なぜあの会社は次々と離職が続くのか。理由は「ハーシュマン理論」で説明できる

ここ最近、「長時間労働」についてさまざまな記事やニュースが話題となり、「働き方をどう改革していくのか?」をテーマに多くの議論がなされています。

しかし、この「長時間労働」という切り口一つを取ってみても、

長時間働くのは悪いことだから、上限を設けて働けないようにする。なおかつ自主残業などの抜け道がないよう規制を厳しくすべきだ。

という声には、かならずしも賛同の声ばかりが集まるわけではなく、さまざまな観点がネット上でもニュースでも飛び交い、一筋縄では行きません。

そこで本記事では、約40名の現役ビジネスパーソン、および本原稿に対して電子上でフィードバックをくださった30名ほどのビジネスパーソンからのインプットに基づき、

働き方をどう改革していくのか?

というテーマの背景にある構造、この変化の激しい時代に上手く取り組んでいけるアプローチについて深掘りしていきます。

組織で変革が起きるときの2つのメカニズム:ハーシュマン理論

「働き方」に関する改革を考えるにあたり、まずは「ハーシュマン理論」というものをご紹介します。

この理論は、改革が起きるときには「団結」または「退出」のいずれかのメカニズムが発動する、という考え方。

ハーシュマンの提唱する一つ目の改革メカニズムは「団結」です。

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これはつまり、誰もその集団から脱出、退出ができないという状況であるほど、その集団の中にいる人たちは一致団結し、集団の制度や政治、モノゴトの進め方を解決しようとするというメカニズムです。

例えば、フランス革命時の同国では、国民の多くは圧政に苦しむ一方で、国外に逃亡するという手段が現実的には存在せず、結果として国民が一致団結し、王政を打破するに至りました。

一方、もしもこのときフランスの隣国が難民の多くを手厚く受け入れ、脱出を手助けした場合、国民が一致団結する力は弱まり、革命は強い勢力にはならなかったはず。

これに対し、ハーシュマンの提唱する二つ目の改革のメカニズムは「退出」です。

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「退出」しやすい状況が進めば進むほど、その組織から人・モノ・カネが流出しやすくなります。

組織に問題があるとき、その問題を放置しておくと、どんどんその組織の外にメンバーが逃げ出してしまい、組織そのものが成り立たなくなるというおそれから改革が進むというのが、このメカニズムです。

このメカニズムに基づいて、世の中の企業を以下の2つに分類して考えます。

  • ムーブ型企業:社員の多くが簡単に転職などで他社に移る企業
  • ステイ型企業:社員が転職などで社外に流出することがほとんどない企業

以下に、ムーブ型企業とステイ型企業それぞれで、どのようにして働き方の改革が発生するかをご紹介していきます。

ムーブ型企業は「退出」の改革が常に発生している

ムーブ型企業の典型的なイメージは、例えば以下のようなものです。

  • 新卒で入社すると、3〜5年間でマーケティングや開発といった特定の領域での専門スキルが急速に高まる
  • 各社員の専門スキル・得意領域がはっきりしており、転職マーケットでの市場価値がつきやすい
  • 転職による社内外における人材の還流が活発で、30代以上の年齢層にはさまざまな企業から転職してきた、バックグラウンドの異なる人材が数多く在籍している

こうした企業で「働き方」に関する大きな問題が発生すると、ハーシュマン理論の「退出」の改革が発生しやすくなります。

会社の運営方針や現場における働き方の管理、既存の働き方に関する制度が実態と合わなくなってくると、優秀な人材から順々にどんどん社外へと転職をし始めていきます。

退職に関する状況は数値的にも把握しやすく、「最近うちの会社、出て行く人が多いよね」と周囲の面々にとっても直観的に分かりやすく発生するため、問題が発生してから比較的短時間でその危機的な状況が経営陣を含めて認知されやすくなります。

