工知能学会倫理委員会委員。

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