例えば、社員の平均年齢が高くなり、子育て世代を中心として仕事と子育てのバランスをもっと取りやすくしてほしい、それがカバーできない状況がつらいとなった場合、競合他社がいち早くそうした状況に対応し、在宅勤務などを積極的に取り入れ始めると、社員たちがポロポロとそうした環境へと転職を始めていきます。

結果、その状況を改善し、社員を自社に留めようするさまざまな施策が経営陣以下、全社での重要事項となり、社内での改革、制度の変更などが進みます。

一方、こうした会社では上記のように何か問題があると社外に人がどんどん「退出」してしまうため、全社員が一丸となって改革へと「団結」し、圧力をかけていくといったことが起こりづらくなります。

つまり、ムーブ型での企業では「退出」を中心として組織の改革が進む一方で、「団結」のメカニズムはほとんど発生しないのです。

ステイ型企業では「団結」の改革が条件によっては発動する

ステイ型企業の典型的なイメージは、例えば以下のようなものです。

  • 新卒で入社した社員の大多数は、転職せずに10年、20年単位で社内に残る
  • 30代以上の中堅層、特に管理職層にはほとんど転職者がおらず、先輩・後輩など社内の人間関係が色濃く存在する
  • 転職しようとすると社内での仕事内容や自分の強みの説明が難しく、社内に留まるのと同等以上の条件を獲得することが難しい
  • そもそも転職をすること自体が「脱落」「失敗」と受け止められる風潮がある

こうした企業では「働き方」に関する大きな問題が発生しても、よほど悲惨な状況になったりしないかぎり社員は外部に流出しないため、「退出」による改革はほぼ発生しません。

社員が社外に退出するのは、企業の財務基盤が危うくなり、大幅なリストラや事業売却が行われるときのみであるのが、こうした企業の特徴です。

一方、こうした「退出」がほとんど発生しない状況では、ハーシュマン理論に基づくと「団結」による改革がパワーを発揮することになります。

ですが、「団結」による改革は、組織に所属しているメンバーの大多数が一致団結して行うことによってはじめて効力を発揮します。

そのため、組織のメンバーによって見解が分かれる問題、立場や考え方が異なる問題については、なかなか「団結」による改革が発生しづらくなります。

上司が求める資料の品質は若手からすると過剰なものだと感じていたのですが、それはその上司たちの世代での “常識” に近しい感覚。長時間労働が問題になって早く仕事を切り上げなければなったときに、若手からすればその品質を下げればいいし、実務上問題ないと感じていても、上司の世代からするとそれは許容できないといったことが起きていました(30代・男性・大手都市銀行)


先輩から聞いた話ですが、元々その先輩は共働きで子育てをしており、お子さんができた当初は旦那さんも週に2日は時短勤務で子どもをお迎えに行くことを希望していたそうです。しかし、その上司から「お前には仕事で期待しているのに、なんで時短なんかするんだ」と圧力がかかり、結局奥さんが中心となって子育てをすることになってしまったそうです(20代・女性・大学院)

上記のようなコメントの通り、特に幅広い年齢構成となっているステイ型企業では、世代間でそれぞれが「常識」と捉えている内容が異なったりするなど、なかなか一つの意見・方向性に「団結」することが難しくなってしまう構造があります。

一方、ステイ型企業の中であっても、特定の課題に対してしっかりと「団結」による改革が発動することもあるという話も出ました。

私が勤めていたメーカーは諸問題に対する感度が高く、生産性向上などにも取り組んでいました。まさに、団結によって改革するほうですね(30代・女性・IT系企業)

すべてのステイ型企業が改革ができないわけではありません。「団結」が難しいテーマ、「団結」が難しい組織の人員構成が進むことによって、ステイ企業での改革が難しくなってきているというのが、議論を通して見えてきたことです。

社会全体の解決法はムーブ型企業への移行、でいいのか?

以上のような議論を見ていくと、

  • さまざまな背景・考え方を持った世代の人が入り混じり、「団結」の難易度が上昇
  • 「退出」の改革のメカニズムは、特定一部の課題にもすばやく発動しやすい

ということになり、

  • 「団結」が改革の主軸であるステイ型企業は時代とマッチしづらくなりつつあり
  • 「退出」を主軸としたムーブ型企業への移行を社会・制度全体としても推し進めていくべき

という考え方が支持されるのも、理解できます。

一方、「団結」に関して新たな企業の台頭と絡めたこんな指摘もありました。

20代の経営者が立ち上げ、自分と同世代だけの人材を集めて急成長する企業では、社員同士で考えていること、時代背景、価値観などが非常に密集していて、それこそ “団結” の力が半端なく発動されます。そうした力は、主にその会社の製品やサービスの開発だけに発揮されるかと思っていましたが、働き方そのものに対する考え方も近いため、一致団結し、その世代にマッチする画期的でシャープな施策を展開できるのだなと、今回納得しました(40代・男性・金融)

時代感としてムーブ型企業が中心へと移行していくのか、あるいはステイ型企業がその良さを発揮して盛り返したり、新しいタイプのステイ型企業が台頭していくのか、目が離せません。

「団結」しようとするなら深掘りしたい3つのテーマ

最後に、今回の議論の中で挙がった「団結による対応の難度が特に高くなる」3つのテーマをご紹介します。

これらのテーマについては、ご自分の周囲と自分自身の認識が一致しているか、ばらついているかを把握しておくことで、重大な課題になる前に対処することが可能となります。

テーマ1:仕事の生産性を高める余地はあるか

先ほどの例に挙がっていたように、上司が求める仕事の緻密さが現在の時代感にも合っているかどうか。あるいは、仕事のやりとりを行う上でメールをベースとしてやりとりをするのか、チャットツールのようなものを使ってやりとりをするのかなど、「労働時間を短くする」ことと密接に関わるこのテーマは、世代ごと、所属する組織ごとで、捉え方が大きく異なってきます。

テーマ2:子育ての男女分担はどうあるべきか

専業主婦による子育てが主流であった時代を経験した世代と、共働きが主流である現在の子育て世代では、特に男性の育児参加などに関して上司との見解がばらつく傾向が顕著に見られます。一概に何が良い、何が悪いという話ではなく、それぞれの家庭の状況を上司とメンバーが理解しあい、自分が経験したことのない状況を想像することは難しく、特に業務が逼迫したときにこれらが分水嶺になりやすい傾向にあると、多くの議論参加者が指摘していました。

テーマ3:仕事は「楽しむ」ものか「苦しい」ものか

このテーマに関しては世代だけでなく、自分の親がどのような仕事をしてきたのか、自分の過去の上司や同僚がどのような働き方をしてきたのかなど、さまざまな要素によって個人ごとに大いに変動する部分です。今回の議論の参加者からも、

年齢層が高めの会社なので、「時間内にできない部分は労働時間を長くしてでも」という思想が上層部になんだかんだで根深く残っているように思います。また、「仕事なんて辛いもの」という考え方もですね(40代・男性)

など、特に「仕事は楽しむもの、熱中するもの」という考え方と、「仕事は苦しく耐えるもの、こなすもの」という考え方のそれぞれが幅広く表明され、その前提が違っていると、

楽しいからこそ、一概に「労働時間は悪いもの。取り締まろう」とか言わないでほしい。


労働は経営者による搾取であり、自分たちをそこから守らなければいけない。「楽しい」というのは詭弁だ。

といった意見が表出されました。

変化が激しく、自分の所属する企業・チームにいつどのような変動が訪れるか分からない時代にあって、これらの観点について、ほんの少しの時間やさりげないタイミングでお互いの価値観や考え方を確認し、磨り合わせを行っておくことが、結果的に「団結」のメカニズムを発揮するなど、より良い働き方につながるのかもしれません。

[編集・構成] “未来を変える”プロジェクト 編集部

未来を変えるプロジェクトから転載(2017年2月10日公開の記事)

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